38:聴こえない悲鳴
通報を受け駆け付けた二人だが、あまりにも悲惨な現場に思わず目を背けたくなる。
「善継、あいつ銀行強盗の奴だよな」
「ああ。俺が止めるから、真理は負傷者の救護を頼む」
「わかった」
二人は同時に飛び出す。真理は血の海に倒れる人々に。善継はその元凶へと。
走りながらワイヤーを手足に巻き装甲化。立ち上がった石橋に撲りかかる。
「堕ちるとこまで堕ちたな。こんなに近くにいるとは思ってなかったぞ」
「またお前かメタルスパイダー!」
振り下ろす刀のような爪を避ける。
「お前のせいで……俺は余計に傷ついたんだ! 上げて落とすなんて、落ちてく俺を笑ってたんだろ!」
「は?」
咄嗟に蜘蛛の巣型の盾を作り防ぐ。彼の言葉の意味がわからなかった。
「俺をそそのかして、希望があるように誘導して。そうだなぁ、そうすりゃより惨めな姿を晒すからな。ナメやがって!」
何の話をしているのか疑問だったが、声に聞き覚えがあった。ほんの数時間前に誰かを励ました事があった。
「まさか……石橋さん?」
「そうだ。お前のせいで俺は!」
我武者羅に振り回す爪を弾く。こんな素人丸出しの動きに反応できないはずがない。
だがそれよりも彼の豹変っぷりに驚いている。あんなに清々しい顔をしていたのに。
「どうしてだ石橋さん! あんなに自分を変えようとしていたのに。自分で自分を醜くしてしまったと後悔していたじゃないか」
「俺が醜いか! それがお前の本心だな! そうやって不細工が必死にあがく様を笑ってたんだな!」
「な?」
滅茶苦茶だ。会話になっていない。意思疎通ができていない。
「何を言ってんだ。俺の話を聞けって……の!」
出鱈目に暴れる腕にワイヤーを巻き付け、引き寄せながら背負い投げで投げ飛ばす。重い。オークなんかよりも何倍もの重さだ。
彼と善継には会話が成立していない。止めようと言葉を投げ掛けても、自身への罵倒へと変換されているように見える。
この会話の成立しなささ。あの時と同じだ。あのクラゲのようなアディクショナーのようだ。
『八ツ木さん』
「社長? っと」
突然玄徳から通信が入る。盾で爪を弾きながら距離を離す。
『薬には幻覚作用があるのがわかりました。おそらく彼は強い被害妄想に囚われています』
「成る程、なっと!」
回り蹴りで突き飛ばす。
実際に麻薬だった、それなら納得だ。子供の為と他のママ友だけでなくその子供達まで惨殺した者。周り全てが自分を侮辱していると錯覚し暴れる者。かれは正気を失っている。
「心を壊して力を与えるか。とんだ欠陥兵器だな。……だが!」
再び切りかかろうとした所を跳躍し、背後へと回り込む。盾をほどき後ろから羽交い締めにする。
「石橋さん、目を覚ますんだ。誰も貴方を笑ってなんかいない。それは全部薬が作った幻だ」
「黙れ!」
「薬を捨てて変身を解くんだ。これ以上罪を重ねちゃいけない」
「罪を重ねてるのはお前らだ!」
強引に振り払い爪を振り回す。腕を掴み止めるも、ゆっくりを押していく。
「薬を捨てろ? そうやって力を無くした俺を痛め付けるんだろ。痛みに踞る俺を嗤いたいんだ」
声に涙が混じる。痛々しく、悲痛な叫びだ。悲しんでいる、苦しんでいる。彼の絶望が伝わってくる。
「違う!」
「違うものか! いつもそうだ。俺を下に見て安心してる、優越感に浸っている。俺はそんな踏み台なんだ、望んでなった訳じゃないのに!」
「だからって……」
石橋の胸を蹴り後ろに跳躍。距離を離しながら盾を投げるも、爪で簡単に払われる。
「だったら殺してやる。俺を見下す奴は殺してやる! 俺を嗤う奴は、馬鹿にする奴は皆殺しにしてやる! あいつらみたいになぁ!」
完全に狂っている。
「あんなに沢山の人を傷つけて、何とも思わないのか?」
「最高だろ。自分よりも底辺だと見下していたくせに、俺には勝てない。ほら、笑ってみろよ。俺の事をなぁ」
「…………笑えるかよ」
見ていて苦しくなる。彼の過去を詳しくは知らないが、この狂気は薬のせいだけではないだろう。泣いているのだ。
それでもこの凶行を許す訳にはいかない。免罪符にもならない。
右手がギアのレバーに触れ、そっと回した。
『Finish』
無慈悲な機械の声がギアから響く。その声を合図にしたように二人は走り出す。
言葉はいらない。彼は被害者ではない、加害者だ。
「うらぁ!」
横に凪払われる爪をしゃがんで避け、一瞬で懐へと潜り鳩尾を撲る。
軽い。痛みすら感じない。撲っているとも思えなかった。
「効いちゃいねぇぞ?」
「当たり前だ」
次の瞬間、拳からワイヤーが噴射され、絡み合い網となった。
大きな口を開けた獣のように石橋を一口で飲み込み、あっという間に雁字搦めにしてしまった。どれだけもがこうと金属製の糸を切れはしない。
「くそっ! 出しやがれ!」
「さてと、ここまでだ。薬の効果が切れるまでそうしててくれ。さてと……」
耳を澄ませるとサイレンの音が重なりあうように聞こえる。どうやらパトカーと救急車がこちらに来ているようだ。
「石橋さん、これから貴方を警察に引き渡します。素性もバレてるし逃げても無駄。貴方の心情は気の毒だと思うが、この状況を引き起こして無罪放免とはいかない」
「警察……だと?」
身体が震え出す。怯えているのではない。再び怒りの炎が燃え上がっている。
「そうかい、俺の醜さは犯罪だと? ふざけやがって!」
「くそっ、まだ正気を取り戻してないのか?」
「不細工が罪だの、認められるか!」
そう叫びながらベルトのバルブを回した。
『Anger strike』




