20:誰かの鎖
翌日の午後、善継は会社にある事務所にいる。昨晩の報告、警察との相談と午前中は忙しかった。なんとか仕事を片付け事務所に入ると、真理が椅子に寄りかかりながら干している布団のように項垂れている。
漫画なら口から魂が出ているだろう。少しだけ面白いと思ってしまったのは内緒だ。
善継は部屋の隅に置かれたコーヒーメーカーから二人分注ぎ、真理の前に置いた。勿論彼女の方にはミルクと砂糖も忘れない。
「ご機嫌ななめだな。どうしたんだ」
「うー。あのお嬢様が来てな。いろいろ話したんだが、これが頭痛の種で」
「そういやそんな事言ってたな」
真理の表情は雨雲のようだ。どれだけ悩んでいるのか善継の想像を超えるだろう。
「うん。でさ、善継はどう思う? あの娘、かなり魔物が憎いらしくて半ば暴走しているんだよ」
「となるとオススメはしないな。自分や周囲を顧みずに突っ込んで……刺し違える未来しか見えない」
「だよね」
善継も明美の参加を快く思っていない。
魔法少女、ヒーローの仕事は異世界の存在から地球を守る事。ただ闇雲に魔物を狩る事じゃない。憎しみに囚われた者の末路はろくでもないのが多い。生き残れるのは余程の強運か天才だけだ。
「って事は、社長に進言したんだろ」
「…………」
コーヒーを口にしながら真理は顔をしかめる。
「私一人の権限では難しい、って。それに……」
言いづらそうにカップを撫でる。それとも言いたくないのか、口ごもりながら貧乏ゆすりをする。
「訓練所の成績はトップだそうだ。優秀なんだよ。だから…………あたしより戦力になるかも」
最後の一言が言いたくなかったのだろう。声に力もなく、悲しそうに徐々に小さくなる。
善継も言葉を選びながらコーヒーを飲む。
「だとしても真理はよくやってるよ。そもそも発端はお前だ。ギアがなけりゃ話にもならなかっただろ」
「だけどね……」
段々自嘲するように笑い出す。笑っているのに、彼女の顔は痛々しく感じる。
「そもそもあたしは戦力として雇われたんじゃない。本職は別だもん。あたしは、由紀の制御装置なんだ」
何も言えない。
勇者と言う人間戦略兵器。少し機嫌を損ねるだけで街一つ消滅させる事もある存在。由紀が自己中心的な勇者達と違い協力的ではあるも、彼女の精神の根幹は家族だ。
あらゆる存在を超えて優先される、異常な家族愛が彼女の歪み。それを制御するのが真理の役目だ。
理解しているからこそ苦しいのだろう。
「真理、そう悲観するな。今までヒーロー活動やってきただろ。少なくとも俺はお前で良かったと思っているぞ」
「……ありがと」
そっぽを向きながらのお礼。顔は見えなかったが、明るいものではなかった。
「なあ善継」
「おう」
「今度さ、ちょっと実験に付き合って欲しい。できれば魔法少女の姿で」
声色が変わる。明るいと言うより怒気が見えたような気がする。何か考えがあるのだろうか。
「実験? どんなのだ?」
「今度な。とりあえずあのお嬢様は一旦忘れよう。伯父さんもあたしらの言い分を無視しないだろうし」
気分も持ち直したのだろう。ほんの少しだけ頬が緩んでいる。
「そうか。とりあえずその実験とやらの準備ができたら教えてくれ」
「ああ……っと」
その時机に備え付けられた電話が鳴る。部屋中に響くような呼び出し音。真理がさっと取り電話に出る。
「はい、黒井です。……はい、変わります。善継、お前だ」
「おう。はい八ツ木です」
受話器を受け取ると女性の声が聞こえた。
『お疲れ様です八ツ木さん、業務部です。たった今例の怪人、その別個体が出現しました』
「!」
驚いて受話器を落としそうになる。
あれと別の怪人がいたのは驚いたが、冷静に考えればあり得る話だ。あのベルトがギアと同様の物なら複数存在する可能性がある。ヒーローが複数人いるように、あの怪人が複数人いてもおかしくない。
「相手が人間なら俺が……って話だったな」
『はい。警察が先行していますが、無力化はヒーローか勇者でないと難しい。八ツ木さん、メタルスパイダーは早急に現場へと向かい無力化、警察に引き渡してください』
「了解。すぐに出る」
受話器を置いて一息。善継も目付きにヒーローとしての力強さと鋭さが宿る。
「何だった?」
「別の怪人が出たらしい。俺が対処しに行く」
僅かに残っていたコーヒーを一気に飲み、真理に背を向け部屋から出ようとする。
「善継、気を付けて」
「ああ。なぁに、犯罪者ヒーローと同じならギア……あのベルトを破壊すればどうにかなる。俺に任せろ」
軽く手を振り善継は走り出す。
その背中を真理はただ見ているだけ。拳を握り震えながら。




