【A】プール×いもうと
この小説は【対戦カードA】の組み合わせです。
対戦相手は『メビウスの少年』となります。
以下企画サイトのルールの項目から抜粋。
もっと詳しいルールは企画サイトか目次欄最初にある『ルール詳細』のほうにあります。
【投票方法】……必読!
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僕の妹は泳げないらしい。
夏休みのこと。僕は妹と市民プールに来ていた。
プールに行こう、なんて言い出したのは中一で二つ年下の妹、知夏だった。友達と行け、といったのだが、妹は断固として首を横に振った。泳げない姿を友達に見られるのが嫌だそうだ。そこで兄である僕に泳ぎの指導を依頼してきたそうな。
二学期までに泳げるようになるぞ。と意気込む知夏だが、僕は自分の妹が泳げないという事実について初耳で、信じられなくもあった。
基本的に僕の妹は何でも平均以上にこなす。特に体育は得意分野といっていたし、今学期の通知表も全教科五だったと聞いているが。
とはいえ、妹に不得意な分野があっても不思議ではない。
知夏が中学に上がると、僕は僕で受験生になって勉強漬けの毎日を送り、十四歳という年齢も手伝ってほとんど妹に構ってられずにいた。日焼けした様子を見る限り何かの部活はやっているのだろうが、それも何だか知らない。
受験勉強に行き詰まりを感じていた頃である。ここらでボランティア活動をしておくのも悪くないと僕は考えて、知夏に承諾の意を示した。
そして冒頭の通り、僕は妹と一緒に市民プールにいる。
子供みたいに――実際に子供だ――はしゃぐ知夏に付き合って準備体操をし入水する。飛び込み禁止の張り紙を無視した妹の飛沫を浴びて、僕は気付かれないように溜息を吐いた。
「あたしが溺れたら、お兄ちゃんが助けてね」
といって僕の許を離れていく知夏。家の中でも露出の多い服装をしているが、水着に着替えてさらに肌の大部分が露になり、ほとんど全身が健康的な褐色に日焼けしているとわかる。そんな知夏の姿が遠退いてから、僕はプールサイドへ上がった。
見れば、泳げないという割に知夏は器用に人混みを避けてバタ足していた。それこそ泳げないというのが嘘みたいに。
ばしゃばしゃばしゃ、と飛沫を上げて泳ぐ妹の姿を注意深く見守る。
九コース五十メートル。連盟から公認を受ける面積、水深共に本格的なプールなので中一といっても目が離せない。そんなことはないと思うが、溺れたりしたら兄として助ける義務だって僕にはある。
一時間くらいが経った頃。
暑さから僕は放心気味になっていた。はっ、としてプールを見渡し、対岸のサイドから手を振って満面の笑みを送ってくる知夏を発見した。持ち前の運動神経の良さで、どうやらあっさり泳げるようになったらしい。僕は、妹が四苦八苦している姿を一度も見ていない。
「ねえねえ、競争しようよ、きょーそー!」
知夏がそう提案してきたのは、それから少ししてからのことだった。
「競争って……おまえ、泳げないだろ」「もう泳げるよ。お兄ちゃんが見ててくれたんだもんっ」
半分寝てました、とはいえない雰囲気だ。
「つってもなあ……」
「ねえ、いいでしょ! しようよ競争、しよー!」
ぷくー、と拗ねた風に知夏の頬が膨らむ。僕はその横顔に、一度だけだぞ、と同意してやった。
風船は極上の笑みと共にしぼんだ。
僕としても、プールに来て泳がないのはもったいない気がしていたのは確かだし。
競技内容は五十メートル一本勝負。自由形。知夏の指定だった。中一には五十メートルの距離はきついのではないかと進言しようと思ったが、先の膨れ顔を思い出して憚る。下手をすれば五十メートルが百メートルになる可能性だってあるからだ。
「よーい……ドン!」
知夏の掛け声で二人の体が同時に飛び出す。
始まってから十五メートルも泳げば、勝負は決しているといってよさそうだった。この時点で知夏は僕の五メートル以上は後ろを泳いでいる。
当然だが、勝負は僕の勝利だった。とはいえ二十五メートル付近で僕のペースが落ち始めてから、知夏は意外と善戦していた。気を緩めれば負けるのではないかと思うくらいに。
兄の体裁もあり、僕は残りを一心不乱に泳ぎ切った。結果、大人気ない勝利を収めたのだ。負けてやる優しさを僕は知らない。
しかし、プールサイドにタッチした僕は息を整える暇もなく戦慄することとなる。
振り向いた僕の視界に、四十五メートル程の位置でフォームを崩す知夏が飛び込んで来た。それは僕の知る限りどんな泳ぎのフォームにも該当せず、苦悶に歪んだ顔から――瞭然に、溺れていると悟った。
――あたしが溺れたら、お兄ちゃんが助けてね。
縁起でもない知夏の言葉が思い出される。
「ったく! あのバカ……!」
けれどそんなのは雑念だと振り払い、僕は全力で知夏を助けに向かう。
距離は数字にしてたったの十五メートル。十分助けられる。
後少しで手が届く。二人の距離が五メートル以内に縮まり、互いに伸ばした手が触れ合おうかというその瞬間――
知夏の体が、水の中に沈んだ。
*
「今日はありがとう、お兄ちゃん」
帰り道、知夏は笑顔でそんなことをいってきた。
「なにがありがとうだよ。今日泳げるようになった傍から、競争しようなんていうから溺れるんだ」
空には夕焼けが滲んでいた。赤い空が綺麗に輝いている。
「ふふん。でもさ、ちゃんとお兄ちゃんが助けてくれたよね、じんこーこきゅー」
いわれて、僕は黙り込んだ。
溺れはしたものの所詮市民プール、そう簡単に人死に沙汰になどならない。大袈裟な言い方だが知夏は一命を取り留めた。
僕の……人工呼吸によって。それだって釈明ではなく兄としての気遣いだ。知らない男にされるより、兄の方がましだろう。
「……いや、なんか、悪かったな」
とはいえ負い目を感じているのは事実。僕はそんな風に妹に謝罪する。
「うん? あー、いいよいいよ。そんなの全然気にしなーい」
年頃の女の子なら、それも逆にどうかと思う。が、僕はそれをいえる立場ではない。
「……あれ?」
ふと、僕は簡単な矛盾に気付く。
「知夏、おまえ気絶してたはずなのに、なんでそんなこと知ってるんだ?」
「ふえ!? えーと、それはねっ、えっとぉ……」
完全に意表を衝かれたとばかりに、知夏の双肩が飛び跳ねる。
たたたー、と、プールバッグを振り回しながら知夏は逃げるように走り出す。ある程度の距離を離れて、意を決したように知夏は振り向いた。
「んっと……ね。……怒らないで、ね。あたし、ホントは気絶なんてしてなかったんだ」
もじもじと、言い淀みながら、
「そもそも溺れてなかったし……あたしが溺れてたのは、ずっとお兄ちゃんだから」
「おまえ、さっきから何いってんだ?」
僕が問うと、それまでもじもじ俯いていた知夏が顔を上げた。
なんでもなーい、と妙な上機嫌。
満面の笑みでくるくる回転しながら進む。転びそうで危なっかしい様子を僕は黙って見守った。
くるり、とさらに半回転。知夏が僕の前に出た。少し前屈みになって上目遣いに僕を見る。その頬は夕焼けのせいか朱が差して見えた。
知夏は満面の笑顔を僕に向けて言った。
「えっへへへ。お兄ちゃんと、キス、しちゃーった!」
妹が水泳部期待の新人として持て囃されていると僕が知るのは、夏休みが明けてからのことになる。