42:過剰投与
ベルトから聞こえる冷たい声。何かあると善継は身構える。
しかし不気味なくらい何も起きない。
(何だ? エラーか?)
そして数秒遅れて石橋の身体が痙攣を始める。誰の目から見ても異常だと思えるような、病的な痙攣だ。
「い……」
「石橋さん?」
「痛い……痛い痛い痛い痛い痛い痛い」
急に壊れたように悲鳴をあげる。痙攣は激しくなり、手を出鱈目に振り回しながら暴れ出す。
地面を削り、電柱を斬り倒し、苦しみ悶えながら周囲を切り刻む。
「やっぱり薬の打ち過ぎか。くそっ!」
どうにかして取り押さえようとワイヤーを投げるも、爪が簡単に糸屑にしてしまう。ならば手で押さえつけようとするも振り回す爪を防ぐのに手一杯だ。
「助けて……誰か……」
動きが止まり膝から座り込む。力無くぐったりとした様子で声も消えそうだ。
そして仮面が剥がれ落ちる。仮面の中、石橋の表情は苦痛に歪み涙と鼻水でぐちゃぐちゃになっていた。
「た…………す……」
石橋の顔、その上下を挟むように何かが生えてくる。それは歯だ。白くて四角い、人間の歯だった。
「……け…………」
口が閉じ石橋の顔を喰らう。歯の隙間から血が吹き出し辺り一面に広がる。
血は消えなかった。これは人間の血だ。
ゆっくりと味わうような咀嚼音。肉を噛み、擂り潰すような嫌悪感を感じさせる音。背筋がぞわぞわする不快感、命がただの肉に変えられていくのが五感を通して知らされている。
「何が……」
善継の理解を超えたナニか。ただ一つ言えるのは、彼の勘が全力で警告を鳴らしている。
「……プッ」
ソレは白い物体を吐き捨てる。善継も見た事のある物。魔物に襲われ喰われた人間の残骸、頭蓋骨だ。
眼孔からは血の跡が涙のように残っており、最期の苦痛を訴えかけているようだった。
「・ー ー・ ・ー」
言葉なのかわからない、不気味な電子音のような声を吐きながら立ち上がる。
「・・・ーー ー・ーー・ ー・ー・ ・ー」
身震いをしながら肌から刃を生やし積み重ねていく。腕はより太く、身体は膨れ、ベルトは体内に沈むと下半身から四本も足が増える。そして虫の頭を人間の上半身と付け替えたような歪な怪物へと変貌していく。
化け物だ。顔が人間の口そのものなのも余計嫌悪感を抱かせる。
「ー・ ーーー・ー ー・ーー ・ー・ーー」
「魔物……?」
怪人とは異なる異形の化け物。石橋だったものがゆっくりと爪をゴブリンを掃討している真理達の方へと向けた。
「真理、狙われているぞ!」
「っ!」
真理が気付くと爪が発射される。刀のような真っ直ぐ伸びた刃は一直線に真理へと飛んでいく。
だが彼女も場馴れしたものだ。即座に反応し両手の銃を向けて斉射。軽々と撃ち落とした。
「姿は変わってもやる事は同じだ……は?」
真理が撃ち落とした爪が動き出す。刀から蛇に変わるように、うねうねと動き先端から枝分かれしていく。形を変え、魔法陣となったのだ。
そして魔法陣が光り、再びゴブリン達が湧き出て来た。それもさっきよりも多くのゴブリンがだ。
「嘘だろ……」
「ちぃ。ユッキー! 増援だ。さっきよりも多い」
「……っ」
由紀も舌打ちをしながら迎え撃つ。群れを成して襲い掛かる小鬼達を撃ち抜きながらも、彼女は妹と共に必死に戦った。
そして善継はこの怪物に戦慄する。
薬を使わずとも魔物を呼び出した。まるで進化だ。アディクショナーはまだヒーローに近い所はあったが、これはもう別次元の存在だろう。
「ー・ ーーー・ー ー・ーー ・ー・ーー」
怪物は真理達の方……いや、その視線は彼女達が守っている負傷者達に向けられている。
一歩ずつゆっくりと歩き出すと、それに気付いた一人の警官が銃を向けた。
「来るな化け物め!」
「!」
足を止め首を勢いよく回し警官の方を振り向く。そこにあるのは明確な敵意。
「・ー ー・ ・ー」
「ヒッ……」
手首をドリルのように回転させ、六本の脚を動かし警官を正面に捉える。一瞬静止したかと思えば、地面を踏み抜くような勢いで蹴り走り出す。
無機質なロボットのように、心の無い兵器のように、回転する手を振り回し辺りを削りながら異常なスピードで迫っていく。




