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第1話 邂逅

 東海地方のM県に存在する進学校である苅真第一高等学校かるまだいいちこうとうがっこう、通称カルイチには『完璧天使の九十九さん』と呼ばれる少女が存在する。

 頭脳明晰、運動神経抜群、二重の瞳に筋の通った鼻。淡い色をした唇。健康的ながらも白い肌。それでいてスタイルも非常に良く、スラッと伸びたしなやかな手足は一種の陶芸品を思わせる。

 これほどまでに完璧なのだから無論めっちゃモテる。噂に寄れば1年で告白した人数は3桁を超えたとか超えてないとか。

 しかし、唯一の欠点として、他者とのコミュニケーションを断固として拒絶する強烈な塩対応が挙げられる。

 告白した男子はもれなく全員この世に絶望したような表情を浮かべて戻ってくる。

 そんな少女の名前は、九十九真冬(つくもまふゆ)






「ほえー。一人暮らし始めたんだな」

 始業式とクラス替え後の教室で一翔(にのまえかける)は死んだような顔で悪友のにやけ面を眺めた。

「追い出された。妹が受験生だからって」

「お前妹大好きだからな。遊びすぎて悪影響になる」

「仕方ないだろ。時間は有限なんだから。出来るだけ有意義に過ごしたい」

 翔と話している男子の名前は神谷律季(かみやりつき)。強豪とされるカルイチにおいて2年生ながら剣道部の主将を務めている。本人に言わせてみれば、『前世は剣豪だった』そうだ。


 しかし、彼を剣道部の主将として認識する生徒は少ない。理由は彼の容姿にある。

 純粋な日本人なのにハーフのような顔立ち、スラッと伸びた手足にほどよく全身に筋肉がついている。残念なことに学年での頭はそこまで良くない。

 故に女子の中では彼のことを『王子様』と呼ぶものも存在する。しかし、彼は彼女持ちである。ちなみに彼女も『姫』と呼ばれている。


「そこ、どいて」

 翔は体をビクッとさせ、椅子ごと律季を押し出した。そこを無言で通過していく少女にチラリと目をやり、すぐに戻した。

「九十九さん、か。俺はちなみに翔と九十九さんは相性良いと思うぜ」

「どういうこっちゃ」

「この学年で彼女持ち以外で九十九さんに惚れない唯一の人間。それがお前だ。いや、もしかしたら他にもいるかもしれん。告白してきたらどうだ?」

「嫌だ。まだ死にたくない。というか惚れてないのに告白ってどういうことだよ」

 翔は再び死んだような顔をした。翔は高校2年になっても未だかつて1人も好きな人ができたことがない。この先もできないつもりだ。


 それからは2人でバカ話をしながらただ時間は過ぎていった。




 放課後、部活に所属していない翔は重い足を動かしながらアパートに向かった。今日は午前下校だったので春のぽかぽかとした陽気に包まれて帰宅する。

 2階建ての少し古い建物。なんだかんだで内装は綺麗で、一人暮らしを始めて約2週間、人類の宿敵(G)を筆頭とする不快要素に触れたことはない。

 翔は自室に入るとカバンを床に置き、部屋の掃除を始めた。一人暮らしをしていて不便だと感じるのはそれまで親がやってくれていた家事を全て1人で負担しなければならないところだ。


 30分ほどかけてさほど広くない部屋の掃除を終え、授業の予習をしておこうと机に向かい、勉強を始める。


 4時間ほど経っただろうか。そろそろ夕食の準備をしようと勉強を切り上げ、冷蔵庫を開けたが、

「迂闊……」

 完全に食材を切らしていた。冷蔵庫にはマヨネーズとケチャップとポン酢が仲良く翔を見つめていた。




 スーパーでは運良く特売をやっていたので今日の夕食予定のチャーハンに必要な材料を買いそろえる。あわよくば2日3日もってくれることを祈り少し多めに揃えた。

 翔は家族からの仕送りは充分受けているので生活に困ったことはないが、遊びに浪費するといったことはしない。使っても生活費もろもろと時々律季と行くカラオケくらいだった。


 帰り道、近道である繁華街を歩いていると聞き覚えのある声がして翔はそちらを見る。

「九十九さんだ」

 彼女はいつもの無表情をさらに凍り付かせ、冷徹な顔をしていた。気になって少し近づいてみると、茶髪にサングラスの大学生らしき男が九十九真冬と話していた。いや、一方的に話しかけていた。

「ですから私は貴方に着いていく気は無いと言っているでしょう?」

「またまた、君みたいな美人さんは俺に着いてきなよ。楽しいこといっぱいしよう」

 その後も言い合っているが、その男は引く気配を見せない。

 面倒ごとは嫌だが、行かなければ。そう考えた翔は九十九とその男の間に割って入った。

「ンだ?」

 不快そうな声の主を見上げる。睨む。その男は翔を一瞥した後、

「誰だお前?」

 翔は恐怖心をなんとか押さえ込んだ。

「彼女の、クラスメイトです……!」

 すると、ソイツはゲラゲラと下品な笑いを上げ、

「笑わせんなよ。ただのクラスメイトがこうやって出て来るわけないだろ。お前、この子に惚れてんの?やめとけって、釣り合ってないから」

 歯を食いしばってその言葉に耐えた翔は手で拡声器を作り、

「助けて下さい!茶髪の男が襲ってきます!友達が……!」

「チッ!ガキが!」

 その男は人々に追いかけられながらも逃げ去った。

 直後、翔は九十九から肩を掴まれ、

「ありがとう。助かった」

 そう言われて彼女は立ち去った。




「え?」

 翔と九十九は同じ方向に向かっていた。そして、翔は自身のアパートに着くと、鍵を取り出した。

「一君。私もこのアパート……」

「まじで?」

「君は最近引っ越してきたばっかみたいだから困ったら聞いてください」

 そう言ってそそくさと九十九は彼女の部屋に入っていった。翔も家に帰り、チャーハンを作りながら今日の出来事を思い返すのだった。

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