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8:キナ臭い空気

 二人の間の空気が凍る。お互い知識として知っている。だけども認めたくない、顔を背けたいのだ。大きな問題、されど確定されていない予感だけの事に。

 そんな二人の空気を破るように部屋の扉が開く。中に入ってきたのは小柄でオールバックに高級スーツを着こなした中年男性。この会社の長にして善継達の雇い主、二葉玄徳だ。


「お疲れ様。由紀は……まだ学校だったな」


「お疲れ様です社長」


「どうしたの伯父さん。由紀になにか?」


「由紀にだけって訳じゃないんだがな。二人にも共有してもらいたい事があってね」


 そう言うと玄徳は一枚の紙を差し出す。どうやらメールを印刷したもののようだ。


「先日外部から社員宛てにメールが来てね。かなりキナ臭い内容かつ十人程に送られてきたんだよ」


 メールの中身を確認する。受取人は隠されているが、本文はそのまま。書いてある内容に二人は目が点になる。

 勇者、黒井由紀の血液を採取し売ってほしいと。


「社長さん、これまじですか?」


「ええ。ちょうど健康診断もありましたからね。そこを狙ったのでしょう」


「うへぇ」


 真理は露骨に気色悪そうに顔を歪める。

 様々な意味で不快感を抱かせる申し出だ。女子高生の血が欲しい。なんと気色悪い言葉だろうか。それも妹のだ。真理だけでなく伯父である玄徳にとっても生理的嫌悪感を感じさせる。

 善継も一点気になる点があった。


「なあ。勇者の血なんかどうする気なんだ? まさか今更勇者の血で力を得られるとでも思ってるのか?」


「そうだね。勇者が現れたばかりの頃はそんな噂が蔓延していたねぇ」


 二十年前、まだ精霊について不明な事が多くギアも開発されていなかった時代。勇者の血液を輸血、もしくは飲む事で勇者の力を得られると噂されていた事がある。


「あたしも聞いた事ある。けどさ、結局普通に輸血したのと変わらないんだよね。血液型が合わなかったり、拒絶反応で何人も倒れたって」


「勇者の力は本人のみ。遺伝もせず、血肉を取り込もうとも手に入らない。唯一の手段は異世界に召還される事。それが判明されるまで何人もの人が被害にあったよ。まっ、大半は力の渇望による自業自得だがね」


 玄徳の言う通りだ。金持ち達や権利者はこぞって自分も勇者になろうと躍起になった。だがどれもが無駄に終わってしまう。

 しかしその渇望がヒーロー誕生の力になったのは事実だ。


「しかしまぁ、今の時代にこんな迷信を信じている人がいるんですかね? 採血管一本で百万だから……ほんの数ミリの血液にそんな価値があるんだろうか」


「ヒーローである八ツ木さんには不思議かもしれません。しかし勇者になりたいと願う人は世界中にいます。召還され地球に帰る手間、どんな力を得られるかも不明。ならば地球で人為的に勇者に、自分の望む力を手に入れたい。この願望は決して途絶える事は無いでしょう」


 玄徳は困ったように肩をすくめる。


「……社長はどうなんですか? 勇者になりたいって思ってないんですか?」


「私が? いやいや」


 首を横に振りながら苦笑した。


「由紀のように炎や氷を撒き散らしながら刀を振り回すなんて、ビジネスでは何も役に立ちませんよ。私は今の仕事を気に入ってますから。勇者の力なんて無用の長物です。ああ、でも空を飛ぶのは憧れますかね。そう考えると真理は羨ましいかな」


「飛べるのは珍しいからね。あたしもあれだけは楽しんでるかな」


 二人の会話を横耳に善継は自身の健康診断結果を手に背を向ける。何か考えるように息を吐きながら。


「……また今度にするか。じゃあ俺はこの辺で。これから仕事もありますんで、失礼します」


「そうか。お疲れ様」


 善継は急ぎ足で部屋を後にする。これから家業の手伝いがある。そして明日も……

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[一言] クローンを作るとかやってそう。
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