11:三人目
真理は焦り顔を青ざめながら止めようとする。
「何が楽しくてアラサー男の魔法少女コスなんか見なきゃならんのだ!」
「はぁ!?」
その一言で善継は察した。恐らく防具とはヒーローのコスチューム、そしてクロスギアによって生成されるのは魔法少女の衣装なのだ。
ちょっとした悪戯のつもりなのだろう。しかし地獄絵図になるのは明らか。善継があんなヒラヒラした格好をすればどうなるのか、想像するまでもない。
存在そのものが犯罪の変質者になるだろう。
「ちょ……」
『ドレスアップ!』
気付いた時には遅かった。ギアから魔法陣が展開、そこから善継より一回り大きな何かが現れる。
蜘蛛だ。それもワイヤーで編んだぬいぐるみのような蜘蛛が出てきた。
そいつは善継に駆け寄ると覆い被さり彼を抱きしめる。
全身を包む冷たいワイヤー。この感覚はいつもと同じヒーローへの変身と同じだ。ただ何となく、いつもより強く身体を締め付けられているような気がする。
『魔法少女みうみう! 見参!』
(みゆ?)
軽快な声と同時に身体を包んだワイヤーが弾ける。
明るくなる視界、頬を撫でる空気。目の前に広がる光景に違和感を感じる。
「…………え?」
すぐ目の前にいた由紀が驚きながらこちらを見下ろしていた。それだけじゃない。部屋のあらゆる物が大きく見える。
「おい……善継…………か?」
恐る恐る真理もこちらを見下ろしながら歩み寄る。彼女よりも視点が低い事に驚く。
「俺に決まってんだろ。……あれ?」
声もおかしい。妙に高くなっている。
そして手が視界に入った。左手にあるスピリットギアも大きくなり、右手には蜘蛛を型どった手甲がある。
だがそれよりも大きな異変があった。肌が異様にみずみずしく、まさに子供の手となっていたのだ。
「まさか……!」
悪寒にゾッとした。すぐに近くの姿鏡に糸を飛ばし引き寄せる。
「は?」
その行動に真理は目が点になる。
だが善継は周囲の様子もお構い無しに鏡で自分の姿を確認した。
「おいおい……嘘だろ?」
そこにいたのは一人の少女だった。身長は真理よりも小さく、小学生くらいだろう。
格好は蜘蛛の巣模様のくノ一衣装だった。ノースリーブにきわどいスリットの入ったスカート、肩や膝等各部を保護する金属製のアーマー。そして髪には蜘蛛の目を模したような赤い球体の髪飾り、側頭部には鋏角の形に纏めた髪が小さなツインテールのようになっている。
頭に蜘蛛を乗っけたくノ一少女。そんな姿だった。
「でもこれって…………それにみうって」
唖然とした様子で顔に触れる。勿論鏡に映った少女も同じ動きをした。夢じゃない、現実だ。
「どうなってる? 由紀、何をした!」
「わ、私は何も。ちょっと魔法少女の服着せて驚かせようとしただけで……。それに私は戦闘以外何もできないよ」
「……そうだったな。おい善継……おい!」
真理が話し掛けるも善継は心ここにあらずといった様子だ。ぼうっと鏡に映った自分を眺めている。
驚いていると言うか、唖然としていると言えば良いのか。彼は自分の姿に衝撃を受けていた。顔に触れる手は僅かに震え、爪を頬に立てている。
「善継、聞こえているか!?」
「っ! すまん、ちょっと驚いていて」
真理の声で我に返る。手はまだ震えていた。
「大丈夫か? 体調がおかしいのか?」
「いや……大丈夫だ。身体が女の子になった以外は何もない。それに……」
指先からワイヤーを出し宙を描きながら編む。彼……否、彼女の手には一本の無骨なナイフが握られていた。
得意技である武具生成。不思議といつも以上に楽に作れたような気がする。
「問題なく力も使える。正直身体も軽いし、やっぱ性能が上なだけ楽だな」
「…………いや、それがおかしいんだよ」
真理は目を点にしている。
「本来普通のメダルだとコスチュームの生成だけなんだ。しかも内蔵データで魔法少女コスのな。善継がクロスギアを使ったら、女装した二十八のおっさんが出てくるだけなんだ」
「なんだそりゃ? じゃあ俺のこの姿はイレギュラーなのか?」
真理は大きく頷く。
「待て待て。って事は何だ? 俺は本当に女の子に?」
身体中をまさぐる。
柔らかいぷにぷにした肌。そして何よりも股間に感じる空白。男の身体ではない。魔物と戦う為に今まで鍛えてきた肉体が失われていたのだ。
呆然としていると玄徳も駆け寄ってくる。
「真理、どうなっているんだ?」
「わからない。由紀が悪戯目的でクロスギアを使わせたらこうなった。今までこんな事は無かったのに」
玄徳は少し考えるように善継の姿を眺める。頭から爪先までゆっくりと。
「……八ツ木さん、ひとまず変身を解除してみては?」
「そうですね。メダルを外せば良いのか?」
「ああ。基本的な部分は同じだからな」
「わかった」
急いでギアを開き中のメダルを外す。
『お疲れ~♪』
善継の身体をワイヤーが包み肥大化する。おおよそ元々の体格まで膨れると、ワイヤーは黒い塵となって崩れ落ちた。
そこには元の姿、スーツ姿の善継が立っていた。
「戻ったな。うん」
「大丈夫か善継。何か異常は?」
「……無いな。さっきと違って重く感じるけど、戻ったって事かな」
こちらの方が正常なのだ。先程の変身した姿は小さく軽いのは当たり前。
「とりあえず八ツ木さんには医務室で診てもらおう。異常は無いと思いたいが、わからないからね」
「じゃあ……お世話になります」
玄徳に連れられ立ち去ろうとする善継。由紀は自分が原因だと不安そうにおろおろしていた。
そして歩きながら善継は自分のメダルを一瞥する。蜘蛛が描かれたメダルを。
「何を考えてるんだお前は?」