メイドロボ アイ
高層ビルの屋上。新卒で入社した会社を半年で辞めてニートになった俺は、人生のエンドポイントを迎えていた。
人命を守るにしては案外低い柵を乗り越え、いよいよ新たな世界へと飛び込む。
きっと次の世界では俺は勇者になって、世界を救って。誰もが認めるスーパーヒーローになっているはずだ。
「そんなもの、ありませんよ」
顔を上げる。向かいのビルの屋上に、メイドがいた。
よく見ると、肘の辺りがメカメカしく曲がっている。
「誰だ、お前」
「はい、メイドロボです。名前はアイといいます」
「そんな所で、何してるんだ」
「ご主人様にリストラされたので、飛び降りようかと」
「……」
「なにか御用でしょうか?」
……話しかけてきたのはお前だ。
それに、転生なんてハナから無いのは分かっている。
「とめるな。もういいんだ俺は」
「はい。止めません。私も飛び降りようと思ってましたから」
「そうか」
「でも怖いので、あなたが先に飛び降りて下さい。私はその後に続きます」
……まあいいか。ここでメイドに見られながら死んでも、その後にこいつが飛び込んでも、不幸なやつが一人から二人に増えるだけだ。
「じゃあいくぞ。ほんとにいくぞ」
「はい。どうぞ。ここで見守っていますよ」
それでも俺は勇者になるんだと告げてから。
困惑顔のアイから視線を下ろすと、真下の、人が点みたいになっている景色が目に入った。
思わず後ろの柵を強くつかむ。
「トマトみたいに、なるでしょうね」
「……お前はそうはならなそうだけどな」
よし。
「お前のせいで、飛びづらくなった」
「はい?」
「やめだ。今日はそういう気分じゃなくなった」
アイが小首を傾げる。
「そうですか。では私一人で飛び降ります」
「……え?」
なんだそれは。どっちにしろお前は飛び込むのか。
いや、そうか。そういや最初から飛び降りに来たとか言ってたな。俺とは違って、こいつの意思は揺らがないんだろう。ロボットだから。
「では、いきます」
「まて」
アイが、困ったような笑みを浮かべる。
「……とめるな、もういいんだ私は」
俺と同じセリフを言われた。
「私は覚悟を決めているのです。ご主人様無しには、私は生きていけないのです」
そうだろうか。こいつは案外何とかなりそうな気がする。
「それともあなたが、新しいご主人様になってくれるなら話は別ですが」
「……そうきたか」
少し考える。
「電気代以外かかりませんし、家事炊事何でもできます。必要であればえっちな事にも使えます」
「お前は俺がそうゆう事をするように見えるのか」
アイが向こうの柵に片足をかけて、かわいらしいレースのパンツが見えた。
……熟考する。
「飛び降ります。あと二秒で飛び降ります」
「まて」
もうわかったから。
「俺の負けだ」
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俺には、一緒に暮らしているメイドロボがいる。
よく笑うしよく喋るけど、所詮ロボットである。
「ご主人様は、私の中のヒーローです」
「あー、そうかそうか」
洗濯を終えたアイが、ベランダから二枚の布切れを持って
いたずらっぽく顔を出す。
「勇者様。どちらのパンツがお好みですか?」
だからこいつの胸には、きっと本当の心なんて入ってない。そのはずだ。