第三話「仏壇の花」
大学生の葵とおじいちゃんのお話。
愛とは、恋とは…と考えながら書きました。
春の暖かな日差しが差し込む昼下がり、葵は電車に揺られながら、久しぶりに田舎のおじいちゃん、虎雄の家を訪れる。葵が小さい頃からおじいちゃんの家に遊びに来るのが大好きだった。その家は古くから続く日本の田舎の家屋で、古い木の香りが漂っていた。
昭和の人間として知られるおじいちゃんは、無口で頑固な性格だが、優しい。どこか人懐っこい一面も持ち合わせている。おばあちゃん、ハツエが亡くなってからもう10年が経つ。葵がまだ小学校低学年の頃だった。その頃のおじいちゃんは、家事は一切してこなかった。家のことは全ておばあちゃんが担っていたのだ。
葵はふと、小学校時代のことを思い出して微笑んだ。おじいちゃんが畑で育てた野菜。そしてそれを材料にして作るおばあちゃんの料理は本当においしかったなぁ、と。
駅に着くと、少しひんやりとした風が吹いた。田舎の駅は静かで、都会の喧騒とは全く異なる世界だった。駅から山に向かって歩くと、葵にとって懐かしいおじいちゃんの家が見えてくる。おじいちゃんは玄関先で待っていた。その姿を見て、葵は心が温かくなった。
「おじいちゃん、久しぶり!元気だった?」葵は明るい笑顔で挨拶した。
おじいちゃんは「おう、まあな」と短く返す。その無骨な態度に見え隠れする優しさが、葵には分かっていた。
玄関に入ると、家の中はきれいに整理されていた。おばあちゃんが生きていた頃と変わらず、家庭的な雰囲気が漂っている。葵はそのまま仏間に向かい、仏壇の前に座った。そこにはおばあちゃんの遺影が飾られており、周りにはおじいちゃんが花壇で育てた季節の花々が不器用に添えられていた。
「おばあちゃん……元気にしてるのかな」と葵は心の中でそっと問いかけた。その花々を眺めながら、おじいちゃんがどれだけ一生懸命に花を選び、飾っているのか、葵にはよくわかった。おばあちゃんの遺影は、そんな花々を見守るように、優しく微笑んでいるように見えた。
おじいちゃんは普段、無口で感情を表に出さないタイプだ。しかし、この仏壇の花を見ていると、おばあちゃんへの深い愛情が確かに伝わってくる。
「おじいちゃん、おばあちゃんのこと、好きだったんだなぁ」葵は心の中でそう思いながら、おじいちゃんに問いかける勇気を出した。
「おじいちゃん、これ、全部おじいちゃんが飾ってるの?」
おじいちゃんは一瞬だけ驚いた表情を見せたが、すぐにいつもの無口な顔に戻った。そして、少しだけ照れくさそうに「うん」と短く答えた。
「すごいね。おばあちゃん、おじいちゃんのこと、とっても喜んでると思うよ」と葵は笑顔で言った。
おじいちゃんは一瞬だけ目を逸らし、恥ずかしそうにポリポリと頭をかいた。「お前にはわからんよ」と言いつつも、その言葉にはどこか温かさがこもっていた。
その日の昼食は、おじいちゃんが一生懸命作った手料理だった。ご飯の炊き方から始めて、なんとか自炊できるようになっていたおじいちゃんは、決して完璧ではないものの、心のこもった料理を葵に振る舞った。少し焦げた卵焼きや、味付けの濃い味噌汁。それでも葵にはそれがとても美味しく感じられた。
「あれから10年か……」葵はおばあちゃんを思い出しながら呟いた。
おじいちゃんは黙ったままだったが、その目にはどこか懐かしさが滲んでいた。葵はその瞬間、おばあちゃんへの深い愛情が、おじいちゃんの胸の中にいつまでも残っていることを確信した。
食後、葵は一人で庭に出た。花壇には色とりどりの季節の花が咲き乱れていた。それらの花々もまた、おばあちゃんを思い出すためのものだったのだろう。葵はその花々を見つめながら、これからもおじいちゃんを支えていきたいと思った。
「おばあちゃん、安心してね。おじいちゃん、ちゃんとやってるよ」と心の中でつぶやいた。
葵はおじいちゃんと一緒に再び仏壇の前に座り、静かに手を合わせた。