34:蔑まれる者の気持ち
「え?」
善継の声が裏返る。こんな事を言われるとは思ってもいなかった。
「学生の時、キモいと嘲笑われた事無いだろ。辛い事も無いだろ。善継の苦悩はヒーローには理解できても勇者には不可能だ。正直あたしの方がわかってるな」
一瞬涙ぐんだ咳払いをする。辛く苦しそうに立ち上がり善継に背を向けた。
「あたしはちんちくりんで洒落気の無い学生だった。典型的な陰キャだったんだよ。私物を捨てられた事もある。教室中の笑い者にされたりもした」
「真理……」
彼女の過去に善継はかける言葉が見当たらない。発破をかければ良いのか、それとも同情すれば良いのか。彼にはわからなかった。
「幸いあたしの両親や兄が助けてくれた。妹に心配させまいと耐えた。だけどもし家庭環境が違っていたら……あたしは勇者になってたかもしれない。自分が被害者だから仕返しをしようと、我が儘に振る舞っていたかもしれない」
声が少しばかりないているように掠れていく。
「だから余計に腹が立つんだ。自分を見ているようで、あたしもああなっていたんじゃないかと思うと嫌になる」
「…………」
少しずつ善継も彼女の言葉、その真意を察していく。アマニダの言う勇者として呼ばれやすい人物の人生、そこと接点が無いせいか彼らの心がわからない。人生に絶望した事も無い。苦難があっても乗り越えてきた。
「善継は蔑まれる者の気持ちを知らない」
「…………そうか」
真理の言葉が胸に突き刺さる。
春人にとって善継の言葉は嫌味にしか聞こえない。それは事実だろう。だけど春人をこのまま見て見ぬふりをする方が被害が大きくなる。
取り返しのつかない事態になってからでは遅い。誰かが忠告しなければならないだろう。間違いを正す者がいなくなれば、その人は増長し凶器となる。
「だけど俺は何もしない方が嫌だ。俺は人類を守る為にヒーローになったんだ。思い出したんだよ、勇者だって人間だって」
それが善継の正直な気持ちだ。偽善だの馬鹿にされたってかまわない。これが彼なりの正義なのだから。
真理もわかっている。だが彼らと同じ立場にいた彼女には善継の言葉は刃にも感じられる。
「……そうかい。なら好きにしな。ただ」
パソコンを取り一息。思い詰めるように、小さく声を絞り出す。
「誰もがお前みたいに強くはなれない。あたしみたいに助けてもらえる訳じゃない。人間は弱い。弱いまま力だけを持ってしまったのが今のあいつらだ」
「弱いか……」
「止めようとするのは立派だ。正直それが一番望ましいのもわかるしあたしも賛成。でも世の中にはどうにもならない人間はいるんだよ。それに……今の状況こそ、堤春人にとって救われている環境なんだ。胸糞悪いけどな」
そう言い残し部屋を後にする。真理がいなくなった部屋で善継はぼうっとした様子でメダルを見ていた。
考え込むような、悩んでいるような、彼の目は少しばかり虚ろにも見える。
「姉さん、俺は間違っているのかな」
善継に春人の心は理解できない。だがどうしても一つだけ、彼にはわからない事があった。
傷つく痛みを知っているのに、人に傷つけられ苦しんでいたのに、傷つける側になる事が癒しとなる理由だ。
日が沈み夕飯時を終えた夜。高級住宅街にある一件の家で一人の男性が書斎でため息をついていた。高級そうな木製デスクの前、電源の入れっぱなしのパソコンは不気味な光を放っている。
頭髪の後退した肥えた中年男性が困り果てたようにパソコンの画面を見る。そこに映し出されていたのは株価の推移だ。
「くそっ。株価も下がる一方、ヒーローの死傷者も過去最多。スポンサーも離れ受けていた広告もヒーローをクビにしたせいでパーだ」
男は頭を抱え項垂れる。
彼はスターカウントの社長だ。勇者である堤春人、彼が現れてから社長の人生はめちゃくちゃになってしまった。
実力のあるヒーローを解雇、女性ヒーローは春人の取り巻きへと強制、残った弱小ヒーローは春人の踏み台として敗北続き。周囲が離れていくのは当たり前だ。退職希望もどんどん増えている。
どうにかしなければ。思い悩む彼の耳に扉を叩く音が聞こえる。
「入りなさい」
そう言うと扉を勢いよく開け、少女が部屋に入ってきた。
「パパ、聞いて。今パパに起きてる問題を全部解決する方法があるの」
うっすらと脱色した髪、すらりと伸びた手足とスタイルの良い美少女と言えよう。
彼の娘、愛する家族。ただ彼女の目は焦点が合っておらず異質な狂気を孕んでいる。
彼のもう一つの悩みだ。娘が春人に魅了され、実質人質のようになっている。それだけではない。魅了のせいで彼女の精神はめちゃくちゃにされているのだ。
春人はこの世で最も魅力的な男性、彼に恋心を抱かない者は人間ではない、全員精神病棟に押し込めと公言するようになっている。
恐ろしい。だがそれ以上に畏怖する存在が部屋に入ってきた。
「そうさ。社長、随分と困ってるだろ。俺がスターカウントを救ってやるよ」
諸悪の根元、堤春人が部屋に入ってきたのだ。




