幼馴染がにゃんにゃんしているところを目撃してしまった……
やあ、ボクは橋本きぃ太。圭太お兄ちゃんからはきぃくんなんて呼ばれてる。よろしくね!
ボクはお父さんとお母さん、そしてお兄ちゃんの四人で同じ縄張りで生活している。
縄張りには、屋根があって雨が降っても水は入ってこないし、フカフカのベッドもあるんだよ? 凄いでしょ!
お父さんとお母さんは毎日ボクにご飯をくれる。ボクを撫でてくれたりする。お兄ちゃんは、ボクと遊んでくれる。
お腹が空くこともないし、寝たい時に寝れる。遊びたい時に遊べる。ボクはそんな夢のような生活を送っていた。
だけどある日、お兄ちゃんの部屋から聞き覚えのない声が聞こえてきたんだ――。
「ひ……ひさしぶりだよね? 私が圭太の部屋に来るのって……」
「お、おう……何か飲むか? お茶とオレンジジュースがあるけど……」
「お茶がいいかな……」
「分かった。今持ってくる」
「ありがとう」
間違いない! 部屋の中に誰かいる!
縄張りに勝手に入ってくるなんて許せない!
必殺猫パンチをお見舞いしてやる!
ボクは警戒体制に入った。
全身の毛を逆立たせて、腰をくの字に曲げる。少しでも身体を大きく見せないといけない。
しかし、どうやって縄張りに入って来たんだろう?
家族がお出掛けから帰ってくる時は、皆玄関から入ってくる。ボクはそれをいつも出迎えている。
縄張り荒らしが玄関から来ていないのは確実だ。でなければ、ボクが侵入を許す訳がない。
――ガチャ
不意にドアが開いた。出てきたのはお兄ちゃん。侵入者じゃない。
「にゃあ~」
「きぃくん、今はお客さんが来てるから変なことしないでね」
そう言うとお兄ちゃんは部屋の戸を閉めて、いなくなってしまった。
ダメだよお兄ちゃん!
縄張り荒らしだよ!
やっつけなきゃ!
――カリカリカリカリ
ボクは縄張り荒らしの危険性を訴えるため、ドアを爪で引っ掻いた。だけど、お兄ちゃんは戻ってこない。
ボクは背が小さくて、ドアノブには前足が届かない。部屋の中の侵入者と対峙するには、お兄ちゃんに開けてもらう必要がある。
仕方ない。こうなったらジャンプだ。
後ろ足に力を込めて、ドアノブに向かって跳ねる。ドアノブに前足を触れさせることが出来れば、ドアを開けられるかもしれない。
――ドン!
失敗だ。床に着地したと同時に大きな音が鳴る。お兄ちゃんは気付いてくれるだろうか。実はこの音もお兄ちゃんへのメッセージだ。
しかし、そのメッセージは最悪なことに、お兄ちゃんではなく侵入者の方に伝わってしまった。
――ガチャ
「かわいい……」
縄張り荒らしはボクを睨み付けてきた――。
★★★★★
冷蔵庫からペットボトルを取り出し、部屋に戻ったらドアの前にいたはずの愛猫のきぃくんがいなかった。
きっと彼女――川崎千紘が騒いでいる彼を俺の部屋へ入れてしまったのだろう。
千紘とは、幼い頃からの付き合いではあるが、彼女はきぃくんの存在を知らない。
千紘と俺は家も隣同士で、ベランダ越しに互いの部屋に行き来ができる。幼い頃、親に内緒でよく遊んだ。
しかし、ここ最近は彼女と顔を合わせる機会が少なかった。千紘と俺は通う高校は同じだが、クラスも違えば、部活も違う。
時が経つに連れて、千紘とは自然と距離ができてしまった。
俺がそんな彼女のことを好きになったのは、幼馴染――というある意味家族にも似た関係が薄れ、千紘を異性と認識できるようになったからだ。
「にゃんにゃん?」
「シャアアアア!!」
ああ……どうしよう……。自分の部屋なのに入りづらい。
意中の女子を部屋に連れ込むことができて、俺は勝利を確信していた。
親父もお袋も今日は家にいない。俺はそういった雰囲気になったら、行為に持ち込むつもりだった。
そのための準備もしてある。財布にアレも忍ばせている。
「にゃにゃにゃ?」
「フゥウウウ!!」
少しだけ開いたドアの隙間から見えるのは、猫語できぃくんとコミュニケーションをとろうとする幼馴染の姿。
千紘は身を屈めて、女豹のようなポーズをとっている。きぃくんと仲良くなりたいようだ。
俺の愛猫――きぃ太は猫界屈指のイケメンだ。彼女が虜になってしまうのもよく分かる。
猫という生き物は警戒心が強い。見知らぬ人間が縄張りを侵せば攻撃されるのは当然。
いくら悪意がなくても、懐かれるのには時間がかかる。つまり千紘の行為は無駄という訳だ。とは言え、幼馴染の可愛らしい姿を見れて俺は嬉しい。
しかし、今のこの状況、千紘は俺に見られていることに気付いたら、羞恥の余り自分の部屋に帰ってしまうだろう。
慎重に事を進めないといけない。こんなチャンス、二度はないはずだ。
「私悪いやつじゃないにゃ~。怒らないでにゃ~」
「アウアウアウゥゥ!」
千紘は呑気にきぃ太を相手ににゃんにゃんしているが、俺は彼女とにゃんにゃんしたい。童貞を卒業したい。
ノックをしたらいいのだろうか? いや、それだと俺が見ていることを千紘に教えるようなものだ。
「!!」
ぺットボトルを持つ腕も痺れ始めたその時、名案が浮かぶ。
「ちひろー、きぃくんがいないんだけど、部屋に行ってないか?」
俺は部屋の前でわざとらしく大声で訪ねた。
「う、うん! 来てるよ!」
千紘は俺の声にハッとして、クッションに正座する。
俺がきぃくんが誰なのかも言っていないのに、来てると即答できる当たり、よほど周りが見えていなかったのだろう。
バレていないことに、俺は心の中でガッツポーズを決め、部屋に入るのだった。
「ね、猫飼ってたんだね……知らなかった」
「ああ、実は一年前から――」
★★★★★
やっぱりお兄ちゃんは頼りになる。
ボクが縄張り荒らしと戦っていたら、お兄ちゃんは駆けつけてくれたんだ。
お兄ちゃんは、一人で縄張り荒らしと戦うらしい。ボクを抱きかかえて部屋の外に出した。
男だ。お兄ちゃんはかっこいい。
しばらくすると部屋の中から、ヤツの苦しそうな声が聞こえてきた。
戦いは相当激しいらしく、ギシギシとベッドの揺れる音までする。部屋の外の床にまでその振動が伝わってくる。
それが一晩中続いた。
次の日の朝には、侵入者は僕たちの縄張りからいなくなっていた。
激闘に勝利したお兄ちゃんの顔はどこかスッキリとしていた。
やったね、お兄ちゃん!
最後まで読んで頂きありがとうございました。