わたしだけの星~評価ポイントを大切にして幸せになった読み専の女の子の話~
白い星をタップすると、星が青翠色に輝く。
ついに、やった。
やってしまった。
「えへへ~っ。やった~! やっちゃったよ~!」
スマホを持ちながら、ごろんごろんとベッドを転がる。足をパタパタさせて顔はニヤニヤと緩みまくり。
これが転がらずにいられようか。
だって、わたしは今、ついに、『小説家ににゃろう』の初評価をしたのだから!
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
わたし神崎ひかりは、高校入学祝いにようやくスマホデビューをした。
中学の時までは、お母さんの「スマホなんていらないでしょ。公衆電話を使いなさい。あとは家のパソコン使って」という非情な言葉に従うしかなかったのだけど、高校は家から離れたバス通学、それに中学までの友だちもほぼいなくて新しい友だちをつくるにはスマホは必須アイテム!
「お母さんはわたしがボッチになってもいいの!?」と必死の説得の末、ようやくスマホをゲットした。
でも通信代はお小遣いから引かれてしまって、大好きな本があまり買えなくなってしまった。物語の中の世界で夢想するのが大好きな私にとってそれは死活問題だ。
そんな時、友だちが勧めてくれたのが『小説家ににゃろう』だった。
一応、名前だけは知っていた。書籍化されてたりアニメ化されてたりしたからね。
でも『にゃろう系』はあんまり好きじゃないんだよね~。チートで無双でしょ? って思ってたら、全然違った!
ハイファンタジーはもちろんチート系が強いんだけど、私の好きな恋愛系も『にゃろう』は強かった。
ランキングから気になるタイトルをたどっていけば、素人が書いたとは思えないほどに素敵な甘いお話がたくさんあった。
そうと分かればもう我慢なんてできない。受験ストレスから解放されたわたしは『にゃろう』の作品を読み漁った。
色々読んでいるうちに、お気に入りの作家さんができた。名前をマリリン・モンゴメリー先生という。
不遇な青年が女の子との出会いを通して幸せになる切ないラブストーリーがわたしの胸を鷲掴みにした。
リンクからマイページに跳ぶと活動報告があって読むと、素でも素敵な方だということが分かって、わたしはモンゴメリー先生自身が大好きになった。
そのうち活動報告の中に、『ブクマ』とか『評価』とかいう言葉が出てきて気になった。
モンゴメリー先生のブクマを見てみると、おススメというカテゴリーがあった。評価も見てみると、大小たくさんの星が輝いている。
しっかり読んでしっかり評価するタイプの人みたいで、作品にも通ずるところがあって、なんかいいなって思った。
早速わたしも真似したくなって登録をして、ブクマをしてみる。
あ、公開・非公開選べるんだ……。人に見られるの、恥ずかしいかな……。非公開で。
あ、お気に入り登録もしよ。ええと、これも非公開……っと。
うんうん、なんだか自分の部屋の本棚にお気に入りのコーナーを作っていくみたいで楽しいぞ。
それから、うん、評価もね。ポチッと。で、非公開に…………えっ? できない!? なんで! なんでこれだけ!?
マイページで確認すると、評価欄だけ他の人からも見えることになっている。
ちょっと待って! 初評価が『まな板令嬢がちょっとえっちな狼公爵の最愛になるまで~ポロリもあるよ~』って、誰かに見られたらどうするの!? まるでわたしが欲求不満の子みたいじゃない! 健全な切ないラブストーリーで大感動作なのに!
評価取り消し取り消し……。ああ、危なかった……。『にゃろう』ってタイトルで目を惹かないと読んでもらえないから、インパクトのあるタイトルつけがちなのよね……。特にモンゴメリー先生の作品は過激なタイトルが多いから、全部評価するとすごい評価欄になっちゃう……。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
そんなわけで、わたしはしばらくは評価だけはできないでいた。
けど夏休み明けのある日、その日は珍しく朝早く起きて一本早いバスに乗れた。そしたら、クラスのちょっと気になる男子岩倉君(吹奏楽部)が同じバスに乗ってきて幸せな時間を過ごすことができた。
お弁当にはおばあちゃんが贈ってくれたお高いぶどうが入ってたし、小テストはいい点がとれたし、本屋でモンゴメリー先生の新刊も予約したし、予約特典もついたし、久しぶりの新作連載も始まったし……とにかくハッピーな気分だった。
だから家に帰ってからも気持ちがふわふわして、今なら何でもできちゃう気がした。だからついドキドキしながら、評価の星を押してみた。
別にわたしが何を好きでもいいじゃない。評価欄なんて誰も見ないよ。ううん、見られたっていいよ。全部面白い作品なんだもん。評価欄に文句あるヤツがいたらかかってこーい!お前の評価欄も見ちゃうんだからな!
酔っぱらいみたいな絡み方だと我ながら思う。でも気分は最高によかった。
もちろん星は5つだ。スマホ画面をずっと眺めながらニヤニヤして、「えへへ。やっちゃった~。やっちゃったよ~」
ゴロゴロとベッドの上で転がっちゃう。
きっとモンゴメリー先生はわたしの星なんて気づかないよね、だってブクマ1万の作家さんだもん。
でもね、でもね、確かにわたしの星がここに輝いてるの。
うれしい。
つい小説情報欄の評価pt欄を見る。この185,634ptの中にわたしのポイントが入ったんだ。
わたしは調子に乗って、次の日から次々に評価をしていった。まずは大好きな作品から。全部星は5個。
今まで我慢していた分、たくさんたくさん評価した。時には連続評価防止ポップアップが出てびっくりした。
もちろん、評価欄のタイトルはカオスになっている。でもそれでいい気がした。全部わたしの大好きな作品だもん。
そしたら、もう隠すのなんてどうでもよくなっちゃって、ブクマもお気に入りユーザーも全部公開にした。
それから、トップページの新着完結欄から気になる作品を見つけて読んでみることもはじめた。
もちろんブラバも多いんだけど、素敵な作品もあって、そしたら白い星を青翠色に輝かせる。星の数は3つだったり4つだったり5つだったり、色々だ。
でもある時星をつけてから小説情報を見ていると、評価ptは0のままのことがあった。
なんで!? すぐにネットで調べてみると、小説情報にポイントは即時反映されないことを知った。
ある日、お気に入り作家さんが活動報告に「誰も読まないからもう書くのやめようかな」って書いているのを見つけた。ショックだった。こんなに面白い作品を書く人がこんなことで悩んでいるなんて……。
わたしはその日、はじめて感想を書いた。
「おもしろかったです。○○がかっこよくて、ドキドキしました。執筆、がんばってください」
へたっぴなわたしの文章を、わたしの千倍素敵なお話を書く作家さんに送ってしまった。……でも、好きって気持ちだけはいっぱい込めた。
わたしのマイページにはじめて赤文字で『新着メッセージが1件あります』と出てきた。
ドキドキしてタップすると、感想返信がきていた。
わたしの感想がうれしかったって言ってくれて、感動した。
良かった。感想を書いて、良かった……。
そんなある日、モンゴメリー先生の新作短編が投稿されていてうれしくて一気読みした。
したんだけど……
「う~ん……」
面白い。面白いんだけど……主役カップルがくっつかなかった。……二人の将来のために別々の道を歩んでしまうという終わりだった。
それは今のわたしには受け入れがたい終わり方で、わたしはどうしてもこの二人には幸せな結末を迎えてほしいと思ってしまった。
だから、星は一つ減らした4しかつけられなかった。
胸がずっともやもやした。
わたしの好きなものとモンゴメリー先生の好きなものが違うことが悲しかった。
きっと、わたしが優しくておおらかな人間だったら、星5個つけるんだろうなあ。
もしかして、大好きなモンゴメリー先生に嫌われちゃうかも……。
ううん、モンゴメリー先生だって評価は1~5まで使い分けてるんだから、大丈夫……。
学校ではみんなに合わせることの多いわたしだけど、『にゃろう』でだけは自分の『好き』に嘘はつきたくなかった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
休み時間にクラスで次の授業の用意をしていると、岩倉君が男子たちと話しているのが聞こえてきた。
どうやら好きな女の子のタイプの話をしているようだ。
耳をこっそりおっきくして聞いていると、男子たちが「おっぱい大きい子!」「俺、金髪以外はちょっと……」「俺は僕っ子が好き♪」「ワキ! 断然ワキだろ!」とふざけてる中、
「俺は、はっきりものをいう子だな。カッコいい子が好き」
って言ってた。
はっきり、か……。
窓側で大きな声で笑いながらお喋りをしているカースト上位の子たちをチラリと見る。怖いものなしの無敵軍団って感じ。クラスの中心で、自信満々でいつも楽しそう……。
ああいう子が好きなのかあ……。わたしなんて眼中にも入ってないんだろうな……。
なんだか、勝手に泣きそうな気持ちになった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
それから数日後、昼休みのこと。
友だちが飲み物を買って来るっていうから、わたしは自分の席で一人『にゃろう』を見ていた。
そしたら……
「あれ? ザッキー、『にゃろう』やってんの?」
後ろからクラスカースト女子部門上位の陽キャの暮井さんがスマホをのぞき込んできた。
「えっ? うん……」
慌ててスマホを机に伏せる。
「いいじゃん、見たって~。ねーねー、ラノベとか書いてんの?」
勝手に前の席に後ろ向きに座って絡んでくる。
正直、こういう絡みって苦手……。
「ううん……読んでるだけ……」
「あたしね、今書いてんだ~。今ピがさー、頭いい子が好きなんだって~。だから、文学少女?やってみてんのー。ねえ、『にゃろう』やってるならあたしにポイント入れてよ~。ザッキーがなんか書いたらあたしも入れてあげるからさ~。ほら、助け合いって大事じゃん~?」
「え……、でも……」
「まずは読んでみてよ~。『元ピと今ピがあたしを取り合っててマジぴえん。あたしはシュキピにきゅんです』だよ」
仕方なく検索してみる。
出た……本当に出た。『元ピと今ピがあたしを取り合っててマジぴえん。あたしはシュキピにきゅんです』……
ワクワクした目でこっちを見ている暮井さん。読まなきゃダメみたい……。
小説情報を見ると、昨日夜投稿したんだ……。5千文字か……。まあ、すぐ読めるしいいか……。ブクマも評価もゼロ。そもそも現代恋愛ジャンルは女の子主人公だと読まれづらいよ……?
さっと目を通す。
タイトル通り、元ピ(サッカー部キャプテンの先輩)と今ピ(社会人で御曹司)が主人公『あたし』を褒めたたえて、『あたし』は通りすがりのアイドルイケメン『シュキピ』と恋に落ちる話だった。怒涛の展開に驚きの連続で、唐突な結婚会見で話は終わった……。
正直、どうしたらいいのかわからない話だ。いつもなら読まない話、ブラバどころか開きもしないだろう。
でもどうしよう……。そのままの感想を伝えるのも悪いよね……。
困っていると、
「ね、どうだった? 鬼面白いっしょ? でも誰もポイントいれてくれないんだよねー。見る目ない~。でも今ピに見せるのに0ptはキツイっしょー。だからさ!お願い!ザッキー、最初のファンになってよ!」
暮井さんはパン!と拝むようなポーズをしてみせる。
「え……」
イヤだ。
こんなのにわたしの星を入れたくない。
だって、わたしの星は、わたしが好きって思うものにだけ入れてきた、わたしだけの星なの……
わたしがうつむいて動けないでいると、暮井さんは苛立ってわたしのスマホを奪った。
「こんなん、ポチるだけじゃん! あたしがやってあげる~」
「えっ! ヤダ! やめて!」
「なにマジんなってんの? いいじゃんいいじゃん~!」
「ヤダヤダ! やめて!」
必死でスマホを取り返そうとして二人で揉みあいになる。
「あっ!」
その拍子に、わたし達の手から跳ねたスマホが窓に投げ出された。
……………………カツーン
硬い音がした。
窓から下を見ると、花壇の下にスマホが落ちていた。
「え……? ユキだけのせいじゃないしぃ……」
暮井さんがモゴモゴとなにか言っているけれど、それどころじゃない。わたしは急いで教室を駆けだした。
わたしのスマホ。入学祝に買ってもらったわたしのスマホ。友だちのラインと、写真と、たくさんのお星さまと……これからいっぱい思い出を増やしていくはずだった、わたしのスマホ……
玄関で靴を履き替えて花壇まで走って行ってスマホを拾い上げる。
3階の窓から落とされたスマホの画面には無残にもひびが入ってしまっている。
それでも、中身だけは……願うようにスマホの電源ボタンを長押ししてみる。
……画面は黒いまま動かない。……壊れてしまっていた。
教室に戻ると、友だちが戻ってきていて心配そうに駆け寄ってきてくれた。
「大丈夫?」
「うん……。スマホ、壊れちゃった」
「ひどい……。帰り、スマホショップ寄ってこ? ね? 付き合うよ。大丈夫、保険入ってるって言ってたでしょ?」
「うん……。ありがと……」
おずおずと暮井さんがわたしの前に出てきた。グループの女の子たちも一緒だ。
「……あの…………ごめん……なさい……」
とても小さな声で謝ってきた。
「……………………」
いいよって言ってあげたいけど、とてもそんな気持ちにはなれない。
怒りと悲しみと悔しさと……色んな感情がごちゃ混ぜになっていた。
無言でいると、グループの女の子が暮井さんをかばうような言葉をかけてきた。
「あのねっ、ユキ、今の彼ピがめっちゃ好きで、すごく頑張ってんの! だから許してあげて!」
「悪気はなかったんだよ!」
「事故だしっ! 弁償も、あたしたちもカンパするし!」
「……そういうことじゃないよ」
わたしの口から静かな怒りがこぼれ出た。
一旦吹き出してしまった怒りは、もう止められなかった。
「そういうことじゃないよ。わたしが怒ってるのはスマホが壊れたからだけじゃないよ! 暮井さんがわたしのスマホで勝手なことしようとしたからだよ! これはわたしのスマホで、あなたのものじゃない。これはわたしの『好き』がたくさん詰まってる宝物だったの! わたしの『好き』はわたしが決める! わたしが何を評価して何を評価しないかなんて、わたしだけが決めるの! そこに土足で踏み込まないで!」
大声を出すわたしにクラス中の注目が集まる。
怒りと恥ずかしさで顔が熱くなり目に涙が浮かんだ。
パチパチパチ、となぜかクラス中から拍手が沸き上がった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
――それから。
暮井さんは改めて謝ってくれたけど、わたしはまだ許す気にはなれなくて『許せる時が来たら許す』という曖昧な答えを返した。
クラスでわたしは『怒らせるとヤバい』という恥ずかしい評判が立ってしまったけれど、もうやってしまったものは仕方がない。
スマホを半年もたたずに壊してしまったことにお母さんは呆れていたけれど、スマホ保険に入っていたおかげで新品と取り換えてもらえた。中のデータは壊れてなくて無事にサルベージできた。もちろん『にゃろう』のアカウントだって無事だ。
わたしはその後も順調に星を増やしている。
「フフッ」
バス停でバスを待っている間に『にゃろう』を読む。今読んでいるのは王子様に溺愛されるラブストーリーだ。コミカルな二人のやり取りに思わず笑ってしまう。
「なに笑ってんの?」
横から声をかけられて驚いて顔を上げると、岩倉くんがいた。
「い……岩倉君……! あれ? 今日は、部活は?」
「あー、今日は家の用事があって真っすぐ帰んの。ね、それよりさ、なんで笑ってたの?」
「あ……、小説、読んでて……。『小説家ににゃろう』っていうサイトが、わたし、好きで……」
「ああ。暮井と『にゃろう』のことでケンカしてたもんな。あんときの神崎、ちょーカッコよかった。痺れた」
「え? わ……恥ずかしい……」
思い出すと恥ずかしくて耳まで熱くなってうつむいてしまう。
「俺もさ、『にゃろう』読んでるよ。『レベルMAX勇者ですが、お前の筋肉も伸びしろMAX!』とか超好き!」
「あ……わたしも、それ好き。タイトルのわりに純愛も入ってていいよね」
「さすが神崎、わかってるな! あとはさー、これも! 見て見て!」
岩倉君がスマホで評価欄を見せてくれる。そこにはたくさんの星が輝いている。
ハイファンにコメディーにアクションに……あ、恋愛もある。え?これ、わたしの好きなのだ……。でも、女の子向け……。
驚いているわたしに岩倉君はへへっと笑う。
「俺、雑食だから何でも読むよ。面白いもんは面白いもん。でも、評価高いのでも俺には合わないのとかもいっぱいあるんだ。だから、神崎が暮井に言ってた言葉、ガツンと来た。神崎、いいこと言ったよ。俺も俺の評価でいいんだって、自信持てたよ。マジ尊敬する」
「そんな……」
「うん、だからさ、たまにこうやって喋ろうぜ? おススメの作品、教えてよ。俺も教える。もしかしたら全然合わないかもしれないけど、俺……神崎の好きなもの、知りたいなーって……………………うわ、恥ず……俺、めっちゃ恥ずい事言ってる…………」
わたしと岩倉君が二人で赤くなってもじもじしていると、バスが来てしまった。
「……いいよ。バスの中でもっと話そ?」
わたしは思い切ってそう言って、先にバスに乗り込む。
二人で一番後ろの席に座るとバスが発車して、それからずっとわたしたちは『にゃろう』の話をしていた。
彼とお付き合いするようになって、二人の星がもっとたくさん輝くようになるのは、それから少ししてからの話。
(END)
*余談。
暮井さんは筆を折ることなく執筆を続け、1年後にはニッチなファンのいる中堅作家として『にゃろう界』に君臨することになります。
今ピ(大手出版社勤務)が暮井さんに執筆アドバイスをしているとかなんとか。
あなたの読み手ライフがこれからも楽しいものでありますように。