7:人の影
真理は善継に気づくと軽く会釈する。しかしだったままぼんやりとギアを眺めていた。
「どうしたんだ真理、そのスピリットギアは」
「ちょっと実験したい事があってさ。経費で買った。善継のを借りるのは面倒だからな」
「今度は何だ? フィルシステム関係か?」
「んー。それもどうにかしたいけど、開発したのはあたしじゃないし。名も知らない天才に任せるよ」
天才、そう言った時少しだけ残念そうに視線を落とす。劣等感だろう。勇者と言う絶対的な存在に対抗する術を作った者への嫉妬かもしれない。そんな気持ちがうっすらと感じられる。
「お前だって天才だろ。クロスギアも、俺のギアのアップデートだってやったじゃないか」
「あたしがやったのは既存品の改造だ。クロスギアだって大元のバイオメダルがなきゃ作れなかったし、スピリットギアのアップデートなんていろんな人が関わって積み重ねた技術によるものだよ」
自嘲するような乾いた笑い声。
「天才なんて程遠い。本当の天才は初めてギアを作った人だ。勇者なんて摩訶不思議な存在、その一片だけでも再現したんだからな。いつの時代だってそうさ。本当の天才ってのは、一を十にする人じゃない。零を一にする人だ」
真理がこんな事を言うとは思っていなかった。自信に満ち、恐れず挑戦するような活発な女性だと思っていた。
実際は違う。彼女も本質はまだ二十歳そこらの若者だったのだ。
「……まっ、そう悲観するな。殴るしか能のない俺よりも圧倒的に役立っているだろ」
「そういう事にしておくよ。そんで、善継は何しに来たんだ? 今日は家業の方だって聞いたけど」
「ああ、これさ」
善継は紙封筒を見せる。
「健康診断の結果を貰いにな。真理は受けてないのか?」
「あたしはこっちに送ってもらってる」
そう言いながらパソコンを突っつく。データはここに、そう言ってるようだ。
「変なとこでアナログだよな。紙で貰ってんのと変わらないだろ」
「紙だからいいんだよ。っと、そうだ」
何かを思い出しスマホを取り出す。
「なあ真理、最近SNSを見たか?」
「……あー、あたしそれ苦手でさ。全く見ていないんだよ。でも由紀から少し聞いている。召還されるタイプの事だろ」
善継は頷く。頭が痛そうに顔をしかめながら。
「だけどさ、前から少しは噂されてただろ」
「そうだな。社長だって勇者の経歴を調べてたし。妹さんのようなタイプもいるから表立ってなかったようだが、今回はやらかした事件も大きい。だからか、堤の情報が出回ていてな」
「あー、学校の生徒達だって由紀も言ってたな。怖いねぇ、ネットイナゴって。今や粛清された勇者も晒しあげてるらしいし」
真理の言う通りだ。この騒動に畏怖すら感じる。人間の持つ悪意、小さな悪戯心、好奇心、それらが混ざりあい今回の切っ掛けとなった。
だがそれだけではない。
「もっとヤバいのがあるぞ。ほら」
画面を真理に見せる。
うざい上司に候補だって言ったらビビってやんのwww
候補だって教えたら恐喝されなくなった。逆に金出させてやろっと!
候補である事を逆手にとり、自分を守っているようだが少々過剰に見える。このような書き込みが何件も見られた。
「成る程ね。自分を馬鹿にしたら勇者になるぞってか。いい案だ。あたしももっと早く検査しておくべきだったよ。ただ……ここまでくるとどっちが加害者かわからないな」
「蔑まれている候補は勇者になり易い。それを利用し相手を恫喝する。これを危惧してあれからアマニダの話を伏せていたが、遅かれ早かれこうなるか」
善継は机に寄りかかる。一見気だるそうに見えるが、真理には彼が苛立っているように感じる。
「候補とそうでない人との間に溝ができてる。下手するとどんどん深くなるな。…………ったく、昔見た映画に似たようなのがあったぞ。超能力者と普通の人とで争ってたやつみたいだ」
「いやいや。そうは言ってもあたしや善継は勇者よりも普通の人間だぞ。腹も減るし血も流れる。勇者は身体に精霊が混じっているから力を使えるけど、あたしらはギアが無けりゃただの人間だ」
真理はギアを置き善継と正面から向かい合う。
「考え過ぎだよ。銃の扱い方を知ってるからって、警察や軍人は危険か? それは言い過ぎだろ。それに犯罪を犯したヒーローは普通の刑務所にいる。所詮その程度の存在なんだよ」
「知ってるさ。でもな、だからこそ危険なんだ。ほんの少しの違いだけで人間と見なさなくなるのは、歴史が証明している」
流石に真理も言い返せなくなる。
善継も真理も知っている。人間の残酷さと悪意を。




