2 亜美
てなわけで、常連客とはツーと言えばカーの仲だ。この〈月と萩〉、11時から夜の9時までの営業でして、この営業時間は昔から変わらねぇ。
昼はピラフやカレーのランチから始まり、夜にゃ、豚の生姜焼きやハンバーグステーキなどの定番メニューもある。昼の客層はサラリーマンやOLさんだが、夜ともなれば、ホステスさんが出勤前の食事や同伴客との待ち合わせなどで花を咲かせる。
カランコロン
「マスター、こんばんは~」
「おう、亜美ちゃん、いらっしゃい」
「おなか、ペコリンコ。何にしようかな……」
カウンターに座ってメニューを開いたのは、亜美ちゃんと呼ばれる二十歳ちょっとの可愛こちゃんだ。
「ビーフカレーもあるよ?」
「カレーじゃなくてね、……ポークジンジャー」
メニューを閉じるとニコッとした。なかなか愛想がいい。
「なんだ、今日は同伴じゃないのかい?」
冷蔵庫から具材を出しながらマスターが皮肉った。
「マスター、いくら私が売上ナンバーワンだからって、毎日同伴できるわけじゃないわ。世知辛い世の中だもの。お客さんだって、財布の紐が堅いわよ」
メンソールの洋モクを出しながら、口を尖らせた。
「亜美ちゃんの店もそうかい? うちも暇になったね。ランチをやめようかと思ってんだがね」
キャベツを刻みながら愚痴を溢した。
「やっぱり、あれ? 吉野〇とかマッ〇に行っちゃうのかしら……」
「それもあるが、オーソドックスな食いもんが今時の若いもんの舌に合わないのかも知れんな」
「あら、マスター。私、二十歳の若いもんだけど、マスターの味付け好きよ」
「ありがとさん。亜美ちゃんのお墨付きがあれば、鬼に金棒だ。はい、お待ち」
「わー、美味しそう。いっただきまーす」
「召し上がれ。はい、ライスに味噌汁も付けちゃうよ」
「……ん、美味しい。なんか、懐かしい味なのよね、マスターの味付けって」
「俺の味付けじゃなくって、親父のを見様見真似でしてね」
「お父様はマスターの話からして、下町気質の一本気って感じ」
「亜美ちゃんは若いのにいい言葉を知ってるね。そう、下町気質の一本気って奴だ。涙もろい上に情にももろい。親父が生きてりゃ、亜美ちゃんと気が合っただろうな」
「私も会いたかったな~」
「亜美ちゃんは、田舎は九州だと言ってたが、たまにゃ帰るのかい?」
「……もう、田舎捨てて来たから」
「すまねぇ、余計なことを聞いちまって」
「ううん。“親孝行したい時に親はなし”って奴」
「……そうだったのかい。そりゃ、寂しいな」
「そんなことない。だって、お父さんみたいだもん、マスター。だから、寂しくなんかない。ふふふ」
「ありがとさん。嘘でもそう言ってもらえると嬉しいよ」
「嘘じゃないよ。東京は冷たい人もいっぱいいるけど、マスターみたいに温かい人もいる。亜美、この浅草で働いて良かった。だって、マスターに会えたもん」
「……すまねぇ、目から汗が出ちまって」
「マスター、このハンカチで拭いて。アイロン、ばっちり掛けたからシワないよ」
膝に掛けてた花柄のハンカチを手渡した。
「ありがとう。うん、亜美ちゃんのいい匂いがする」
「オーデコロンじゃったヤツをシュッシュッてね」
「コロンと転んじゃったを掛けたわけだ。上手いね、どうも。可愛いハンカチをありがとう」
畳んで亜美に手渡した。
「どういたしまして。マスターと流暢さんに感化されちゃったかな」
「流暢師匠から座布団一枚もらえるよ」
「ありがとう。じゃ、行ってくるね。ごちそうさまっ!」
「毎度っ!」