45:悪魔のベルト
二葉製薬の一室。善継は自分達のオフィスで一人、缶コーヒーを口にしていた。
事件は終わった。石橋が変異した怪物を倒すとゴブリン達も消失。多くの死傷者が出てしまったが、少なくとも善継達が駆けつけ被害の拡大は防いでいる。仕事としては充分な成果だろう。
それでも善継は考えこむようにため息をつく。石橋を止められなかったからだ。
二回目だ。勇者ドラッグの服用者を捕まえられなかったのは。
未知の脅威と対峙したのだから仕方ない、爆弾の存在や薬の効果がわからなかったから仕方ない。そう擁護する声もあるが、善継にとっては言い訳にしかならない。
椅子に寄りかかりながら天井を見上げる。そうしていると部屋に誰かが入って来る。
「お疲れ様です八ツ木さん」
玄徳だ。彼は上機嫌そうに微笑みながら善継の向かい側に座る。
「ベルトの回収に成功とは、大手柄ですよ」
「手柄なんて……。結局また犯人を捕まえられなかったんですよ」
「いえ、今回も不可抗力ですよ。まさか過剰投与で魔物になるなんて誰も想像できません。それよりも八ツ木さんのおかげで、周りの反応がガラリと変わりました」
頬を吊り上げながら笑っていた。少しだけ悪どく不気味に。
「ベルトの爆弾、薬の副作用。あれだけ欲しがっていた連中がすっかり大人しくなりました。流石に幻覚や魔物化は困るようです」
それもそうだ。あんな正気を失い敵味方の区別もつかない、挙げ句の果てには魔物となって人類の敵となるなんて嫌に決まっている。
だからこそ善継も疑問だった。
「社長、この薬は何のために作られたんですかね。人のトラウマを弄ぶなんて、俺には正気とは思えません」
玄徳は少し考えるように顎に手を添える。
「……実は個人的にあるものと似てるなと思っていたんです。勇者召還と」
「勇者?」
「はい。冴えない人生を送っている者に付け入り、力を餌にする。確か石橋さんは非候補者だったんですよね? なら力に飛び付くでしょう。勇者のようになりたいと」
なんとなくだが納得できる。非候補者でも超常の力を得られる。それが勇者ドラッグの一番の特徴だ。彼のように勇者になりたいと思う者からすれば喉から手が出る一品だろう。
「そしてもう一つ。質の悪い事に、力は個人的な願望に振るわれています。まるで社会に敵対させるように、自分の鬱憤を晴らす事に夢中になってます。恐らく製造元の思惑はそこにあります」
「思惑……まさか内側から?」
「はい、テロです」
玄徳が頷く。
「更に先程日本国外でも勇者ドラッグ、アディクショナーが発見されました。魔人が関与しているのではないでしょうか?」
「魔人か。あり得ますね」
特定の国ではなく、人類そのものを攻撃しているのなら可能性はある。人間を自滅させ、地球を手に入れるつもりなのだろう。
「確か……石橋さんは自身の容姿にコンプレックスがあったとか。薬で周りが自分を笑っているように見え、自分の笑い声さえ他人の嘲笑に聞こえたようですね」
「ええ。魔物になっても悪口に反応していました」
「となると、前回の女性も症状が悪化すれば…………子持ちの女性や、お子さんと同年代の子供を無差別に襲っていたかもしれません」
ゾッとする。まゆつばとは言いきれないだろう。
そんな危険な思考をした怪物が街に放たれれば地獄絵図となるに決まっている。
「最悪ですね。ここまで来ると魔王が関与していても驚きませんよ」
「あり得ます。由紀にも頑張ってもらわないといけませんね」
「そういえば回収したベルトは?」
「真理とギアの技術者達が解析に入ってます。爆弾さえ解体すればあっという間でしょう」
なら一安心だ。彼女ならきっとやってくれるだろう。
「俺よりもやってるじゃないか。流石だ」
「八ツ木さん、そんなに謙遜しないでください。八ツ木さんは石橋さんを救いました」
「救った? いや、俺は何もできていません」
「救ってますよ」
玄徳が微笑む。優しく穏やかに。
「あの魔物、言葉を発していたんです」
「言葉? 奇妙な電子音にしか聞こえなかったんですが」
「気づいたのは秘書課の人なのですが、どうやらモールス信号だったようです」
「モールス信号……」
言われてみるとそう聞こえる。善継は解読できないから気づかなかったのだろう。
「なんて言ってたんですか?」
「痛い、苦しい、助けて……そんな事を繰り返していたそうです」
胸が苦しい。彼の身体は食われ、魂が縛りつけられていたのだ。自分の意思とは関係なく、トラウマに操られ振り回されていたのだ。
「そして最期には殺してくれと」
「……そうですか」
自分の行いが正しいのかはわからない。救いなのかも曖昧だ。
この言葉も本心なのか証明する方法は無い。ただ少しだけ救われたような気がした。
「社長、本当に魔王レベルの大物が関わっているのなら、これから戦いは激しくなるのでは?」
「そうですね。真理もその点を考え、何かやっているようです。そして……」
一瞬困ったように視線を落とす。
「一人…………新しいメンバーを追加する事になりました」
「追加?」
ふと嫌な予感が頭を過る。脳裏に浮かぶのは一人の少女の姿だ。
「社長? まさか……」
「採用しました。柳原明美さんを」
嫌な予感は的中する。善継はただ唖然とするしかなかった。異議を申し立てた所で、雇われの身であり人事に関与している訳ではない。
ただ疑問だけが彼の脳を満たすのだった。




