29:一息つく間もなく
討伐の様子を見ていた通行人が一斉にスマホを向ける。中にはずっと撮影していた人もいるだろう。魔物討伐後はいつもこうだ。特に女性ヒーローは多いと聞く。
善継も前の事務所にいた頃から写真撮影を求められる事はあった。それが悪い事だとは思っていない。支持されているという事だ。
「みうみうちゃーん、こっち向いて」
「あ、アハハハ……」
周囲の声に応えるように笑顔を向ける善継。馴れないせいかどこかたどたどしい。
メタルスパイダーの時とは違う。ここまで求められるのは初めてだ。真理や由紀に向けられるものよりも激しいかもしれない。
(これは営業これは営業これは営業!!!)
そう自分に言い聞かせ耐える。それに今回は以前のようにネット配信者の姿は無い。少なくとも写真を撮るだけで実害は皆無だ。
真理も愛想笑いを振り撒きながらゴミを回収している。
これも仕事の内だと己を納得させていると、遠くの方から破裂音が聞こえる。何度も何度も、花火大会かと思えるような音だ。
「何だ? ……っと」
気になり調べようとすると二人に通話が入る。相手は当然会社だ。急いで善継は目を模した髪飾りに、真理は帽子に触れる。
「はい、こちら……みうみうです」
『お疲れ様です、二葉です』
通話先は玄徳だ。ウッドリザードと争っている間に会見も終わったようだ。
『討伐成功のようですね。後は警察と業者に任せて、早急に離脱してください』
「急いでって、何かあったの?」
真理も不思議そうに首をかしげる。
『ええ。先程から何か聞こえるでしょう』
「聞こえます。それが関係してるのですか?」
『はい。実は…………自分よりも体格や年齢が大きく下回る女性に対し性的欲求を抱く、極めて変態な嗜好を持つ勇者がいましてね。何人かが真理とみうみうさんにアプローチをかけようとした所かち合い、ナンパのチャンスを懸けて争ってるんです。中にはそれを止めようとしてる女性勇者の姿もあるようで』
「「うわぁ……」」
二人の声がハモる。玄徳が何を言っているのか察したからだ。流石に精神は男である善継からすれば気色悪い事この上ない。
『特にみうみうさんは勇者に勝利しましたからね。取り入って利用したいのでしょう。国に雇われた仲裁役の勇者も向かってますし、今の内に戻ってください』
「ハハハ。そりゃ大変だ。今すぐにでも逃げたいよ」
肩を落とし半分涙目になる。ガックリとうなだれ、暗く重い空気が滲み出ていた。
そんな姿を見て真理もため息をつく。
「さっさと撤収するか。ほら行こう」
真理が翼を広げ飛翔する。真っ黒な翼を羽ばたかせ空に浮かぶと、善継が投げたワイヤーを腕に絡ませ吊るした状態で飛んで行く。
宙吊りになり、風が頬を撫でる。飛ぶ、というのは気持ちの良いものだ。真理が少しだけ羨ましい。
そんな爽やかな気持ちも玄徳の愚痴に遮られる。
『いやはや、勇者は笑顔や頭を撫でるだけで異性が落ちると思ってるようで。そんなのが通じるのは異世界だからですよ。勇者を利用しようと演技しているのに、これが普通だ、自分はモテると勘違いをしている。一国の姫が簡単になびくなんてあり得ないのに』
「あー、あたしも聞いた事ある。なんか王女様を貰ったとかで地球に連れてきたけど、実は偽者だったとか。魔法で見た目とか変えてて、中身はオバチャン奴隷だったみたい。騙された勇者もアレだけど、利用されたその奴隷も可哀想だったな」
『それだけ異世界人は地球を馬鹿にしているんですよ。彼らにとって地球人は消耗品ですから』
いつもより毒舌な玄徳に善継も驚く。普段温厚な彼がここまで刺々しくなっている理由か考えるまでもない。
「いつになくイライラしていますね社長。やはり勇者ドラッグの件ですか?」
『お察しの通りです。会見が終わってからまあうるさいの何のって』
通話ごしからも伝わる深いため息。
『薬のサンプルよこせ、むしろ作れ。ベルトは真理に作らせろ。由紀を使って量産しろって。私の可愛い姪で何しようとしてるのやら。そもそも勇者ドラッグの依存性や悪影響が未知数なのに何考えてるんですかね』
玄徳の話を聞いて真理も顔をしかめる。当たり前だ。こんな兵器の生産に携わりたくない。
「警察と自衛隊が由紀のコピー怪人軍団になるのか? 考えただけで吐き気がするよ。人の妹で何しようとしてんだか」
「そりゃ悪夢だな。いや、妹さんが悪い訳じゃないんだが……」
苦笑いをしながら善継は街を見下ろす。後処理をしようと現場に向かうパトカーの音が聞こえる。壊れた道路を迂回する車達、現場へと走る野次馬。平和な日常へと戻ろうと人々が動いていく。
そんな街の姿を真理も眺め、ワイヤーを掴む手に力が入る。
「でも…………もしかしたら勇者ドラッグが普及されてたら、魔物の被害も減るのかな」
ふとそんな考えが頭を過った。ヒーローだけじゃない全ての人々が力を持てば、魔物と戦えれば。被害を最小限に抑えられるかもしれないと。
だが善継と玄徳は良いとは思えないようだ。
「減るだろうが、別の被害が増えるぞ。争う力が普及されれば、悪用する人間にも渡るって事だ」
『そうですね。実際銃が一般化されている国では、弱い魔物をヒーローに頼らず倒している事例もあります。ただ、そこに更に強力な武器が一般化されれば、人間がもっと大きな事件を引き起こす事になります。銃社会の光と闇、両方が大きくなる』
「言われてみるとそうだなぁ。……てかなんであたしは勇者ドラッグを擁護するような事を考えてんだ」
真理も大きなため息をつき、誤魔化すように翼を羽ばたかせる。彼女なりに世間の事を思っての発言だろう。頭ごなしに否定するのも酷だ。
「真理、その考えそのものは悪くない。世の為にと思う気持ちが大切なんだ。それこそヒーローの自覚ができてきた証拠さ」
「そうかな? あたしは一番弱いし、さっきも周りは善継の事ばかり見てたよ」
『おや? そんな事ありませんよ。社内に真理のファンは沢山いますし、秘書課なんかみんな真理が一番と言ってますよ』
「知りたくなかった! 社長室に行くのに毎回通らないといけないのに、これからどんな顔していけばいいのかわかんないよ!」
顔を真っ赤にして叫ぶ姿にホッとする。
会社のビルが見えてきて、さあ帰ろうと思った矢先。会社の前に見知ったリムジンが停まっているのを善継は気付く。そのリムジンの隣に立つ男、青山ことアクアダンディの姿があった。




