22:ママ友の闇
やはり手応えが無い。あの柔らかい身体が衝撃を分散しているのだ。
だが、それよりも気になる事がある。倒れている親子達だ。
「子供まで手にかけるとは、見下げた奴だな」
「子供? こいつらは害虫だ。こんな狂った人間から産まれた子はいずれ私達の家族を害する!」
触手を振り回し攻撃してくるも善継は避けながら距離を離す。鞭のように叩き付けてくるが直線的で遅い。素人丸出しの動きだ。
「悪人になる前に殺してあげたんだ。私は間違ってない!」
「……何だこいつ?」
思想が狂っている。それ所か自分が正しいと暴走している。
「旦那が部下だからって……下っぱだからって馬鹿にして。あああああああああ!!! あんなのに親になる資格は無い、あんなのから産まれた子供なんかいちゃいけない!」
なんとなくだが背景が見えてきた。おそらくだがママ友カーストと言うやつだろう。あの怪人、その夫が仕事場で下の立場なようだ。それをネタに蔑まれてきた。そんな所だ。
善継は彼女の言動に既視感を感じる。前回の怪人も劣るという言葉に過剰に反応していた。まるで勇者として召還されそうな人間と同じに見える。
「だからってやっていい事と悪い事があるだろ!」
「黙れ!」
今度は触手から緑色の液体を飛ばしてくる。バック転をしながら後ろに跳び、善継のいた場所に緑色の水溜まりができていく。
「上司の妻だからって旦那も頼りにならない、抵抗すれば息子を使って脅される。誰にも頼れず一人でどうしろと?」
「…………」
善継には理解できないだろう。独身で子もいないのだ。それに女性特有の付き合いもある。彼女がどれだけ苦しんでいたのか、どれだけ悩んでいたのかは想像の域を出ない。
だがこれだけは言える。
「それでも命を奪っていい理由にはならない。あんたはその血塗れの手で我が子を抱くのか? 胸はって自慢できるのか!」
「……っ! うるさい!」
再び毒液を飛ばすも善継には当たらない。避けた毒液はすべり台に当たり、べっとりとその表面を汚した。
「……成る程な。これなら」
何かに気づきまっすぐ走り出す。
「来るな!」
今度は外さないとばかりに毒液を発射。善継は避けようとせず一直線だ。
当たる。そう思った瞬間、蜘蛛の巣型の盾で毒液を払い除けた。何度も迫る緑色の液体を弾きながら善継は前進する。
そう、この毒液は生物には有効だが金属には影響を及ぼさないのだ。すべり台が無傷だったのを善継は見ていた。
更に善継は近くに転がっている三輪車にワイヤーを飛ばして捕まえ、怪人へと投げる。
だが腕で防がれてしまう。勿論痛みすら感じていないようだ。
「無駄だ。私は無敵なんだ」
「どうだかな」
目と鼻の先まで接近。ベルトを思いっきり殴る。
「っ!? 硬……」
しかし傷一つつけられない。想像以上に頑丈だった。その隙を怪人は逃さない。
触手が手のように動き善継の首に絡み付く。
「ちっ」
このまま締め上げようと力が入る。息苦しさが喉を伝うが、善継は即座にナイフを作り触手を切り落とした。
首に絡まった触手を投げ捨てながら怪人を飛び越え背後に回る。そして切られた触手は黒い塵へと消えていく。
「この……」
触手はすぐに再生し再び善継を襲う。左右から振り回す触手を避け、受け流し防ぐ。単調な攻撃だ。善継には子供騙しにしかならない。
触手を真上から振り下ろすと、引っ掛かったワイヤーがズタズタに切り裂く。目の前で消えていく残骸に怪人も血の気が引いていく。
「あんたは自分の子供を犯罪者の子にするのが良いのか?」
「ぐっ……」
少なからず思う所があるのだろう、一瞬たじろぐ。しかしもう一線を越えてしまった。彼女に後戻りをする選択肢は無い。
「私は、間違っていない!」
走りながら触手で凪払う。それをしゃがんで避け、足払いで転ばせる。
転んだ隙に足にワイヤーを巻き付けると、全力で振り回した。
「なら……」
回転する度に速くなる。初めは地面を引き摺るだけだったが、少しずつ遠心力で浮かび上がっていく。
「後悔していろ。一番家族を傷つけたのはあんた自身だと」
ワイヤーを手繰り寄せアッパーで真上に打ち上げた。ワイヤーをほどき落下していく怪人。善継の手はギアのレバーに添えられる。
『Finish!』
レバーを回し右足にワイヤーが絡み付くと、蜘蛛の巣の模様が浮かび上がった。
「くらえ!」
落ちてきた怪人の腹部、そこに巻かれたベルトに回し蹴り。
メキっと軋むような音が聞こえ、蹴り飛ばされた彼女はジャングルジムに叩き付けられ地面に倒れる。
普通なら大怪我だ。しかし今の彼女は普通じゃない。
「む、無駄なのよ。私は……無敵なんだ」
またしても立ち上がる。効いていないようだ。
出鱈目な耐性に称賛すら抱く。切断は効くが打撃はほぼ無効。ただ、もし由紀がいれば手も足も出ずに消されていただろう。
やたらと自信満々だが善継は余裕だ。
既に決着はついている。
彼女が一歩踏み出すとベルトのバルブが落ちる。
ベルトは大きくへこみ、中央のランブは砕けている。ベルトが壊れたのだ。
「え?」
何が起きたのか理解が追い付かない。彼女が破損したベルトに気づくと全身が黒曜石のようなものに変化、そのまま砂のように崩れていく。
中から出てきたのは善継より少し歳上、三十代前半くらいの女性だ。
「何で? そんな……」
「ビンゴ。やっぱりあのベルトはギアだ。中身も人間、妹さんを当てなくて良かった」
変身が解け慌てる女性。想像通りだ。
こうなれば彼女はただの主婦。善継どころか警官にも抗えまい。
だが彼女は諦めなかった。
「こうなったら……!」
取り出したのはベルトに装填されている黒い液体の入ったアンプルだ。
待ってましたとワイヤーを飛ばし颯爽と奪い取る。
「あっ!」
「こいつも貰ってく。薬なら会社に専門家がわんさかいるんだ。調べさせてもらう」
「うっ……」
女性の顔が一気に青ざめる。強気な態度は消滅し、ただの気弱な女性にしか見えない。
「あんたはもう変身できない。刑事さん!」
「よし、確保!」
刑事の呼び掛けに二人の警官が女性に駆け寄る。二人の目に宿るのは怒り。仲間を目の前で殺された怒りだ。しかし法の番人である彼は私情は挟まない。淡々と罪人を捕らえるだけ。
「こ、来ないで! 私は悪くない、悪くない!」
逃げようとするも刑事が回り込む。
善継はそこに混じらない。彼はあくまでヒーロー。逮捕するのは警察なのだ。無力化した以上、ここから先は警察の仕事。ヒーローが関わる場所じゃ無い。
だが何事にも想定外の事はある。
急に響くブザーの音。その音源は破損したベルトからだった。
「なんだこの音は?」
「え? え?」
女性も何が起きているのかわからず混乱する。煩く鳴り響くベルトを揺らし叩いて音を止めようとする。
警察も警戒し足を止めた。その時……
ボン
ベルトが爆発した。
範囲は一メートルもなく刑事達に被害は無い。ただし女性は違う。
「ゴフッ……」
爆発をモロにくらい腹部が消失していた。
粉々に砕けたベルトの破片。飛び散った肉片。そして口と腹に空いた穴から血を流し倒れる女性が公園の真ん中に残されたのだった。




