36:誘い
善継は驚いて目が点になる。何を言っているのかわからなかった。勇者を殺せるのは勇者だけ。ヒーローが勇者と同じ土俵にすら上がれないのは周知の事だ。
不意打ち、毒、ハニートラップ。様々な手を駆使しない限り勇者を裁く事は勇者にしかできないはず。まともな力勝負では相手にもならない。
「おいおい冗談だろ?」
「悪いが冗談じゃない。確定ではないが、勇者殺しになり得る手段だ。システムが不完全でかなり運任せだがな」
「運任せって……大丈夫なのか?」
真理の言い方に不安が胸に引っ掛かる。そもそもヒーローが勇者に勝つなんて夢物語でしかない。
現に善継は由紀には絶対に勝てない。どれだけワイヤートラップを張り巡らそうと、彼女の炎魔法で一瞬で溶かされてしまう。それは春人も同じだ。
「だけど可能性があるのは事実だ。ほれ」
真理からギアを受け取る。いつも腕に巻いていたはずなのに、今日のこれはやけに重く感じた。
「……一応言っておくが、これは最後の手段だ。それにお前一人じゃ使えない」
「だけど……」
「昨日由紀に協力してもらったが、確かに成功すればヒーローでも勇者を殺せる。殺すチャンスが得られる。いいか、善継」
真理の顔が近づく。黒い黒曜石のような瞳が善継の顔を映し、じっとこちらを見つめる。
「お前の考えは立派だ。確かに勇者を更正させれば大きなプラスになる。だけどあいつはもうどうにもならない。いずれ粛清対象になって由紀に依頼が来る。ガキでも手遅れの奴はいる。それに……アマニダの言葉を借りるなら、あいつは勇者を作る側になった」
顔を離し目に涙を浮かべて身体を震わせる。
「そっくりなんだよ。あたしをイジメてた連中と同じ目をしてるんだ。弱い立場の人間を踏みにじって悦に入るような奴と」
「真理……」
苦しんでいるのが痛い程感じられる。トラウマを掘り返されるような痛みそれが真理を締め付けているのだ。
救いようの無い者はいる。それを頭ではわかっている。春人が更正不可能かもしれないと心の片隅では思っている。だけど年長者として無視して良いのだろうか。
真理が見限るのが早いのか、善継が遅いのかはわからない。しかしどちらが正しいのかは、人によって異なるだろう。
どうすれば良いのか考えていると善継のスマホが鳴る。
「はい、メタルスパイダーです…………え? 魔物の大軍が学校を占拠した?」
その日の昼、昼休みの学校で由紀は面倒臭そうにムスッとした表情で廊下に立ってていた。彼女を遮るように正面には犬の耳と尾を有する少女、アマニダが笑いながら立っている。
昼休みになりトイレから戻ろうとすると、アマニダに道を塞がれた。ここ数日は春人が言い寄ってこなかったせいか油断していた。そもそもアマニダが単独で接触してくるのも珍しい。
「何の用?」
「またまたぁ、由紀ちゃんならわかるでしょ? ご主人様に連れて来てって命令されたのよ」
「ご苦労様。でも私は興味無いからここでお別れね」
「そうなるよね。じゃあはい、これ。断られたらこれを見せればいいって渡されたけど……何これ?」
アマニダが取り出したのは一枚の写真だ。どうやら異世界出身である彼女にはどんな代物で意味があるのかがわからないようだ。
渡された写真を見た由紀は目付きが鋭くなる。怒りだ。煮えたぎるマグマのような瞳でアマニダを睨む。
「これ、どういう事?」
「知らないって。てかそれ何? 凄く実物に近い絵だけど」
「これは写真って言って……光で描く絵って感じかな。取り敢えずここに写っているのは私の家なのよ」
「…………ああなるほど。お前の家がどうなってもいいのか、って事ね」
ため息が溢れる。直接脅すような事を言えば春人に非が生まれる。だから地球の物品に疎いアマニダを介して、間接的に脅しているのだ。
「馬鹿ね。脅しても意味が無いのに……まあ乗ってあげましょうか」
「あらあら、いいの? 断ったら家ごと家族が吹っ飛ぶんじゃない?」
「あの脳ミソピンク色の馬鹿が接触してきた時点で対策済みよ。お姉ちゃんが考えたんだけど」
由紀にとってのアキレス腱は家族だ。当然春人が由紀を自分のヒロインにしようと目論んでいるのを知った時点で、この家はもぬけのからだ。両親と真理はおじいさんの所に匿ってもらっているし、兄はそもそも自立している。
自宅を調べるのは想定済だ。教師を脅したのか、真理のスターカウント時代の個人情報を調べたのかはわからない。どちらにしろ彼よりも真理の方が一枚上手だ。
「案内して。あの馬鹿が調子こいてる様を見に行くから」
「…………間抜け過ぎるでしょ、うちのご主人様は」
流石にアマニダも呆れている。
ただ彼女は知らなかった。連れてこい、それだけしか命令されなかった意味を。




