18:客
真夜中のコンビニ。一人しかいない店員である若い男性は、尻もちをついたまま怯える事しかできなかった。
店内に響く警報。壁は破壊され、ATMも無惨に切り刻まれている。そんな残骸と化したコンビニの一角に怪人が立たずんでいた。
刃物の塊のような身体に上下逆転させた笑顔の仮面。昼に善継達と戦ったあの怪人だ。
怪人は破壊したATMの中から現金を引っ張り出し、せっせとバッグの中に詰め込んでいく。店員はただ腰を抜かし眺めているしかできなかった。
だがそれは正しい。ただの人間である彼がどうこうできる相手ではない。何もせず大人しく助けが来るのを待つのが安全だ。
当然こんなATM強盗をしていれば警察が駆け付ける。現に遠くからパトカーのサイレンが風に乗って近づいてくるのが聞こえた。
「警察か。下手するとヒーローも来るし、ここいらで潮時だな。じゃあな底辺コンビニバイト君」
バッグを片手に両足の爪先を床に突き立てる。そして身体を回転させ、自身をドリルと化し地面に潜る。
店に一人とり残された店員はめちゃくちゃになった店内を眺めながら呆然としていた。何が起きたのか脳が理解を拒絶している。ただ聞こえてくるサイレンの音に少しずつ意識が戻っていくのを感じながら。
誰もいない土手。川が緩やかに流れる夜。遠くに走る車の音、街に点在する街灯がこの静寂を否定している。
橋の下では誰かが座っていた。そう、あの怪人だ。
彼は現金の詰まったバッグを大事そうに抱き、周囲をキョロキョロと見回している。
「時間よりも先にいらしてたとは。お待たせして申し訳ございません」
誰かが話し掛ける。金髪に露出の激しい服装、あの奇妙な美女だ。彼女は高いハイヒールながらも器用に雑草にまみれた土の上を歩く。
怪人も彼女に気付くとバッグを抱えて立ち上がった。
「待ってたぞ売り子。早く薬をくれ。金なら用意したぞ」
バッグを開けて押し付け、口から一万円札が溢れた。
売り子、そう呼ばれた彼女は中を確認し数える。しかし一枚ずつ丁寧に数える訳ではなく、かなりいい加減に数えているようだ。
まるで金に興味が無いように。金を貰うのはフリのように。
「はい、料金は確かに。勇者ドラッグのご購入ありがとうございます」
笑顔で右手に紫色の魔法陣を広げる。その中からプラスチックの半透明のケースが出現した。そしてそれと替わるように現金を鷲掴みにすると魔法陣に投げ入れていく。
怪人はケースを受け取り開けた。中には黒い液体の入ったアンプルが十本ある。
「へへへ、これでまた変身できる。俺の……俺の力だ」
「薬をどれだけ使い何をしようと自由です。しかし最初にお伝えした通り、一度の服用から五時間のインターバルを空けてくださいね。非常に強い薬なので短時間で使った場合、あなたの命の保障はありませんからね。ただ、ギアの整備が必要でしたら無料で行っておりますので」
「わかってるって」
空になったバッグを受け取りケースを入れる。子供が新しい玩具を手に入れたような、楽しそうな雰囲気がある。
だが売り子の言葉に手が止まった。
「かなり馴染んできていますね。以前より長く変身しています。今の所トップですよ。他の方とは頭一つ抜きん出ています」
「トップ? 待て、このギアと薬を渡されたのは俺だけじゃなかったのか! 俺は特別じゃなかったのか!?」
怪人は掴みかかる。だが彼女は顔色一つ変えなかった。
「特別な人は複数いらっしゃいます。実は先日からネット通販も始めまして。よろしければそちらもご利用ください」
「そんな……」
「自分だけだと思っていたようですが、あなたのような方はたくさんいます。ママ友カースト最底辺、醜いイジメられっこ、ブラック企業勤めのくたびれた社会人。その中で勇者になれない者が私のお客様です、私が変身する力を与える資格のある……特別な人です」
そっと手を振り払う。
「ですが先程申し上げた通り、お客様は現在最高の適応を見せています。他のお客様よりも薬の力を引き出しています」
「そ、そうか?」
「ええ、期待していますよ。今度はヒーローに勝てるかもしれません。…………っと」
何かを察知し鼻を鳴らす。探すように周囲の臭いを嗅ぎわける姿は犬のようだ。
「追跡されてましたね。この魔力の臭い、勇者ですね」
「なっ!? なら急いで逃げないと」
「ご安心を。こちらもアフターケアは万全です。ですので、一芝居だけお付き合い願います」
そう言い売り子は息を吸う。
「キャー! 誰か助けてぇ!」
今までの妖艶な声色と違い、媚びるような黄色い悲鳴を上げた。




