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31:憂鬱な日

 学校での日々は由紀にとって憂鬱だ。特に勇者となって帰還してからの日常には辟易している。

 帰路の途中、公園でペットボトルの紅茶を飲みながらクラスメート達と駄弁っていた。しかし周りの言葉は虚しく聞こえるだけ。


「黒井さんさ、サッカー部のキャプテンから告られてたよね。付き合うの?」


「付き合わないよ」


「えー、勿体ない。イケメンで有名なのに」


「確かに客観的に見て、彼は美形だとは思うよ。でも彼が欲しいのは勇者って後ろ楯だから。私の事が好きな訳じゃない」


「き、厳しいね黒井さんって」


 三人のクラスメートに囲まれているも良い気分じゃない。彼女達も自分の武器として由紀を求めているように見える。

 勿論全てのクラスメートがそうではないのは理解している。勇者となる前から変わらない態度で接してくれる者もいる。

 しかし勇者を自分の意のままに操ろうと、庇護下にすり寄ろうとする者も少なくない。それが由紀にとって一番の憂鬱だ。


「そういえばさ、黒井さんの活躍スッゴい評判だよね」


「そうそう。公式の動画とか私も見たけど、流石勇者だよね。あんなでっかいドラゴンを一撃だなんて」


「まあ……それが私の仕事だから」


 二葉製薬が撮影したものだけでなく、あの場で盗撮していた動画が数多く出回っている。ヒーローの追っかけ等は昔からあるし、これも仕事の内だと割り切っているものの少しばかり恥ずかしい。


「それにこのコスチューム可愛いよね。でも勇者ってヒーローの装備使えないんじゃ?」


「そうだよ。あれはガワだけ。私の精霊を使って見た目だけ取り繕ってるんだ」


「ふぅん。精霊関係の技術も発展してるんだね」


 そんな事を話していると金髪のギャル風の少女が思い出したように指を鳴らす。


「ねぇ、今日堤のやつやたらと黒井さんに言い寄ってなかった?」


「そういえばそうだよね。あ~キモっ。ご馳走するよとか、あいつの作った飯なんか想像するだけで吐きそう」


「そうだね。頭撫でれば喜ぶって勘違いしてるし。私だけでなくお姉ちゃんにも……」


 先日の事を思い出すだけでイライラする。自分に言い寄るのはまだ良い。しかし由紀にとって一番腹立たしいのは姉である真理に触れようとした事だ。それも下心に満ちた手で。


「ねぇ。堤君って勇者になる前からああだったの?」


「あー……ちょっと片鱗はあったかな。私中学の時同じクラスだったんだ」


 先程のギャル風の少女が嫌そうに目を伏せる。


「確かに周りからイジメられてたのは可哀想だったけど。流石にあれはイジメられる側にも原因があるってのが当てはまるね。失敗すれば周りのせいにして、みんなを疑って。ただの陰キャよりたちが悪いよ」


「…………へぇ」


「自分は悪くない。まだ本気を出してない。理解していないだけ」


「だってそれが事実じゃないか」


 全員が突如として聞こえた声に振り向く。春人だ。いつものように奴隷の獣人、アマニダを隣にはべらせこちらに微笑んでいる。


「誰も俺の真の実力を理解していない。あの国もそうだ。俺の料理の精霊がチートである事にも気付かなかったからな」


 静かに、平静を装っているが彼の額には青筋が浮かんでいる。

 思わずクラスメート達は由紀の背後に回り彼女を盾にした。


「そうそう。ご主人様の素晴らしさに気付かないなんて馬鹿ばっかり」


「何が真の実力よ。勇者になったのも偶然だし、何一つ自分で手に入れたものは無いじゃない」


「全部貰い物のくせに」


 由紀の背後からクラスメート達が騒ぐ。その言葉に春人だけでなく由紀も口を閉ざした。

 彼女達の言う通り、勇者の力とは貰い物だ。偶然選ばれ召還され、精霊を身体に混ぜられた結果得たもの。鍛えたものでも学んだものでもない。由紀も我が物顔で奮っている力も偶然の産物でしかないのだ。

 そんな自分に恥じる由紀と違い、春人は拳を握りしめ震えていた。


「違う!」


 怒気を孕んだ声。その声に由紀も我に返る。


「勇者に選ばれたのも俺の素質だ! なあ由紀、俺達は選ばれた存在だろ? こんな下等な凡人とは違う」


「…………」


 ある意味春人の言う通り、勇者は選ばれた存在だ。それも文字通りの意味で。

 異世界人にとって都合の良い、おだて使い潰す道具だ。そんな真意を彼は知らない。伝えた所で信じはしない。むしろ自分だけは違うと思い込むタイプだ。

 横目でアマニダを見れば、彼女も口元は笑っても目は冷めたまま。一瞬目が合うも止めろと訴えているように見える。

 背後のクラスメート達を非難する気は無い。他の勇者を盾にしなければ何も言えないのは理解している。由紀も姉や伯父の盾になっているのを嫌だと思った事は無い。


「俺はそこいらの勇者とは違う。アマニダとも奴隷の関係を超えた信頼で結ばれているんだ。なあ由紀、俺と……」


 その時クラクションが公園に響いた。公園の入口に緑色のバイクが停められており、乗っていたスーツ姿の大人がこちらに歩いてくる。


「ラッキーだな。ずっとお前さんと話したかったんだ。堤春人」


 フルフェイスのヘルメットを外す。その男は善継だった。

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