31:話し合いましょう
時刻は夜、夕飯時が終わった頃。二葉製薬の社内は静まり返り、人っ子一人いない不気味な世界。暗く防犯機器だけが動く中、とある部屋だけがうっすらと明かりが点っている。
そこは社長室。玄徳の仕事場だ。
薄暗くデスクのパソコンの明かりだけが光る部屋では、玄徳が備え付けられた電話の受話器を持っていた。
「いやぁ、こんな夜も申し訳ございません」
『いえ、私もこの時間しか空いていなかったので。こちらこそ感謝いたします』
「そう言っていただくと助かります……柳原明美さん」
電話の相手は明美だった。
ただ違和感が一つ。玄徳の様子だ。善継が見れば不審に思う程、彼の目は鋭く刀のようにも見える。そんな普段とは違う異様な様子で話していた。
「今回はご応募ありがとうございます。訓練場の成績も見せていただきましたが、非常に優秀だそうで」
『ありがとうございます。ヒーローになりたくて努力しました』
緊張しているのか、明美の声は固い。やはり直接社長と話すのはプレッシャーを感じるのだろう。
「さて、今日は直接君に聞きたい事があって電話をさせてもらいました」
『わかりました……』
息を呑み玄徳の言葉を待つ。
「柳原さんの志望動機を今一度聞かせていただきたい」
『はい。私は人々を守る為に……』
「そんな建前はいりません。本心を教えてください」
言いかけた言葉を遮る。玄徳が聞きたいのはこんな言葉ではない。真理や善継から聞いた事だ。
「こちらの魔法少女達から話は聞いています。ですから仮面をかぶる必要もありません」
『……ご存知でしたか。わかりました、隠していて申し訳ございません』
深呼吸をし息を整える。受話器の先から意を決したよう気配を感じた。
『魔物に友人が襲われたんです。彼女は……自ら命を絶つ程酷い状態でした。しかも勇者に見捨てられる形で』
「それは辛かったでしょうに」
『はい。勇者も証拠はありませんし、見捨てただけでは粛清はされません。ただ……私は』
深呼吸をする。ピリピリとした声色に玄徳も目を細める。
『私はあの勇者を許せない。勇者のせいで地球に来る魔物が許せない。勿論そちらに所属しているユッキーさんのような勇者もいるのを存じております。ですが……』
憎悪だ。彼女の言葉一字一句から憎しみが感じられる。もう取り繕う素振りは見せない。これが本性なのだろう。
それはもはや呪詛になっている。
『勇者も嫌い、魔物も嫌い。全部まとめてブッ殺してやりたいくらい憎いんです』
お嬢様としての仮面を投げ捨てた明美。今までのお淑やかさの欠片もない暴言に、善継がいたら目が点になっていただろう。
だが玄徳は顔色一つ変えず明美の言葉を聞いていた。
「成る程。柳原さんと同じ気持ちの人は沢山いるでしょう。そして元凶である異世界人を恨む者も……同じく」
『そうです。まぁ、こちらから異世界に干渉はできないのが残念ですが』
「よく聞きますよ。ああ、もし行き来が自由になったら柳原さんは何をしたいかな?」
とても軽く、何処かの観光地に行ったら何をしたい。そんな軽口だ。しかしこれは地球の中だけで通じる言葉だ。
『異世界人にABC兵器のフルコースをご馳走してあげます』
だからだろうか。とても十代の少女の口から出たとは思えない答えが出る。
玄徳は相変わらず諌めもせず彼女の話を聞いているだけだった。
「…………面白い事を言いますね。いや、それだけではない。貴女からは言葉で表せない憎しみを感じます。あまりにも過激ですからね」
『否定しません。落ちるのも覚悟の上ですから』
「強い娘だ。ありがとうございます。有意義な時間でした。今日のお話も踏まえて考えさせていただきます。では後日、お疲れ様です」
『ありがとうございます』
受話器を置き一息。彼の表情は何処か楽しそうだった。
そんな余韻をぶち壊す声が背後から聞こえる。
「素晴らしい娘じゃないか玄徳。彼女が魔法少女になったらボクはファン一号になってしまうヨ。言葉の隅々から才能を感じる」
胡散臭さの塊のようなねちっこい男性の声だ。その声に玄徳もため息をつく。
「ハァ。本当は明日の朝一で連絡をとろうかと思っていたが。君から来てくれて助かるよ。どうしても聞きたい事があったからね」
椅子を回し振り向く。そこにいたのは化け物だった。
三メートルはある猫背の人型の怪物。異様なまでに細長い手足、くしゃくしゃにした紙のような青白い肌。そして眼球の無い暗い眼孔と縦に亀裂の入った顔。
怪人なんて生ぬるい。まさしく化け物と呼ぶに相応しいナニかがいる。
魔物……いや、言葉を発しているから魔人だと誰もが思うだろう。それなのに玄徳は冷静だった。それ所かこの化け物と知り合いかのように話している。
「最高だ。是非とも彼女の願いを叶えてあげようじゃないか。だろう?」
「それを決めるのは私だけではない。ここは会社だ、地球だ。君達とは違う、こちらのルールがある。わかってるだろ精霊大使三号」
玄徳は目の前の化け物をそう呼んだ。




