17:学生らしくいこう
翌日。由紀のストレスは朝から最高潮に達していた。
「お願い! はるなちゃんのサイン入りブロマイドをくれないかな? 金は出すから」
「俺も頼む! あとコスも希望があるんだけど……」
これだ。尾崎はるなが由紀の奴隷として保護されているのを公開してから、彼女のファンである生徒達が殺到しているのだ。サインをくれ、してほしいコスプレの写真をくれだのうるさく昼食も喉を通らない。
この調子では数日は止まらないだろう。
「だから、そういうのはやってないの。尾崎さんは今療養中なんだから」
「だけどさ、黒井の奴隷なんだろ? しかも国から許可取ってる」
「そうそう。別に写真やサインくらいいーじゃん、減るもんじゃないし」
心の中で深いため息が溢れる。純粋にファンとしてなら解るが、彼らは奴隷として尾崎を見ているのが明らかだ。
一人の人間ではない、由紀の所有物として見ている。まるで友達が買った新しい玩具を見せてくれ、遊ばせてくれと言っているような軽い態度だ。
反吐が出る。彼女を人間として見ていないのが腹立たし程感じられる。
「そういう問題じゃないの。みんなさ、尾崎さんが異世界でどんな酷い目に会ってきたのか考えられないの? ボロボロになってやっとの想いで地球に帰ってこれたんだよ。それなのに物のように軽々しく……信じられない」
うっと何人かは尻込み口を閉ざす。だが中には鼻の下を伸ばす者もいた。美人な奴隷、それがどんな扱いをされていたのか想像した。
当然、主人の視点でだ。
「うわっ、笑ってるよ。サイテー」
「本当に男子ってクズよね。ああいうのが勇者になって奴隷はべらせてニヤニヤしてるんだろうなぁ」
当然周りから顰蹙を買い、主に女子生徒から軽蔑の眼差しを向けられていた。
由紀も同感だ。女性として尾崎の身に起きた地獄を笑えはしない。ましてや鼻の下を伸ばし羨ましがるがる連中を許せるものか。握った拳を机に叩きつけると一瞬に凍り付く。
静まり返る教室。殺意の籠った視線を笑っていた男子に向け、急ぎ足で教室から出ていく。これ以上相手をしては、理性を失い手を出してしまいそうだ。
誰もいない場所。人気の少ない屋上へと急ぐ。
案の定屋上に人はいなかった。ここなら落ち着いてクールダウンできるだろう。深呼吸をしながら柵に寄りかかる。
「いやはや、大変だったねぇ黒井さん」
背後から聞こえた声に振り向く。
細い銀縁眼鏡の少年。この学校の生徒会長にて勇者、片倉雄二だ。
「こんにちは会長。相変わらず覗きですか?」
「人聞きの悪い事を言わないでくれないか。トイレと更衣室は見ていないよ」
「……そこは信じてますから」
「おおっと。それは嬉しいね」
笑いながら由紀の隣に寄り添う。
少なくとも片倉はまともな勇者だ。由紀が家族のためなら彼は学校のために力を使っている。少々面倒くさい正義の味方のようなキャラだが、私利私欲に走る連中より何百倍もましだ。
「そういえば八ツ木さんの様子はどうかな。たしか精霊癒着とかいう、ヒーロー固有の怪我だか病気みたいなのだろう? 僕が原因だから気になって気になって」
「あー……。私も見た時はびっくりしましたけど、健康面では大丈夫みたいです。まあ、しばらくはヒーロー活動はできないみたいですが」
「そうか。いやはや、良かった良かった」
こうやって笑っている姿は年相応の少年そのもの。しかしそんな事に由紀は興味はなかった。
「で、何か? 八ツ木さんの事を聞きにきたのが目的じゃありませんよね」
「いやいや。彼の事が気がかりなのは本当さ。まぁ、それだけではないのも事実だが……」
気恥ずかしそうに頭を掻きながら向かい合う。何だろうかと首を傾げていると片倉は咳払いをする。
「先程の対応を見て確信したよ。君は本当に素晴らしい人だ」
「止めてください。私はそんなできた人間じゃありませんよ」
「とてもそうには見えないがね。最高に魅力的だ」
由紀は小さくため息をつく。
「ナンパですか?」
「少し違うね」
一歩近づき由紀を見下ろす。その瞳は真っ直ぐと由紀の目を見つめていた。
「黒井由紀さん。僕と付き合ってほしい」
「……魔物狩りですか? それとも不良の鎮圧ですか?」
「おおっと。そういう台詞はラブコメの主人公が言うものさ。恋人になってほしい、に決まっているだろ」
「やっぱりそっちですか……」
困ったように視線をそらし頬を掻く。
「そもそもなんで私なんですか? 勇者である会長なら女の子選び放題じゃないですか。ほら、一年生に読モやってる娘いますし」
「いやいや、僕は将来を見据えたパートナーとして君と交際したい。遊びじゃないんだよ」
言葉の節々が重い。高校生の台詞ではない、これはアラサーの善継の方が似合いそうな台詞だ。
「僕は結婚は平等な関係を築くべきだと思っている。しかし今の僕には対等のパートナーを探すのは困難だ」
「会長も勇者ですからね。つまり私が勇者だから釣り合うと?」
「もちろんそれもある。が、それ以上に君の人柄に惚れたんだ。ああ、少々下品だが異性としても魅力的に思っている。君の魔法少女姿にグッとくるものもあった」
「あー、それはどうも」
「あと他の男子から聞いたのだが、君の魅力的な男性の基準がお父さんやお兄さんらしいね。もちろん負けないよう努めるとも。君にとって魅力的な男性になるよう尽力するのを約束しよう」
困った。こういった事は初めてではない。今までは自身のブラコン、ファザコンっぷりを見せれば簡単にあしらえていた。が、この男はその程度では撃退できないだろう。
目が本気だった。
「黒井さん、改めて言わせてもらう。黒井由紀さん、僕と付き合ってください。人生を共に、歩むパートナーとして」
ゆっくりと握手を求めるように右手を差し出した。微笑みながら、由紀の目を見つめながら。




