36:コンプレックスを抱いて
促されるようにベンチに座る善継。その隣では石橋が肉をはみ出し、ギリギリの所で座っている。
本来は個人的な会話は控えていた。だが今回は石橋の様子が気になった。彼の目を善継は知っている。先日アディクショナーとなった女性とそっくりなのだ。
「えっと……」
「石橋です」
「ああ、どうも。それで石橋さん、お話とは?」
石橋は息を整え震える拳を抑える。
「貴方が羨ましい。力があり恵まれている環境にいる。私とは大違いだ」
「……そうでも無い」
自嘲するようなため息が出る。
「私達ヒーローは完璧を求められている。助けて当たり前、失敗すれば叩かれる。現に今の私は、アディクショナーとなった女性を助けられなかった事を叩かれています」
会社の努力により減ってはいるものの、今でもメタルスパイダーを非難する声はある。
それだけではない。善継は己を恵まれた人生を送っているとは思っていない。
「いや、私のような人間からすれば羨まし過ぎる位だ。勇者になるチャンスすら無い俺なんかとは大違いだ……」
ボソリと呟いた言葉を聞き逃しはしない。
「石橋さん、貴方は勇者になりたいのですか?」
「あんたは、見てわからないのか?」
怒りだ。この感覚、見覚えがある。真理がイジメられていた過去を話している時と同じ声色だ。
「俺みたいな醜い人間にはチャンスが必要なんだ。生まれた瞬間からゴミみたいな人生が決まっている。それこそ俺の両親みたいに不細工同士妥協しなきゃいけないくらいにな」
「…………」
「中には起業したり成功した者もいる。けどそれは恵まれていたからだ」
嫉妬、妬み、混ざりあった負の感情。自身の不幸に責任は無い。全部環境のせい、醜く産んだ親のせい、そう言っているようだ。
だからだろう、石橋の言い分が善継は気に入らなかった。
「違う」
「違う?」
「成功したのはその人が努力したからだ。例え容姿にコンプレックスを抱いていても、自分を磨いたからです」
石橋がばつが悪そうに口を閉ざす。彼にも思う所があったのだろう、自分の腹を一瞥する。
「失礼ですが石橋さん。貴方は自分を磨こうと行動を起こした事はありますか? そう、例えば……ダイエットとか」
「!!!」
顔を青ざめ尻込みする。その様子で善継も察した。
「石橋さんの体型は病気の類いじゃない。どんな食生活を送ってますか? 脂や糖分中心の食生活を送って居るんじゃないんですか? 運動は? まさか不健康な生活をしているのに、恵まれていないと言うのですか?」
「む……無駄なんだ。痩せてようが醜い人間には人権は無い。それに周りが俺を馬鹿にするからストレスが溜まって……」
まだ言い訳をする姿にため息が出る。何もしていない、変えようとしていない、それなのに自分には非は無い。そんな態度でま周りを悪だと罵るのがめちゃくちゃだ。
「わからないのか? 今もみんな俺を嗤っている、不細工だキモいだの囁きながら後ろ指をさしている。この状況を何とも思わないのか?」
「何とも?」
「やっぱりか。ヒーローからしたら俺も魔物と同レベルってか? 馬鹿にしやがって」
必死に訴えるも善継には響かない。何故なら彼を嘲笑する者はいないからだ。
時々通りすぎていく女性が嫌そうな視線を一瞬送るだけ。それは善継も快く思わない。だが石橋が騒ぐ程、周囲の人々は彼を侮辱してはいなかった。むしろ無関心に近い。
「そんな人はいませんよ。被害妄想です」
「……被害妄想だと?」
「気にしすぎて、笑われてると思い込んでいるだけです。ほら、誰も石橋さんに後ろ指をさしていません」
「…………」
石橋は少しずつ理性的になっていき周りを見る。善継の言う通り、彼を笑う者はいない。
「だ、だけど仕事もだ。どんだけ頑張っても俺を評価しない。不細工な俺を出世させたくないんだ」
「そんな訳ないでしょう。その、お仕事はどのような?」
「玩具メーカーに勤めています。だけど……後輩にも先に出世されるし、誰も俺を認めないんだ」
項垂れる姿に少し考える。どうしてここまで自己評価が低いのか。どうして自分が嫌われていると思っているのか。
「お聞きしたいのですが、何故その仕事に? もし望んだ仕事でないのなら、転職も考えるべきでは?」
「………………この仕事を」
顔色が変わる。どこか懐かしむように空を見上げた。心に引っ掛かる所があるらしく、ほんの少しだが笑みが戻ってきた。
「そうだ……実は歳の離れた弟がいまして。ああ、あれは弟が三歳の時だったかな。金が無い俺はお菓子の箱でロボットを作ってやって……それをすっごく喜んでくれて」
「その時の気持ちが、今の仕事へと石橋さんを誘ったんですね」
「…………そうですね。子供が喜んで遊んでくれるようなオモチャを作りたい。あの時の弟の笑顔が俺に夢を与えてくれたんだ」
笑っている姿に醜悪さなんか無かった。むしろこの笑顔こそ彼の本来の姿なのだろう。善継も自然と笑みが溢れる。
「貴方はその気持ちを忘れていませんか?」
「忘れてたよ。仕事で失敗して、それからやる気を無くしていた。やる気もないのに出世なんかできるはずがない。クビにならなかっただけでもありがたい位だ」
石橋は重そうに立ち上がると善継に頭を下げる。
「すみませんメタルスパイダーさん。八つ当たりするような事を言って」
「いえ。石橋さんの心が軽くなったのなら、ヒーローとしても嬉しい事です」
「四十にもなって今更ですが、変わるように頑張ってみます。俺が悪かったんです。親のせいにして、自分の手で自身を醜くしていた」
「無理はしないで。病院等で相談すればきっと力になってくれます。では私はこれで」
一礼し早足で立ち去る善継。ひょんな事から出会ったヒーローの背に石橋は微笑む。
そう、これぞ正しくヒーローと呼べるだろう。
「よし。こんな腹じゃ早死にするし、真面目にダイエットでもするか。仕事も、午後に出す企画書を気合い入れないと」
そうぼやきながら会社の方へと歩こうとする。その時だ。
チョーシこいてキモ
痩せる前に死ぬっしょ
どうせ口だけだって
嗤われていた。道行く人々が薄ら笑いを浮かべながら石橋を見ている。
嘲笑し、馬鹿にし、蔑む。全ての人々がそう言っているように……見えた。
「……!」
首を振り目を擦る。今までのは幻覚だ。嗤っている人なんか一人もいない。
「……あ」
石橋は自分の右手に気づく。無意識の内にジャケットから取り出していたものに。
「いや、これは使わなくていい。俺は変わるんだ」
そう呟きながらジャケットの内ポケットにしまう。黒い液体の入ったアンプルを。




