21:勇者の本分
由紀は街中を走る。彼女の視線は巨大なロックドラゴンへと向けられている。
身体が軽い。車と同等のスピードで走りながら、すれ違うゴブリンの首を氷の刀で切り落とす。塵と消える魔物に目もくれずひたすら前進。炎の刀を振るい放った火球は、立ち塞ぐオークを一瞬で灰にする。
巨象の前の蟻だ。勇者である由紀にとって羽虫を払う程度にしかならない。
勇者の力は圧巻だ。候補となったとはいえ、まだ訓練も初めていなかった。今までただの女子高生でしかなかった由紀が無双の戦闘力を発している。
だからこそ勇者の力はこう呼ばれている。卑怯だと。
確かに玄徳に誘われオルタナティブに所属してからトレーニングはしている。しかし刀の扱い方も、炎の魔法も、氷の魔法も全部精霊によってもたらされたものだ。自分の力で学び鍛えた部分は一割にも満たないだろう。
だけどもこの力で家族を護れる。それが嬉しかった。姉が共に戦ってくれるのが嬉しかった。
残念な事に今は一人。善継に文句も言いたかったが、状況がわからない程馬鹿ではない。それに姉が信頼していると言っていた男だ。従うのも吝かではない。
そんな事を考えながら由紀はロックドラゴンの進行方向、正面にある駅前の大通りに到着した。
乗り捨てられた車、誰一人としていない静かな街。広い道の両端にはマンションやコンビニが建ち並んでいる。
その先にいるのは巨大なロックドラゴン。数キロは離れていてもあの巨体は圧巻。歩く度に地面は砕け、揺れた尾は建物を薙ぎ倒す。存在そのものが災害だ。
「よし」
由紀は帽子に触れる。善継へと通信を繋げた。
「……こちらユッキーです。司令、対象を射程圏内に捉えました」
『了解。周囲に逃げ遅れた人やヒーローは?』
「見えません」
『そうか。…………で、被害を出さずに倒せそうか?』
彼の言う通り被害を出さずに倒すのは理想的だ。
勇者が魔物討伐に出向く事はもちろんある。その時、相手の体格の十倍の範囲を消し飛ばす事は珍しくない。魔物討伐は勇者が力を示す機会、派手な攻撃を嬉々として使う。
善継が心配するのも無理はない。勇者が本気を出せば核兵器並の被害が出る可能性があるからだ。
「流石に零にはできません。できるだけ抑えますけど、あの大きさの魔物を倒すならそれなりの大技を使わないと」
『そうか。いや、無理を言ってすまない。やれる範囲で構わない。ただ、他の勇者が妨害に来る可能性がある。気を付けてくれ』
「はい」
『それと本部が周囲のヒーローに警告を出してくれている。頼むぞ』
「大丈夫です。私は……魔法少女で勇者ですから」
通信を切り目を閉じて一呼吸。ロックドラゴンは真っ直ぐこちらを見ている。しかしその目に由紀が映っているのかは疑問だ。
「大丈夫、私は他の勇者とは違うんだ。お姉ちゃんを、お兄ちゃんを、お父さんとお母さんを護れる最強の勇者なんだ」
刀の柄でギアの表面を叩く。
『チャージ!』
力が湧いてくる。勇者の力だけじゃない、メダルからも流れてくるエネルギー。それが由紀の両手に集まる。
周囲に人影は無い。様子見をしているのか、ヒーローが押さえてくれているのか勇者の妨害も無い。
「私の家族の平和は……私が護る!」
右手に握った炎の刀を振り上げる。炎が渦巻き真っ赤な猫の手となった。
「ふんっ!」
振るうと炎の竜巻が放たれる。炎は一直線にロックドラゴンに迫り空高く打ち上げた。
「!!!」
由紀の背中に炎と氷の翼が展開、打ち上げられたロックドラゴンを追いかける。
その合間、左手の氷の刀から冷気が溢れ、巨大な氷の猫の手を作り出す。
「振り下ろしたら街に当たる。だから……」
『必殺フィナーレ!』
「やぁ!!!」
ロックドラゴンの真下、空に向かって振り上げる。
巨大な猫の手、その爪はロックドラゴンの岩石の身体を紙切れのように引き裂いた。一撃でバラバラにされた岩石の巨竜は何が起きたのかも理解できず、文字通りただの石ころにされてしまった。
破片は他の魔物と同じように黒い塵となって消えていく。しかし大きな破片は消える前に街へと落下、建物を押し潰してしまった。
由紀はその光景に少しだけ申し訳なさを感じた。
「…………」
やれるだけの事はやった。そもそも他の勇者なら地上に向けて攻撃していた。街ごとロックドラゴンを吹っ飛ばしていただろう。
ロックドラゴンの最期。空に漂う魔物の残骸である塵。静けさだけが街に残されていた。
「ロックドラゴン討伐完了。早く撤退しよっと」
駅の先が騒がしい。
由紀は知らない。格好をつけようとお嬢様学校で待ち構えていた勇者達の事を。
ヒーローには警告が通達されていたが、勇者にはされていなかった。誰が巨大な魔物を倒し脚光を浴びるのか争っていたからだ。
それだけではない。遠くから眺める一つの影があった。
紫色の肌をした魔人が。




