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30:来訪者

 月の明かりすら無い真っ暗な夜。人間の気配はおろか、動物の存在すら感じられない静かな森の中。命が全て何処かへと逃げ出したような静けさだ。

 薄気味悪さすら感じる静けさの中、森の木々の間から紫色の光が溢れる。

 魔物達の転移。それも規模から考えて数十体はいるだろう。

 そこにいた人型の土の塊、ゴーレム達が木を引っこ抜き平地を広げる。オークは徘徊しながら周囲を警戒し、動く人骨、スケルトンは家具を背負い紫色の光からぞろぞろと出てくる。

 作業に勤しむ魔物達を見守る魔人が一人、豪華な宝石のちりばめられた椅子に座り頬杖をついている。


「ふむ、ここがチキューか。空気も薄汚れている上に、空に星も見えぬとは……」


 女の魔人だ。肌は人間よりも青白く、羊のような捻れた角を生やしていた。黒い水着のような露出の激しい衣装に地面に引きずるような大きなマントを着た官能的な女性だ。

 文字通りスイカのような胸、長い手足にくびれた腰。グラビアアイドルすら跪くようなプロポーション。だが彼女は人間ではない。人類と敵対する魔人だ。

 ここにいる全ての存在が人間を下等な虫ケラだと信じて止まない。地球に入り込んだ外敵だ。


 そんな彼女達に近づく一つの人影。パッと見はスーツを着た中年男性だ。

 彼は魔物達に臆する事なく歩み寄ってくる。魔物達は彼を一瞥するだけで相手にもしない。


「お待ちしておりました」


 男は魔人の女の前に跪く。不敵な笑みを浮かべる彼の目は人間のソレとは違う、まるで爬虫類のような目だ。


「挨拶をするなら皮を脱げ。妾の前に正装せずに来るのか、貴様は」


「おお、これは失礼しました。何分人間の街にいたせいで、この皮に慣れてしまいまして」


 氷のような冷たい声に男は背を丸める。すると背中が裂け、蝶のような翅が生える。しかしその色は毒々しい黄色と紫のまだら模様、更に裂けた背中から這い出した紫色の小人は脱ぎ捨てた男の身体を蹴り飛ばす。

 魔人、スウェンとは違うタイプの魔人だ。


「久しいなバルル。チキューへの潜伏任務ご苦労」


「いえいえ、シュラーク様の為なら何のその」


 この女こそ魔王シュラークだった。彼女は余裕そうな態度を崩さず椅子に寄りかかる。


「頼もしいな。所でスウェンは? あいつには先攻部隊を引き連れて仕事を与えたのだが……」


「残念ながら任務は失敗しました」


 悔しそうに俯くバルルと違いシュラークは顔色を変えない。まるでこの言葉を予想していたかのようだ。


「なに、ここは勇者達の故郷。勇者達になら敗れても不思議ではない。寧ろ死ぬ可能性の高い任務に臆する事なく働いた彼を称えるべきだ」


 失敗した事も想定内。それよりもそんな危険な任務に殉じた部下を惜しんでいるようにも見える。しかしバルルの様子は違った。


「いえ、違います。スウェンは人間に敗北しました。それも勇者の紛い物であるヒーローに」


「何?」


 シュラークの顔色が変わる。


「噂には聞いていたが……チキューにいる精霊を小道具で操り勇者を再現した者だったか? だが勇者よりも圧倒的に力の劣ると聞いている。それこそロックドラゴンにも勝てぬ位だと」


「確かにそのはずです。ですがロックドラゴンは勇者に、スウェンはヒーローに捕らえられたと聞いております」


「馬鹿な……」


 驚き、今までの冷徹な空気は崩れていた。信じられない、あり得ない、疑いと憤りに彼女の頭は塗り潰されているようだ。


「人間に捕らえられるなぞ魔人の恥。早急にスウェンの捕らわれている場所を見付けよ。奴が我らの事を吐くとは思えぬが、スウェンの名誉の為に殺さねばならん」


「その必要はございません。捕まりましたが、すぐに勇者に殺されたそうです」


「そうか……それなら良い。人間ならまだしも、勇者ならばその力の差ゆえ仕方あるまい」


 ホッとしたように肩を落とすも彼女の顔色はあまり良くない。元々青白い顔をしていたが、それ以上に思い詰めているようにも見える。


「…………同志は?」


「こちらに」


 バルルは蹴った人間の皮、それが着ているスーツからスマホを取り出した。


「何だこれは?」


「チキューで人間が利用している道具です。これがあると念話と同じように離れた者と話す事ができます。これを渡すようにと。これがあればチキューのどこでも会話ができるようです」


「なるほど。人間も面白い道具を作るものだ。勇者どもから聞いてはいたが……やはり技術だけは発展しているようだ」


 スマホを受け取り眺める。真っ暗な画面に反射する自身の顔を見ながら舌舐りをした。


「フフフ。邪魔な勇者もヒーローも皆殺しにし、妾の支配下に置いてやろう」


「しかしよろしかったのですか? 今頃他の魔王はシュラーク様を……」


「良い、好きに言わせてやれ。それにだ」


 シュラークは立ち上がった。


「ヒーローの技術も興味深い。上手く使えば魔物の強化にも使える。間抜けな勇者も出し抜き、このチキューを支配すれば妾の千年帝国を築ける。他の魔王は馬鹿だ。チキューには逃げたのではない。資源と技術を奪いに来たのだ。待っていろよ人間。この魔王シュラーク様が支配してやろう」

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