35:お昼になって
それから善継は実験に付き合ったが、実際はかなり暇なものだった。真理から渡されたメダルで変身を試み失敗、そしてパソコンを弄り再調整をし変身、それをひたすら繰り返していたのだ。
システム面での調整なのだろう。善継の腕にあるギアには触れず画面とにらめっこを続けるだけ。
流石に飽きてきたのか、善継も欠伸が出る。
「なあ真理。これ、続ける意味あんのか?」
『Error』
レバーを回すとギアからは無機質な音声が鳴る。何度聞いたのかわからない音だ。何も起きなさすぎる。
「素人は黙ってて。こっちは上手くいかなくてイライラしてんだ」
相当苛立っているのだろう、声色に刺がある。更に真理は頭を掻きながら貧乏ゆすりをしていた。
どうしようかと考えながら話し掛ける。
「そもそもどんな仕組みで二枚のメダルを使うんだ?」
「そうだな、例えるなら現行のヒーローは……」
顔を上げて手を止めた。
「メダルが毛糸玉、コスチュームがマフラーみたいなもんかな。今までは一色の毛糸で編んでいたものを、二色で、更に模様までつけるような感じだよ」
「意外と簡単そうに聞こえるんだが」
「例えだって言っただろ。実際はかなり難しい。ったく、勇者みたいに混ざれば楽なんだけど」
大きくため息をつく。
「理論上はいけるはずなんだ。由紀が使えたように、精霊同士を繋げれば……。やっぱりバイオメダル同士でないとダメなのか? いや、コストもだし再加工する手間もある。専用になるのも問題だ」
ぼやきながら肩を落とす。相当悩んでいるようだ。
どう声をかければ良いか考えていると、壁の時計に目が移る。時刻は正午、昼食時だ。
「あんま根詰めてると疲れるだろ。飯にしよう」
そう言いながらギアからメダルを外す。善継の身体はワイヤーに包まれ、元の成人男性へと姿を変えた。
軽く背伸びをし首を回す。
「俺もずっと動けなかったからさ。ちょっと気張らしに外行かないか?」
「…………いや、あたしはいい」
一瞬善継を見るもすぐにパソコンに視線が固定される。
「中途半端は嫌だからな。そっちは勝手に食べてて」
「食わないと保たないだろ。来ないなら何か買ってくるよ。希望あるか?」
「菓子パン、甘いの」
視線はそのまま。簡潔かつぶっきらぼうな言い方だ。
善継もやれやれと頭を掻く。
「そんなんでいいのかよ」
「こっちは頭を使うんだ。糖分補給を優先してんの」
「わーった。行ってくるよ」
何も食べないよりマシ、そう諦め善継は部屋を後にする。真理は軽く手を振り見送った。
会社の外、昼休みに出ている会社員達が行き来するオフィス街のど真ん中で善継は早足で歩いていた。
綺麗に道に添って植えられた木々、ベンチが並びレンガを並べたようなお洒落な道を進む。道の端には小洒落たカフェが点在し、OL達が談笑をしていた。
「うーむ。この辺、コンビニが無いのか?」
周囲を見回すも、オフィスビルにカフェ、後は居酒屋やレストランはあるもコンビニは見当たらない。
どうしようかと歩いているとある事を思い出す。
「あ……会社の購買があったな。すっかり忘れてた」
急いで戻ろうとすると、善継の視界に一人の男性が入ってきた。丸々と肥えた腹、後退した頭髪、冴えない風貌の肥満男性……石橋だ。
本来なら気にも止めない、どこにでもいる会社員だ。ただ彼は様子がおかしかった。フラフラとした足取りで今にも転びそうだったのだ。
「あ……」
悪い予感は当たるものだ。石橋はつまづくように転んでしまった。
そんな彼を誰も助けようとしない。ちらりと見るだけで興味も無いようだ。中には笑っている者もいる。それが少しだけイラっときた。
「大丈夫ですか?」
見捨てておけない。善継は一人駆け寄り手を差し伸べる。
その手を石橋は取らなかった。彼は自力で立ち上がる。
「大丈夫です。ちょっと転んだだけですか……ら」
石橋は善継の顔を見て凍る。驚愕し目が点になっていた。
流石に見ず知らずの人に驚かれるような顔をしていないはずだ。
「どうしました?」
「え、あ……あなた、メタルスパイダーですよね?」
「ああ……」
そこで善継は察した。
善継は表だって自分の正体を公表していないが、隠してもいない。人前で変身した事もある。だから善継の顔を知っている人がいても不自然じゃない。
「ええ、そうです」
「ヒーローってこんな事もするんですね」
「いえいえ、今は人としてです。ほら、変身してないでしょ」
石橋はじっと善継を見る。善継にはその目が不思議そうな、観察するような視線に感じた。
「では。気を付けてくださいね」
善継は立ち去ろうとするが、石橋は引き止めた。
「あの、ちょっといいですか?」
「?」
「少し、聞きたい事があるんです」
そう言う彼の表情は、どこか縋るように、苦しそうに見えた。




