12:夢の中
聞こえるのは周囲の悲鳴。臭うのは鉄臭い血の香り。目の前にあるのは真っ赤な世界。
「ゴヒュ……」
腕に抱いた少女が血の塊を吐き出す。自分の手も同じように赤く染まる。
全身が震える。抱いた少女の身体から力が抜けて段々と重くなっていく。
「何で……そんな、嘘だろ?」
自分の口から絞り出すように声が出る。そんな小さな声もかき消す笑い声が不愉快に耳を殴った。
「ハハハ! 主人公に逆らうからこうなるんだよ。せっかく嫁にしてやろうと思ったのに」
顔を上げると高校生くらいの少年が見下ろしていた。彼は自分を嘲笑っている。意地悪な笑みと軽蔑するような目で。
「主人公である俺以外の男とからむんじゃねぇよ。そんなんじゃヒロイン失格だっての。あとテメーもだ間男」
少年が手を掲げる。手の平から突風が吹き荒れた。小さなハリケーンは一秒毎に肥大化し、空気と砂を巻き込んでいく。
死だ。絶対的な死がそこにあった。
「…………ごめん、善継」
真っ赤になった少女が呟く。彼女は力無く自分の……善継の手を握る。
手に伝わる固い感触。手を開くと血の塊が一つ。その隙間から金属光沢が顔を覗かせた。
「……!」
善継が飛び起きた。着ている甚平は汗にまみれべっとりと嫌な感触がある。
古くさい和室。畳の上に敷かれた布団が湿っている。
ここは善継の実家、酒屋にある彼の部屋だ。部屋の片隅には学生時代に買った漫画や何世代も前のゲーム機が並べられている。
「………………夢か。ちぃ、嫌な事思い出させやがって」
頭を掻きながら起き上がる。枕元に置いてあったスマホを見ると、いつもより少し早い五時だった。
二度寝するような時間でもない。善継は寝転がりながらスマホを弄る。
あれから数日。正式に契約した善継は検査とデビュー準備に勤しんでいた。
何故クロスギアを使えるのか、何故少女の姿になってしまうのか。その原因はまだわからない。それを調べながら魔法少女戦隊オルタナティブのデビュー準備もある。この数日は酒屋も閉じている有り様だ。
「さてさて……」
ネットを少し調べればオルタナティブの記事やSNSの書き込みに辿り着く。世間の反応は概ね良好、まともに世界の為に戦う勇者に期待を寄せていた。
一方善継ことメタルスパイダーの評判は賛否両論だ。黒井姉妹の間に入る間男なんて言われ、方やベテランヒーローとして勇者のコントロールを期待されてもいる。
ビジュアル面でもだ。以前の怪人じみた姿の方が良い、今の時代に合って格好良い、そんなバラバラな感想を目にする。
いい歳した男が何してんだ。
前の不気味さが良かったのに。
凄く格好良くなってる。
ベテランがサポートしてくれるなら勇者でも馬鹿な事はしないだろう。
人の数だけ感想が、意見がある。それに良し悪しは無い。否定的な事を言われるのは想定内だ。
「うーむ。やっぱデビュー当初から応援してくれる人はコスチューム変更を惜しんでるな。でも若い子には……人気ある。難しいねぇ」
SNSを眺めていると以前所属していたスターカウントについての書き込みを見付けた。
正直残ったメンバーの事が気になる。あのチームに残されたのは三パターンのヒーロー。若い女性と新人、そして実力は中堅だがビジュアルに劣るヒーローだ。
「…………やっぱりな」
世間の声を見てため息が出る。
スターカウント所属ヒーロー、死傷者数が去年の倍に。
運営元の株価暴落。
直線名指しで否定せずとも、実質は大炎上。それもそのはず。ここは勇者に目をつけられてしまったからだ。
残されたヒーローは勇者のハーレム要員と踏み台。ヒーローが四苦八苦している所に現れ魔物を討伐。ヒーローとの力の差に酔いしれる勇者。典型的な企業所属の勇者がやる事だ。
勿論勇者を雇った企業への批判もあるが、彼らに責任を追及するのも酷だろう。勇者が雇えと言っているのに断れば、物理的に会社を潰される可能性があるのだ。
全てがそうではない、中にはおとなしく諦める勇者もいる。それにあまり派手に暴れると、金や女、権力を餌に雇われた他の勇者に袋叩きにされる。だが断った瞬間殺される方が恐ろしいのだ。
善継もスターカウントを非難する気は微塵も無い。彼らも被害者なのだから。しかし面倒を見ていた後輩達が弄ばれる現状に怒りを感じている。
「ちぃ……」
しかし善継にはどうする事も出来ない。彼はヒーローである以上勇者には勝てない。原付でスポーツカーに挑むようなもんだ。
モヤモヤとした気持ちが胸に残るも、気持ちを入れ替え立ち上がる。
「さてと、今日は社長さんが来るんだっけな。ちっとは掃除するか」
玄関周りに居間、やる所は沢山ある。