19:売り子
彼女の悲鳴に応えるように……いや、待っていたかのように誰かが売り子の前に降り立つ。
ヨレヨレのシャツを着た大学生くらいの男性。彼は欠伸をしながら怪人と売り子を順に見る。
「めんどくせーけど、悲鳴を無視するのも目覚めが悪いからな。あんた、助けは必要か?」
「あ、あなたは?」
「通りすがりの勇者だ」
彼はチラリと売り子の胸元を見る。それだけではない。彼女の容姿を確認するように何度も視線を向けた。
大当たり。内心舌舐りをしながら嬉しそうにしていると売り子が抱きつく。自分の胸を押し当てるようにだ。
「助けてください勇者様!」
「仕方ないな~」
やれやれと頭を掻くも鼻の下は伸びっぱなし。下心を隠そうとするも、怪人から見てもバレバレだ。
「さてと」
勇者は右手を突き出す。手から紫の炎が吹き出し彼はそれを握る。すると炎は細長い棒状の形をとり、手には炎をまとった黒い剣があった。
「……!」
怪人は驚き狼狽える。当たり前だ。勇者は圧倒的な力の象徴、争って勝てるはずがない。
どうしてこんな事に? 疑問が思考を支配する。
「なんでそんなに驚いてるんだ? ああ、もしかして俺の力が弱すぎるのか?」
やれやれとため息をつく。
勇者の力が弱いはずがない。もはや謙虚を超えて嫌味だ。圧倒的な自分の力を見せびらかしているだけ。強いと言われたいがための方便だろう。
だが売り子はその言葉にニヤリと笑う。
「なら勇者様、これを使ってください」
「へ?」
『Set!』
本来ここにあるはずのない声が聞こえる。ヒーローの変身アイテム、ギアの音声が。
『Something is coming out! What is it?』
「ガチャ」
何が起きたのか理解するよりも速く売り子はレバーを回した。
『Pon!』
カプセルが口を開き二人を飲み込み粉々に弾け飛ぶ。
売り子の姿はそのまま、勇者はレーサーのようなヘルメットとプロテクターを着ている。
『Run to hell』
ヒーローへと変身した。勇者だけでなく怪人も驚いている。ギアは勇者に使えないのが常識だからだ。
「やっぱり。勇者様、あなたは選ばれた究極の勇者。ヒーローの力をも使いこなす無敵の……神に匹敵するお方なのです」
「そ、そうなのか?」
売り子におだてられ、勇者は次第に胸が踊りだす。他の勇者を超越した、文字通り無敵の存在になった。そんな錯覚に胸が高鳴る。
ヘルメットの奥で口角が吊り上がる。勇者になった時を超える万能感。もはや世界は自分のものだと感じる程だ。
「よし! 早速……あれ? 剣が無い。まあいいか!」
再び剣を出そうと手を掲げる。しかし何も起こらない。手から炎も出ず、身体に流れる力も感じられない。
「なんでだ? おい、こ……」
売り子に聞こうとした瞬間、勇者の頭が宙を舞った。首から上を失い血を振り撒き崩れる身体。血の海に倒れ付し、身体を包むコスチュームは黒い塵となって消えていく。
地面に広がる血の水溜まり。そこに映る売り子は笑っている。
彼女の開いた口。そこから無数の目がただの肉片となった勇者を嘲笑っていた。
そんな恐ろしい光景に怪人も後退りをする。ヤバい。そう思いながらも怪人は勇者の死に心が踊った。
絶対強者の敗北。それを可能にする味方がどれだけ心強いかは想像に容易い。
「凄いな。いいアフターケアだよ」
アンプルを外す。すると全身が黒曜石のような黒い物体に変化し、砂のように崩れていく。そこに立っていたのは肥満体の中年男性、石橋だった。
その頃破壊されたコンビニに善継は訪れていた。メタルスパイダーへと変身しめちゃくちゃになったATMの前で現場を調べている警察と話している。
善継と話している中年の刑事はため息をつきながら荒らされた店内を眺める。
「いやはやすまないな。ここはヒーローじゃなくて俺ら警察の仕事なんだがね」
「いえ。我々ヒーローの仕事も人々を守る事です。協力は惜しみません」
「そう言ってもらえるとありがたいよ。で、メタルスパイダーさんを呼んだ理由ってのがこれだ」
刑事はタブレット端末を操作し善継に見せる、
「店の備品で、防犯カメラの映像が見れる。事件の様子なんだが見てほしい」
「はい」
受け取り動画を見る。そこに映っていたのは昼に戦った怪人がATMを破壊している様子だった。
「……こいつ」
「あんたが見た怪人。銀行強盗のやつかい?」
「おそらく。同じ装備をした別人でなければ」
「何者なんだ?」
「公表されていないギアを使用したヒーローと同等の存在。私達はそう読んでいます」
「魔物じゃないとは面倒だな。無力化は頼むが……」
刑事は深いため息をつく。
「なんでうちら警察にヒーローがいないんだか。専用の特殊部隊でもあれば犯罪者ヒーローに対応できんのに」
「ですが精霊が地球に力を貸す条件として、対人の利用を禁止してます。軍事利用の防止が本来の目的ですが、警察もついでとばかりに禁止されてしまいました。犯罪者ヒーローや勇者粛清のような限定的な許可は出ていますがね」
「冗談じゃないよ」
イラついた様子で刑事は善継の左手、そこに装着されたギアを見る。
「精霊も力を貸してくれるのはありがたいが、その力を悪用する輩だっているんだ。だったら、そいつらの対応は法の番人である俺ら警察がやるべきじゃないか。なあ?」
まるで善継のメダル、そこに宿る精霊に語りかけるようだ。勿論返事はない。だがそこにいる精霊には刑事の声は届いているだろう。
「せめて警察だけは使えるようになると、我々ヒーローも連携しやすくなるんですが」
「とりあえず今回の件は頼むぜ。そっちの会社には連絡してある。……あっ、そういや聞きたい事があるんだ」
今までの険しい表情と違い少しだけ柔らかな印象がある。
「あんたんとこの……みうみうってやつ。最近見ないがどうしたんだ?」
「あー……彼女も忙しい身でして」
クロスギアが必要な強力な魔物や魔人でない限り使わないようにしている。時々取材等で変身はするが、極力使いたくないのが本音だ。
「そうか。うちの娘がファンでね。俺も勇者に勝ったヒーローってんで気になってたんだが」
「ははは。彼女にも伝えておきますよ」
そう苦笑いをしながら答えるしかなかった。言えない、目の前にいるとは。




