26:下の者
学校の夕方、人通りの少ない校舎裏。その静けさを断つように鈍い人を撲る音が聞こえる。
ここには四人の男子生徒がいた。一人はうずくまり嗚咽を溢す小柄な少年。そして彼を見下ろす金髪の少年と取り巻きが二人。
由紀のクラスメートの小原と中島だ。中島はうずくまる小原を蹴り、彼のブレザーをまさぐると財布を奪う。
「ちっ、こんだけかよ。金持ってこいって言っただろ」
「でも、もう持って無いんだ」
「じゃあ盗むなりなんなりしてこいよ」
依頼しているように小原のニキビで不衛生な顔を踏む。彼の取り巻きも嘲笑っている。
「中島、どうせこいつトロイし無理じゃね?」
「てかそんな根性すらないだろ」
「それもそうだな。あーどっかにホモとかいねえかな。そうすりゃ男でもエンコーさせられるのに」
「こんなカスを買うやつなんかいないって」
「マジうける」
散々な言われようだ。小原も拳を握りワナワナと震えていた。
抵抗できない。暴力では勝てず、教師に頼れば復讐される。他にも弱みを握られ頭が上がらない。従うしか道はない。
羨ましい。力だけじゃない。候補でもある中島が羨ましい。何もない自分が恨めしい。
小柄で冴えない顔に産んだ親が憎い。中島のような生徒を入学させた学校が憎い。彼の頭には自分以外の全てが悪だった。
笑い声が響き渡ると、その声を磨り潰すように足音が近づいてくる。振り向くとショートカットの少女が歩いている。
由紀だ。彼女の姿を見ると中島達は一気に恐れ腰を引く。彼女は勇者、そして自分達は普通の人間。由紀の前では羽虫にも等しい。
「黒井……何の用だよ」
声が僅かに震えている。小原が中島を恐れているように、彼も由紀を恐れているのだ。
一方由紀はちらりと中島の持っている財布を見る。
「今日は恐喝? お金が欲しかったら働けばいいのに」
「……関係無いだろ。それにこれは慰謝料だ。存在するだけで不愉快になるからな」
「慰謝料ねぇ」
小原と目が合う。助けを求めるような、縋るような瞳。助けてくれではなく、助けろと言っているような視線だ。
「黒井も思わないか? こんな底辺に手をさしのべて何になる。こいつを助けてプラスになるか? むしろ被害者が増えるんだよ。俺達みたいな」
「…………」
確かに女子生徒の間では小原は圧倒的に不人気だ。舐めるような目でスカートを見られた。体育の授業も盗撮しようとしていた。そんな噂は聞いている。
「そうね。被害者を減らすべきね。私もそうしようかな」
小原の顔が絶望に歪む。味方ではない敵だ。それも最悪の存在が。中島もホッと胸を撫で下ろし、馴れ馴れしく由紀の肩に手を回す。
「だろ。なぁ黒井だってこんな不細工より俺みたいのとつるむべ……」
そう言いかけて瞬間、中島の頭に熱が走る。
「「「は?」」」
頭が熱い。恐る恐る触れてみると、頭頂部だけが禿げていた。髪は無くなり僅かに残された毛はチリチリに焦げている。
髪を焼かれた。一瞬の出来事だった。
「中島君も周りから煙たがられているの気づいていないの? 自分がイケていると思ったら大間違いだよ」
「ヒッ……」
ゾッとするような冷たい声。いつの間にか由紀の手には氷の刀が握られている。
ぶらりとぶら下げているだけ。しかし人間の命を簡単に狩り獲れる獲物を前に尻込みしていた。
「正直目障りなの。わかる?」
「チッ!」
たまらず逃げ出す三人。由紀は追いもせず情けない背中を眺めるだけ。それだけではない。遠巻きから眺めていた他のクラスメートも逃げる中島を笑っていた。
ため息をつくと刀は溶けて消え、小原の事は見ようともせず立ち去ろうとする。
「待って」
小原は由紀を引き止める。
「……何?」
「ありがとう。また助けてくれて」
「別に。私は中島君が目障りだっただけだから。お礼なんていらないよ」
ふと小さく微笑む。こんな言葉を聞きたくてやった訳じゃない。ただ中島が気に入らないだけ。それでも感謝されるのは悪くない。そう思っていた。
今までは。
「ねぇ、もしかして黒井さんは僕の事好きなの?」
「…………は?」
何を言っているのかわからなかった。当然そんなのは勘違いでしかない。小原はただのクラスメート、それだけの存在だ。
恋愛なんて眼中に無い。この少年はとんでもない誤解をしている。
「なんでそうなるの。別に小原君が好きで助けた訳じゃないよ」
「大丈夫、わかってるよ。僕が君の弱点になるからね」
「あのね……」
流石に頭が痛くなる。自分が勇者の庇護を受けていると勘違いをしていた。
確かにそうやって勇者に取り入り、その力を利用しようとする者はたくさんいる。だが由紀にとってその対象は家族に絞られている。断じてこの少年ではない。
どうしようかと困っていると、先程からこちらを見ていたクラスメート達が助け船を出す。
「キモっ。ちょっと優しくされたからって好きだと思うとか」
「本当。だからモテないんだよねー。ぶっちゃけ中島はクズだけど、小原と違ってキモくないだけマシかな」
口々に小原を罵り出す。由紀は一瞬止めようと思ったが、この行動が彼を誤解させているのなら何もしない方が良い。
「……とりあえず誤解だから。私は小原君にそんな感情は抱いていない」
「え? ちょ……」
これ以上相手をしてもお互いの為にならない。クラスメート達の罵倒を聞くのも億劫だ。
由紀は急ぎ足で立ち去り、クラスメート達も彼女の後を付いていく。
ただ一人取り残された小原は唇を噛みしめ見送るだけだった。
そして離れていく由紀をクラスメート達が囲み、口々に中島と小原の悪口を呟く。
「しっかし最近学校も物騒になったよね」
「そうだよね。生徒会長が勇者召喚されてからだよね」
由紀が足を止める。
「初耳なんだけど」
元々周囲に関心が薄いせいか、由紀は知らなかった。勇者召喚がまた起きている事に胸がざわつく。
「たしか黒井さんが戻る直前くらいだよね」
「そうそう。でも不思議だよね。堤とは真逆なのに」
「もしかしたら正義感の強い人だからじゃない。昔はそういう人が召喚されてたみたいだし」
そんな話を聞きながら由紀は空を見上げる。
勇者召喚に良い感情を抱いていない者は多い。由紀もその一人だ。何故見ず知らずの人々の為、誘拐犯の為に命懸けで戦わなければならないのか。
同じ人間だと思えない。どうしてこんな気軽に人間を道具として扱えるのか。異世界人の感情がわからない。それは多くの人々が思っていた。
勇者召喚なんてなければ。異世界人に恨みを持つ者は増えていく。勇者に弄ばれた者、魔物の被害にあった者。そして異世界み家族や友人を拉致された遺族達。
玄徳は言っていた。異世界に移動する術があれば核ミサイルを撃ち込んでやりたいと。そう思う者は沢山いるのだ。




