25:有り得ない世の中
「有り得ない!」
真理の声が荒々しくなる。
「勇者の血? そんなのずっと昔から研究されていた。死体をサイボーグにして蘇生しようとしたり、手足臓器の移植、何をやろうとも無意味だ。力は勇者個人のものだった。精霊だって」
彼女の声は焦っているような、興奮しながらも認めたくないと駄々をこねているようにも見える。
「だからギアを発展させてヒーローは強くなっていった。なのに…………バイオメダルが作られたかと思ったら、次は勇者の血をメダル代わりに? なんだよそれ。昭和に黒電話から一気にスマホまで進化したようなもんじゃないか」
「真理。確かに今まで不可能だった事が急に可能になり驚くのも無理はない。だけど二十年前より基本的な技術は進歩している。不可能が可能になるのも不思議じゃないだろ?」
真理をなだめるような優しい口調。
善継だって信じられないが現実だ。偶然、天才の出現、そんなふとした切っ掛けで技術が進歩するのも有り得る。だが真理には信じ難い事なのだろう。イラついたようにソファーに座る。
玄徳もやれやれと肩をすくめた。
「……全く。しかしこれは大事になりますね。世界の軍事バランスがひっくり返ります」
「でしょうね。精霊との規約でヒーローは対魔物に特化されています。しかしこれは勇者の肉体利用だと言い訳がたつ。世界中が夢見たヒーローの軍事利用が可能になりかねない」
「真理の言っていた通り、今まで不可能だった勇者の力の抽出、その成功例です。誰もが欲しがるでしょう」
善継は少し考えるように壁に寄りかかる。頭の中でパズルが組まれるような感覚。嫌な予感が少しずつ一枚の絵になっていくようだ。
「そうだ。俺達ヒーロー以上に軍事適性は高い。……厄介なもんを作ってくれたな。まあ元々ヒーローがあまり軍事向きじゃないってのはあるが」
「…………ん? ちょっと待って。ヒーロー以上?」
イライラしながらも話は聞いていたようだ。不機嫌な顔をしながらも真理がソファーから顔を出す。
「そんなにヒーローって兵器に向いてないの? 一人辺りの攻撃力もコストも上じゃん。戦車一台よりヒーロー一人の方が圧倒的に戦力になるだろ」
「単純な戦闘力だけならな。ただ力だけで兵器は成り立たない。ヒーローには兵器転用に問題がいくつもあるんだ」
善継は真理の方に歩み寄り、今度はソファーに寄り掛かる。
「確かにコストと戦闘力は圧倒的だ。ギアは戦車やヘリ、戦闘機よりもかなり安上がりだ。銃より少し高いくらいだからな。だけど人数を揃えるのが難しい」
「候補問題か。そういえば人口の四分の一くらいだっけ」
「そうだ。そこから兵士としての適性、適合するメダルの選定。数を揃えるのは困難になる」
そこがヒーローの軍事利用最大の問題点だ。いくら兵士が志願しても候補でなければ、適合するメダルが見つからなければ、ヒーローを兵士として運用できない。逆にメダルの見つかった候補がいても兵士として適性を持たなければ無意味だ。
「ですがこの勇者ドラッグとベルトはそれを全て解決します。コストはわかりませんが、候補でない者が使えるのは大きい。間違いなく兵器として運用するのをコンセプトに開発されています」
玄徳も恐れるようにため息をつきながら椅子に寄り掛かる。
「魔物から人々を守る為に作られたヒーローとは違う。私は嫌いですね」
「私もですよ社長。これはただの兵器だ。心が無いぶん身勝手な勇者より質が悪い」
暗く陰鬱な空気が流れる。兵器だなんて嫌な言葉だ。しかしヒーローも見た目と運用目的にカモフラージュされているが、その本質は武器だ。真理はそれを理解しながら、作る側である自分に嫌気がする。
「だけどなんで一般人に渡されてんだ? もし兵器ならどっかの軍隊に売ればいいのに」
「それもそうだが、俺はヒーローと戦わせて性能テストをしているんだと思う」
「私も同感です」
成る程と頷く。二人の言う通り、実際にヒーローと比べるのが一番だ。
だがそれが余計にイライラさせる。まるで心の隙間に付け入り暴れさせ、ヒーローと戦い用がすんだら捨てる。善継がベルトを破壊するのを見越していたようで腹立たしい。
真理の苛立ちに、玄徳は苦笑しながらタブレットを見直す。
「さて。この情報ですが、私は世間に公表しようと考えています」
二人は耳を疑った。こんなものが世間に知られれば、ヒーローの軍用化を目論む人々を刺激しかねない。
「何故ですか社長」
「そうだよ。こんなの知られたら作ったやつの思う壺じゃないか。宣伝してやってるようなもんだ」
しかし玄徳は落ち着きながら二人を諌める。
「落ち着いてください。私もそこは危惧していますが、この薬を先に調べたわが社が製薬企業なのが問題なのです」
ハッとする。
「もし今後他のヒーローが勇者ドラッグを回収したら? 誰かが調べ勇者の血液から作られたのを知ったら? 二葉製薬がその事を隠していた場合、真っ先に疑われるでしょう。ただでさえうちはバイオメダルとクロスギアを開発しました。疑われる理由は充分です」
「ハッ。あたしがベルトの製作者になりそうだな」
「それはマズイ。妹さんもいるし、他の勇者を襲って血を入手するのも可能だって言われたら否定できんぞ」
そう、二葉製薬にはこの薬とベルトを作れるだろうと予測させる材料がある。そこに今回の情報秘匿が重なればどうなるか、考えるまでもない。
「察してくれましたか?」
大きく頷く。悔しいが隠してはいけない。隠してしまえば逆に黒幕の隠れ蓑にされてしまう。
玄徳は小さく微笑む。
「さて、方針は決まりましたが……八ツ木さん」
「なんでしょうか?」
「申し訳ないのですが、しばらくの間みうみうとして活動をしてください」
やっぱりと肩を落とす。今メタルスパイダーは世間から良い印象を持たれていない。表に出るのは控えた方が良いだろう。
「わかりました」
「ネットの炎上もこちらの法務部で対処します。大丈夫、部下を守るのも上司の仕事ですから」
頼もしい、素直にそう思える言葉だ。
ヒーローも完璧ではない。仕事が上手くいかない時もある。雇い主に頼るのも申し訳ないが、今は甘えるとしようと。柄にもなくそう思ってしまった。




