32:精霊の訪問者
これが精霊と言われても信じられないだろう。精霊は地球では生命を維持できないからだ。その為、まるで宇宙服のようにメダルの中に入る事でヒーローに力を貸している。
だから世間では精霊は肉体や形を持たず、仮であるメダルの姿が精霊のイメージとなっていた。
それなのにこの化け物はどうだろうか。SF映画に出てくる不気味な宇宙人のような姿だ。地球に力を貸してくれる存在にはとても見えない。
「わかってるさ。しかし、ボクに会いたかったとは嬉しいネェ」
「戯れ言は程々にしてくれ。そもそも君も知ってここに来たのだろ。私の記者会見を見ていたはずだ」
強く睨むと怪物、精霊大使三号は喉を鳴らし笑う。
「すまない。さっきの娘があまりにも素敵でド忘れしていたよ。そうさ、君は聞きたいんだろゥ…………勇者ドラッグの事を」
「そうだ」
立ち上がり三号を見上げる。圧倒的な身長差。だが怯む事なく立ち向かう。物語の主人公のように。
「あんな代物を人間だけで作れる可能性は低い。しかし三号、君なら可能なのではないか? バイオメダルとフィルシステム、その両方の基礎を作った君なら」
強く威圧するような口調だ。だけど三号は感情の見えない顔で玄徳を見下ろすだけ。人形を相手にしているような感覚だ。
「そう言うと思っていたヨ。玄徳が疑うのも当たり前だ。ボクなら作れると思うだろう。だけどこれだけは言える」
顔をすぐ側まで近づける。古びた箪笥の中にある防虫剤のような匂いが鼻を撫でる。
「君との信頼を賭けて誓う。ボクではない。ボクはこの薬とは無関係だ」
「断言するんだな」
「当たり前ダ。君を裏切りはしない」
声色が変わる。紳士的にハキハキとした声だ。
「ボク、精霊大使の仕事を知っているだろ。勇者や精霊の恩敵たる魔物からチキューを守る、その協力の為に派遣されたんだ。わざわざ不要な肉体を得てまでして。ボクはこんな混沌を招くものは作らない」
ほんの数秒間静寂が流れる。
「…………信じて良いんだな?」
「勿論。ボクも自分の使命を全うしている。こんな醜悪な姿に耐え、チキューを救うべく奔走しているのサ。じゃなきゃバイオメダルもフィルシステムも渡しはしなかった」
そう言いながらデスクに置いてあったタブレットを取る。
「謝罪は不要ダ。人間にとって精霊は百パーセント信じられる存在ではないからね。無償で全面的に協力するなんて、人間が相手なら気色悪いだろう?」
「ごもっともだ」
「なぁに、ボクも協力するさ。この薬、個人的にも興味あるからネ」
器用に細長い指で画面に触れ、目当てのデータを引き出していく。
玄徳も椅子に座り寄りかかった。
「どう見る三号」
「そうだね。まずこの未知の物質は、ボク達の世界のモノだ。そりゃチキューのデータには無いよ」
「異世界から持ってきたのだろう。となれば」
「技術系の勇者がやった……可能性が一番カナ。やれやれ、勇者は相変わらずロクデナシだ」
ふと玄徳の目が鋭くなる。その視線に気付き三号は茶化すようにわざとらしく慌てる。
「おっと、そんな怖い顔をしないでくれ。責任はとってるじゃないか。一号だってヒーロー発足に全力を尽くしたんだ」
「作れるか?」
三号はデスクの周りを歩きながら顎を掻きながら画面をじっと眺めている。
考えるように画面をいじり、ちらりと玄徳の方を見るとデスクに座る。
「正直に言うとボクも作れる。難しくないが……あまり褒められる薬じゃないな。依存性も高いだろうし、チキューで言うとこの麻薬に近い。ああ、あとこれなら幻覚作用もあるゾ」
「最悪だな。しかも地球の麻薬と違って、戦闘力まで与えるのだから尚更悪質だ」
「とりあえずボクの方でも調べていこう」
「頼む」
タブレットを置くと三号は壁に貼られたポスターへと歩み寄る。それは三人の魔法少女が集まった一枚の写真。魔法少女戦隊の宣伝ポスターだ。
「そういえば玄徳。ボクもそろそろ彼女達に会いたいんだが。血液で変異したメダルも興味深いし。特に……ボクのバイオメダルを正しく扱えるギアを作った彼女」
話しながら黒い衣装の魔法少女、真理を撫でる。
「この娘も素晴らしい。フィルシステムの最終調整もやったんだろ? 本当ならボクの助手に勧誘したいくらいなんだがネ」
「悪いが彼女にも仕事がある。それに私の姪をナンパするのは止めてくれ」
「フフフ。酷いねぇ」
「まあ、いつか紹介しよう。その時は寿司も用意する」
寿司と聞き三号の顔がパアッと明るく……なったような気がした。空気が違う。あんな無機質な、宇宙人のような存在なのに今この瞬間だけは感情が見えたのだ。
「寿司! ああ、あれは素晴らしい。肉体を得て唯一良かったと思えるものだ。初めは生で魚を食うなんて野蛮で獣のようだと侮っていたが……。あれは何とも奥深い料理だった」
子供のようにはしゃぐ姿が余計に不気味だ。人間ではない異形の怪物が喜び小躍りしてあたる姿は恐ろしさすら感じる。
しかし玄徳は動じない。何とも感じていない。本当にただ子供がはしゃいでいる、としか見ていないようだ。
「喜んでくれて私も奢りがいがあるよ」
「楽しみにしているよ玄徳。ではまた、何か進展があれば連絡すル」
その一言を残し三号はデスクの影の中へと吸い込まれるように消えていく。
一人きりになった玄徳は、頬杖をつきながら静かな部屋を眺めていた。
「精霊ではないか。ならば勇者か? だとしたら何故?」
考えれば考える程理解ができない。誰が、何の目的で、どうやって。どれもこれも謎だらけだ。
だが勇者ドラッグの事件は始まったばかり。これから解決に向けて進めば良い。そう自分に言い聞かせる。




