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4:無能社員

 無能。その言葉は誰もが嫌う言葉だろう。特に自分に向けられるのを恐れる者もいる。

 それは彼もだ。

 晴れた昼下がりの公園に一人の男がベンチに座っていた。後退した頭髪、脂ぎった肌に丸々と肥えた腹。見るからに冴えない中年男性、石橋がメロンパンをかじっている。


「クソっ、クソっ。何だって俺ばっかこんな目に」


 頭に浮かぶのは年下の後輩。自分よりも先に出世し今や上司だ。部署のみんなが男を嘲笑っている。見下している。


「なーにがそんなんだから出世できないだ。ちょっと顔がいいだけのチャラ男のくせに……みんなあいつを持ち上げやがる」


 抹茶ラテを喉に流し込み一息。食べている間だけは少しだけ気がまぎれる。だけど会社の事が頭から離れない。

 気持ち悪がる女性達、仕事のミスを嘲笑うかつての同期や後輩。彼の人生はずっとこうだった。

 生まれ持った醜い風貌、ドジで失敗ばかりの生活。彼の人生は冴えない中年男性の見本市のようだ。


「はぁ……どうして俺ばっか」


 苦しい目に会っているのだろう。そう言いかけた時、石橋の目の前に影が広がる。

 見上げるとそこには一人の女性が立っていた。


「え……あ?」


 思わず息を飲む。

 歳は二十代前半。短いスカートにへそや胸元を露出させた過激なファッション。ウェーブのかかった長い金髪に人間とは思えないような整った顔立ちとグラマラスな体格。妖艶の二文字が人間の姿になったような、どこか現実離れした存在に見える。ただ、片手に持っている紙袋だけは妙に場違いな空気を感じさせていた。


「どうかされましたか? 何か思い悩んでいるようですが」


「えっと……」


 石橋は驚き声を失う。こんな美人に声をかけられるなんて思ってもいなかったからだ。もしかして美人局なのかと辺りを見回す。


「……なぁに、ちょっとした冴えない男の悩みですよ。君のような人には無関係さ」


「そうですか。大方仕事で上手くいかない、人間関係や私生活もボロボロって所でしょうか? 周りから笑われ女性にも縁が無い。どうです?」


 正にその通りだ。だからこそ頭にきた。自分の苦悩を知って笑っているようだからだ。


「ああそうさ、だから何なんだ。こんなキモいおっさんに何の用なんだよ。変質者扱いしにきたのか?」


「まさか。そんな事はしませんよ。けど…………最近噂になってますよね。周りから蔑まれたり馬鹿にされてる人、イジメられっことかが勇者になりやすいって」


 石橋は視線を反らす。彼女の言う通り、最近ネットでも有名な話だ。勇者の経歴がネットに晒されるのはよくある事。その中には冴えない人生を送っていた者が何人もいる。

 まるで自分のようだと彼は思っていた。だが違う。


「悪いが俺は候補じゃない。……残念だけどな」


「確かに、それは残念ですね。人生の逆転劇があったのかもしれないのに。ですが候補は四人に一人くらいと言われてますから、仕方ありませんね」


 石橋の顔色が暗くなる。重苦しく悲愴感に充ちた顔だ。

 勇者候補になれれば文字通り勇者になれる可能性がある。勇者になれば圧倒的な力で好き放題、異世界でもちやほやされていたと勇者達が言っている。暗い人生を歩んでいた者からすれば夢のようなチャンスだ。

 だが現実は甘くない。チャンスすら与えられない者もいる。更に蔑む側が候補となった話もある。

 石橋の目に涙が浮かぶ。悔しい。何もかも上手くいかず、底辺の人生を歩んでいる自分が憎らしかった。

 こんな風貌の元となった両親を恨めば良いのか。自分を笑い者にしてきた周りを恨めば良いのか。

 彼の心には自分を顧みる、自分にも非が無いかと考える心が無かった。

 そんな彼に女はニヤリと妖しい笑みを向ける。


「今からでも変えられますよ」


「変えられる?」


「ええ、私達なら……ねぇ」


 そう言い紙袋を渡す。受け取ると見た目以上に重く、ずっしりと手にのしかかるようだ。


「これは?」


「貴方の人生を変えられる素敵なアイテム。これはお試し用のものですが、必要ならもっと差し上げます。ただし有料ですが」


「…………」


 袋の中から取り出したのはアンプルだ。だがその中身は黒い液体に満たされている。まるで星の無い都会の夜空のようだ。


「変身してみませんか? 新しい自分に」

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