43:怪物
善継がすぐさまワイヤーを投げる。走るよりもこちらの方が速いからだ。
回転する刃の塊が警官を挽肉にする直前、一本の銀色の糸が警官を捕らえ善継の元へと引き寄せる。
間一髪、怪物の腕は地面を削りとり砂煙へと変えてしまった。
「大丈夫ですか?」
「あ、ああ。助かった」
「……まあ、まだ終わっちゃいないけど」
攻撃を外したのを察し、善継達の方を振り向く。爪を鳴らしながら獲物を寄越せと無言のプレッシャーを放っていた。
何故彼が狙われた。ついさっきまで負傷者達を狙っていたはずなのに。急に、それもこの警官だけに異様な執着心を見せている。
(この警官が狙われた理由か。何故だ? 発砲もしていない。ただ叫んだ……)
化け物
「っ! そういう事か。離れてください。俺があいつを引き付けます」
「すまない!」
警官が走ると怪物も追いかけようとする。しかし善継は息を吸い全力で叫んだ。
「俺が相手だ豚野郎!」
「!」
ピタリと動きを止める。震えながら肌の刃物が打ち合いカチカチと音を立てる。
「どうした不細工。こっちに来いよ」
挑発するよう手を叩き、ゆっくりと横に歩く。警官とは別の方向、彼から引き離すように。
もうこの怪物の頭には警官は残っていない。ただ一人、善継だけを見ている。
敵意か、憎悪か、そのどちらでもない不思議なプレッシャー。ただわかるのは善継の予測は的中していた。
「・ー ー・ ・ー」
跳んだ。あの巨体からは考えられないような身軽さだ。善継をそのまま押し潰そうとするも、後ろに跳び避ける。
「やっぱりか。石橋さん、貴方はそこにいるんですか?」
ちらりと地面に転がる骸骨を見る。
この怪物は悪口に反応している。石橋が自らの容姿にコンプレックスを抱き、周りから嘲笑われていた心の傷と同じように。
ただこれが彼の意思によるものかはわからない。そもそも生きていないだろう。
「ー・ ーーー・ー ー・ーー ・ー・ーー」
まただ。奇妙な音を口にし、両手を回転させる。善継を挽肉にしようと狙いを定めた。
当然そうはさせない。
「くらえ!」
両手に蜘蛛の巣型のカッターを作り投げつける。弧を描き左右から挟み込むように怪物を襲う。
しかしあまりにも貧弱だった。高速で回転する腕に一瞬で粉砕されてしまう。
「なっ?」
今まで弾かれた事はある。しかしこうも簡単に破壊されたのは初めてだ。
「なんつぅ威力だ。こりゃ死ぬ気で避けるか。だが」
間髪入れずにワイヤーを四方八方に飛ばす。手当たり次第にゴミ箱、自販機、乗り捨てられた自転車を絡めとり投げる。
あのカッターですら無力化したのだ。こんなものでダメージを与えられるはずがない。
善継の予測通り次々と細かいゴミへと変えていく。だがそれは目眩ましだった。
『Finish』
何本ものワイヤーで軽自動車を投げる。それを盾に走りながらギアのレバーを回した。
右手に蜘蛛の頭を模した手甲が形成され、鋏角を伸ばす。二本の大きな牙、鋭い刃を振り上げ全力で斬りつける。
腕を振り回す一瞬の隙、触れる物全てを破壊する暴力の渦を縫い蜘蛛の牙が胸を切り裂く。
「っ! 浅い」
手応えが弱い。確かに刃物を積み重ねた肌に傷を付けられたが、強度が予測以上だ。
「・・・ーー ー・ーー・ ー・ー・ ・ー」
「くっ!」
当然のように振り下ろされる腕。空気を削り善継の身体も粉砕しようと迫る。
咄嗟にワイヤーを飛ばし近くの電柱まで自身を引き寄せ回避。空を飛び電柱に貼り付いた。
直撃は避けたものの、コートがかすり大きく抉れている。
「ー・ ーーー・ー ー・ーー ・ー・ーー」
「…………危なかった。しかし硬いな」
ふと右手の牙を見る。先端に付着している赤い血。その血は善継の目の前で黒い塵となって消えてしまった。
確信した。あれは人間ではない。人間なら血は残るはずだ。
「嘘だろ。人間が魔物になった? いや、人間を生け贄に魔物を作ったのか?」
あり得ない事だ。めちゃくちゃな事の連続に、善継も流石に混乱してきた。
「ー・ ーーー・ー ー・ーー ・ー・ーー」
続けて投げつけた爪を避け、電柱がバラバラになり崩れる。善継はビルの方へと飛び付き、更に上へ上へと昇っていく。
単に逃げているように見えるが、今怪物は善継を狙っている。彼を追いかけ、ビルの壁に爪を突き立てるよじ登る。それこそ彼の狙いだ。
善継は人気の無い屋上に到着する。既に避難済みなのだろう、酷く静かだった。
だがその静寂をぶち壊し怪物が顔を出す。
「来たな」
重々しい足音、刃同士が打ち合う金属音。怪物が近づくに連れ胸が痛くなる。
「ごめん」
怪物が止まる。
「貴方は苦しんでいた。自分の容姿をからかわれ、ずっと軽蔑されてきたんだろう」
「……………………」
「俺には想像もつかない痛みがあったはずだ。人間は残酷だからな。自分が上になろうと他人を蔑み、苦しめ悦に入るような連中は沢山いる」
「ー・ ーーー・ー ー・ーー ・ー・ーー」
「その苦痛があんな幻覚を生んで……この事件を引き起こした。いや、勇者ドラッグが貴方を壊したんだ」
「ー・ ーーー・ー ー・ーー ・ー・ーー」
「自業自得だって言う人もいるだろう。薬のせいとはいえ、貴方は罪を犯してしまったんだ」
「ー・ ・・ーー ー」
ふと怪物の声が悲しげに聞こえる。とても苦しそうで悲痛な声に。
「だけど薬が無ければ、昼に会ったように貴方は立ち上がれたはずだ。弟さんとの思い出を胸に、自分を変えられたはずだ」
「・ー・・・ ーーー ・ーーー」
「きっとあの女性もだ。家族の為にイジメに耐えてきた。だけど薬で理性が壊され、あんな事件を起こした。そして傷付ける側になってしまった」
善継が取り出したのは円形のコンパクト。バイオメダル専用のアイテム、クロスギアだ。
左手に装着したスピリットギアから蜘蛛のメダルを外し開いたクロスギアに入れる。
『セット♪』
「なんとなくだがわかってきたよ。どうして勇者がああなってしまうのか。被害者である事を免罪符に傍若無人に振る舞えるのかが」
「ーーーー ・ー・ー ーー・ー・ ・ー・ーー」
怪物が爪を振り上げ襲い掛かる。だが飛び出したワイヤーで編まれた巨大な蜘蛛のぬいぐるみが突飛ばした。
大きく吹っ飛ぶも流石の図体だ、踏み止まり爪を鳴らして善継を睨む。
「トランス!」
『ドレスアップ!』




