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35:時計の針は進む

 社長は思わず息を飲む。会いたくない、最も憎む存在がそこにいる。あまつさえ愛する娘の腰に手をそえなで回しているのだ。

 見ているだけで胃が痛くなる。そんな彼の気持ちを嘲笑うかのように春人は微笑んだ。


「社長、株価とか下がってるみたいだね。本当、無能なヒーローばかりで困るよなぁ」


「…………」


 お前のせいだと言いたいが口には出さない。言った所で機嫌を損ねるだけ。

 無意識に睨むも春人は鼻で笑う。


「フッ。なぁに、社長にも悪い話じゃない。俺がスターカウントを救ってやるよ」


「流石春人。ねぇ、今日泊まってくよね? あの奴隷みたいに……」


「いや、君は一番大切な存在だ。それは俺達がお揃いの指輪を着けた時にな? ほら、部屋に戻って」


「うん。じゃあパパ、春人のお話をありがたく聞くんだよ」


 どこを見ているのかわからない目。その瞳に社長は映ってはいなかった。

 部屋から出ていく娘の背に不安を感じながらも春人の方へと動く。


「そう睨むな。安心しろ、あいつは俺のヒロインに相応しくない。中古品は不要だ」


「なら娘を戻してもらいたいね。いや、他にもヒーロー達に振る舞ったのだろ、料理を」


「何の事かな? 俺は自分の力で美味しい料理を作ってご馳走しただけだぜ? まっ、それよりも今後の事だ」


 そっと耳元で呟く春人。彼の口が動く度に顔色は青ざめ、額に青筋が浮かぶ。

 そんな彼とは逆に春人は楽しそうだ。会社を救うなんてのは建前なのは誰にでもわかる。


「……本気か? 君は、何を考えているんだ」


「何を驚いてるんだ。言っただろ、スターカウントを救ってやるって。俺は目立ちたくないし平穏に暮らしたいんだが……生活基盤を磐石にするには、多少は動かないとな」


 社長の肩を叩き口角を吊り上げた。人間の笑みではない、悪魔だ。邪悪な悪魔がそこにいた。

 恐ろしい。力では勝てない圧倒的な存在。勇者とは力の象徴だ。暴力の権化とも言えよう。

 異世界人が憎い。こんな傍若無人な男にどうして力を与えたのか。何故人々の為に身を削るような者に力を与えなかったのか。怒りは勇者というシステムその物に向かっていく。


「じゃあな社長。ああ、もし裏切ったら……あんたの娘、どうなるかわかるよな? 俺がお願いすればいくらでも自分を売るぜ」


「…………」


 高笑いをしながら部屋から出ていく姿に拳が震える。手を押さえ深呼吸をしパソコンの方へと向く。


「限界だな。未完成だが、やはりアレを使うしかあるまい。……上手く利用できるのは、彼らくらいだろう」


 キーボードを叩きながら彼は一通のメールを送る。

 その宛先は「黒井真理」と書かれていた。




 数日後の二葉製薬。善継は社内の一室でスマホを眺めていた。

 彼が見ていたのはとある動画だ。誰かが撮影しネットに流れたものだが、最近これがSNSで話題になっている。


『くそっ、誰だよ邪魔したのは!』


 太った大学生くらいの男が叫んでいる。他にも同じような事を騒いでいる人物が何人もいた。

 彼らの周りには赤いチェック柄の制服を着た女学生達がいる。そう、ここは先日魔人達が襲撃してきた時、ロックドラゴンの進行方向にあったお嬢様学校だ。この動画は格好つけようと待ち構えていた勇者達が、ロックドラゴンが先に討伐され苛立っている様子を撮影したものだ。

 何とも……醜い争いだろう。街や人々の被害を無視し、自分の活躍を魅せる事しか考えていない。何の為にあれだけ多くのヒーローが戦っていたのだろうか。幸い善継の顔見知りは無事だったものの、負傷し命を落としたヒーローもいる。

 いや、彼らにとってヒーローの犠牲は願ったり叶ったりだ。ヒーローは弱い、勇者である自分は強い、そう見せつける絶好の機会だからだ。


「……ん?」


 動画を見ているとある事に気付く。

 これは勇者達の失態を暴露しているような動画だ。地団駄を踏むハゲた中年勇者。どうにかしてお金持ちのお嬢様を落とそうと躍起になる高校生の勇者。全部で十人くらいだろう。だがその中にお目当ての人物はいない。


「堤がいない? あいつも待ち構えてたはずじゃ……」


 春人の姿がなかった。彼もここに待ち構えていたので、その腹いせに魔人を焼いたと言っている。だからここにいるはずだ。しかし動画には春人もアマニダもいない。

 不思議そうに眺めていると部屋に真理が入ってくる。


「待たせたな」


「……ああ」


 先日の事とあり、二人の間の空気は重い。勇者に対するスタンスが違えるのはヒーローの中ではよくある事だ。しかし真理とこうした話はした事は初めてだ。


「善継、何を見ていたんだ?」


「ネットで騒がれてる、先日のお嬢様学校の動画だよ」


「あれか。あたしも見たけど、アホくさくて見てらんなかったよ」


「そうか」


 言葉が途切れる。一瞬の沈黙の後、真理はおどおどとした様子で善継に聞く。


「なあ善継。ちょっと聞きたい事があるんだ」


「答えられる範囲なら」


「……善継、お前は家族を勇者に殺されたんだろ。なのに何で堤を助けようとするんだ? 普通なら……粛清許可が出るのを待ち望んでいるんじゃないか?」


 真理の言いたい事はわかる。善継にとって勇者は憎悪の対象のはずだ。


「そもそも由紀とのやりとりだって、あまりにも普通だ。由紀に憤りとか感じないのか?」


「感じないな」


 即答する。


「姉さんを殺した勇者は…………死んだ方がマシな状況で幽閉されている。他の勇者は他人だ。勇者全員が悪人って訳じゃないし、妹さんも同じだ。それに俺は勇者そのものを嫌ってる訳じゃないからな」


「そうか。ならこれはお前には無意味になりかねないな」


 真理の手には善継のスピリットギアが握られていた。今日会社を訪れたのはギアのアップデートをする為だ。朝早くから真理に呼び出されている。


「無意味?」


「ああ。一昨日の夜、貰ったもんなんだが……これはヒーローでも勇者を殺せるようになるプログラムだ」

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