【X】夏の色
この小説は【不戦敗】作品です。
締切間違えにより勝負には参加できなくなってしまいましたが、せっかく投稿してくださったのでこうして掲載したいと思います。
以下企画ルールの項目から抜粋。
もっと詳しいルールは企画サイトか目次欄最初にある『ルール詳細』のほうにあります。
【投票方法】……必読!
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という場合はやはり冒頭に【ナシ】という書き込みを行ってください。
(加点方法の詳細は【投票に関するルール】を参照してください)
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この日、祐太は二学期から通う新しい小学校に来ていた。
前回はこの学校への転入手続きで母と一緒だったが今日は一人。祐太自身も次に学校に行くのは九月の始業式だと思っていた。
だが、新しい担任から奇妙な宿題を出されたせいで、ここを訪れるのを余儀なくされている。
祐太は頭を悩ませていた。このまま宿題を投げ出したい気分ではあったが、あとで転校初日から「宿題忘れました」と言うのも恥ずかしい。
だから祐太は先生にもう一度聞くことにしたのだ。「宿題の意味がわかりません」と。
みちるの言葉を素直に受け取った先生は少し困ったような顔をする。
「先生は『これから祐太くんが住むこの町の景色を絵にかいてきて下さい』と言っただけですよ」
「う〜ん、そうだけど」
それには約束ごとがひとつあった。使っていい絵の具の色は赤、青、黄色に白と黒の五つだけ。それを聞いたから祐太は困ってしまったのだ。これでは家の庭にあるアサガオを描こうとしても葉っぱの緑色がない。近所にある海を描こうにも、泳いでいる人の肌を塗りつぶす色がない。たった五色だけでどうやって色分けしろというのだろう。
「これだけじゃ色がつけられない。というかぜったい無理」
すると不安げな顔をしていた先生が突然、くすくすと笑い始めた。
「ああ、そういうことね。ふふふ」
祐太の顔が朱に染まる。何がおかしいと言うのだろう。恥ずかしいのを我慢して聞いたというのに。
バカにされた気がして祐太は口をとがらせた。
「あはは、笑ってごめんなさい。先生の説明が悪かったようですね。じゃあヒントをあげましょう」
そう言うと先生は祐太をある場所へと案内した。
そこは二学期から祐太がお世話になる教室だった。もちろん教室には誰もいない。中身が空っぽになった机が椅子とともにきれいに並んでいるだけだ。
先生は後ろの壁に並べて貼ってある絵を指で示した。
「ここにある絵は先生が言った五種類の絵の具だけしか使っていないんだよ」
祐太は目を丸くした。画用紙の上には目がチカチカするくらい沢山の色が乗せられている。それらは指定された五色とも違う色だ。
思わず祐太は「うそだあ」と声をあげてしまった。先生は「本当ですよ」と優しい声を響かせる。
「真ん中に男の子と女の子でボール遊びをしている絵があるでしょう。あの男の子が持っているボールは赤と黄色を混ぜて作ったものです。この女の子のリボンは赤と白。みんな、五つの色のどれかを混ぜて新しい色を作っているんです」
「本当に?」
祐太はまだ信じられないような顔つきで見ていると、先生が目を細めた。
「だまされたと思ってやってごらんなさい。きっとびっくりしますよ」
先生はにこにこと笑っていた。そして別れ際も「祐太くんの絵を楽しみにしていますよ」と言っていた。はたして先生が言ったことは本当なのだろうか。
家に帰ったあとも祐太の中には疑問が残っていた。それでも一応机に向かい、絵の具を手に取ってみる。先生の言った五つの色を白いパレットにのせてみた。
祐太はその中から赤と黄色を筆ですくい、パレットの上でくるくると回してみる。すると二色が渦を巻き、しばらくするとあとかたもなく消えてしまった。
残ったのはこのパレットにない色だ。それは教室に飾ってあった絵と同じオレンジ色だった。
「すごい」
祐太は思わずつぶやいた。先生の言うとおり、赤と黄色を混ぜたら本当に色に変わったのだ。ひとつの色を作るにしても絵の具や水の量を変えるだけで色やその濃さが微妙に違ってくる。
色の世界はとても深いものだった。
祐太は新しい色ができる度に何と何を混ぜたかを忘れないように表を作ることにした。
そして色をかさねていくうち、アサガオの葉っぱは黄色と青で作られていることがわかった。道路の色は白と黒。オレンジ色は白を多めに加えてみるとみちるの肌と同じ色になった。
大変だったのは茶色を作った時だ。赤と青と黄色で作るのだが、色の配分が難しくて思ったよりも時間がかかってしまった。
そしてもっと大変だったのは色作りよりも「何を描くか」である。
引っ越してきたばかりのこの町は、祐太にとって未知の世界であり冒険の舞台だった。
前に住んでいたところは建物が高くて周りも格好も良かったけれど、祐太の視界のほとんどが灰色で埋め尽くされていた。建物の形も似たりよったりで、同じ所を歩いているような錯覚さえ感じていた。
でもここは違う。学校までの道は一本だけだから、自分がどこにいるかがすぐわかる。空の色も日によって色がくるくる変わるのだ。もともと天気の変わりやすい土地だと聞いてはいたが、空ひとつとってもこんなにも濃さが違うことに祐太は驚いていた。
植物は毎日あざやかな色の花を咲かせ、さまざまな虫たちが寄ってくる。すきとおっていた田んぼの水もひとたび雨が降ればにごって底が見えなくなる。
ここに住み始めて祐太は自然にも色があり、表情があるのだと感じるようになっていた。
もしかしたらこの世界は五つの色だけでできているのかもしれない。それらが混ざり合うことで彼らは自分だけの色を手に入れる。そして季節とともにその色を変えていくのだ。
――沢山の色に包まれたこの町をもっと知りたい。
夏休みも終わる頃になると、祐太はそんなことを思うようになっていた。引っ越してから描いた絵は何十枚にもなり、祐太はすっかり色のとりこになっていた。二学期が待ち遠しかったのは言うまでもない。
――そして、今年も夏がやってくる。
「じゃあ行ってくるね」
台所に向かって祐太は叫んだ。すると負けまいといわんばかりの声が返ってくる。
「今日も暑くなるからちゃんと帽子かぶっていきなさい。水分取るのを忘れちゃだめよ」
「はーい」
母の言葉を耳に流し、祐太はサンダルをはく。白い帽子を頭に沈めた。ここに来た時は真っ白だった腕も今では見事な小麦色へと染まっている。
一歩を踏み出すだけでじりじりと太陽が照りつける。だが、あふれんばかりの緑と深夜に降った雨の軌跡が火照る体をやんわりと守ってくれていた。
祐太が歩くたびに肩に掛けているバッグがガチャガチャと音を奏でる。中にあるのは絵筆と五色の絵の具。あれから五年がたち、中学生になった今もなお、祐太はこの町の景色を描き続けていた。
――今日はどこへ行こう。
歩きながら、祐太は今日のスケッチ場所をどこにするかを考える。目の前にある水たまりがきらきらと輝いていた。耳をすませば神社のある方角からお囃子が聞こえてくる。この音を聞くだけで心が踊りだす。色とりどりの提灯が下げられる夏祭りはもうすぐだ。
祐太は小さな水たまりを飛び越えた。お囃子に誘われるように、勇んで、高く。その足は長い石段へと向かいはじめていた。