39:壊れる心
ベルトから無機質な音声が発せられる。これが何か善継はよく知っている。ギアと同じく一時的に力を増幅させる必殺技。
善継が下がると全身の刃が弾ける。まるで自身を爆弾にしたように、身体の表面に浮かぶ刃が一斉に散らばり網をバラバラにする。まるでリアクティブアーマーだ。
「そうきたか。なんて無茶苦茶を……」
ふらりと立ち上がる石橋。全身の刃はすでに再生しており、傷一つ無い鋭利な肌を見せつけてくる。
そうしている間にもパトカーが遠巻きに善継達を囲んでいく。正に袋の鼠、前回のように地中以外に逃げ道は無いだろう。
しかしそれは無いと確信している。銀行強盗をしていた時はまだ理性が見えていたが、今は完全に正気を失っている。周囲全てに殺意を向けている以上、逃げる思考は持ち合わせていないはずだ。
「石橋さん、もうおしまいだ。俺の網から抜け出したのは驚いたが、もう逃げ場は無いぞ。こっから先、指名手配犯として生きていくつもりなのか」
石橋は周りの警官を一瞥し、落胆したように肩を落とした。
「そうか……俺が子供の頃からずっと苦しんでいたのに、結局そっちに着くのか。俺のような醜い奴は、人間ではないって事か!」
警官達は皆首を傾げる。当たり前だ、こんな荒唐無稽な話が理解できるはずがない。だが彼には全てが敵に、蔑み嘲笑う者に見えているのだ。
「薬がもったいないが、ここでまとめて殺してやる!」
バルブを押し込みアンプルを二つ取り出す。
『Dominate』
「次は何だ?」
善継は身構え警官達は銃を向ける。
石橋はアンプルを投げる。地面に落ちたアンプルは割れ、中の黒い薬が散らばる。薬を捨てるなんて血迷ったか、もしくは証拠隠滅か。どちらにしろこの行動は不可解だ。
その疑問はすぐに解決される。地面に散らばった薬は生き物のようにうねうねと動き、地面に模様を描いた。
それは黒い魔法陣だ。二つ魔法陣は紫色の光を放ち何かを形作る。
光の中から現れたモノ。それは善継もよく知っている存在だった。
緑色の肌に小さな子供のような体型。醜く醜悪な小鬼、ゴブリン達だ。それも二十匹はいるだろう。
「ゴブリン? だとしても……」
だがその姿は少し違う。まるで身体の内側から皮膚を突き破ったように、全身から刃物を生やしていたのだ。それに生気が感じられない。いつもなら残虐な笑みを浮かべているのに、目に光は無く不気味なまでに無表情。
唸り声すら出さないそれは、機械のようだった。
「殺せぇ!」
石橋の命令で一斉に動き出す。四方八方に走り、警官達に襲い掛かった。
「やっぱりか。真理!」
「わかってる!」
負傷者の救護を行っていた真理も急いで飛び立つ。上空から両手の銃を乱射しゴブリンを撃ち抜いていく。勿論警官達も銃を抜き引き金を引く。
しかし止まらない。頭を貫こうも少し怯むだけだ。生き物を攻撃しているとは思えない。無表情な顔もあり機械のようだった。
ゴブリン達はボロボロになりながらも警官へと襲い掛かる。善継も蜘蛛の巣型のカッターを作り投げようと振り上げる。
その瞬間、真っ赤な炎がゴブリンを包む。燃やすなんて生ぬるい。一瞬の内に蒸発してしまった。
「!?」
「まさか……」
真理は炎が飛んで来た方を振り向く。炎と氷、二本の刀をもった少女。由紀が駆け寄って来る。
「お姉ちゃん大丈夫?」
「ユッキー? 学校は?」
こんな平日のオフィス街にいるはずが無い。彼女はまだ学校のはずだ。
「早退した。伯……社長に呼ばれて。だから……」
氷の刀を軽く振る。人間と同等の大きさの氷柱を飛ばし、ゴブリンを一撃で潰しバラバラにしてしまう。
機械のように簡単に倒れないのなら、一撃で木っ端微塵にしてしまえば良い。勇者だからこそ可能な力技に石橋も怯み、釣られてゴブリンも動きが鈍る。
「よし。スパイダー、ここはあたしらがやる」
「頼む」
由紀がいるなら問題無い。彼女なら羽虫を潰すように片付けるだろう。むしろ逮捕が目的の石橋の対応は難しい。
「さてと」
逃げ道を塞ぐように、後退る石橋の前に立つ。
「そんなに、そんなに俺を苦しめたいのか! 俺がそんなに嫌いか!」
「違う」
拳を握り構える。獲物を睨む蜘蛛がいる。悪意を狩る銀色の蜘蛛だ。
「俺は貴方を止める。その幻から、悪夢から救う。そして、罪を償わせる。これが俺のヒーローとしての仕事だ」
風が吹いた。鋼鉄の糸をまとった拳が白い仮面をぶん殴る。拳から伝わる硬質な感触、鉄塊を殴ったような重さが身体を痺れさせる。
命を奪う事だけが戦いじゃない。法の裁きを受けさせる事、それが今善継がやるべき戦いだ。




