彼女の機嫌を損ねてみれば、僕の親父の首が飛ぶ。
「良いなぁ高山は。あんなに綺麗で、しかもお金持ちの幼馴染がいるなんてよ」
そんな台詞を、今まで何度聞いたことか。
確かに僕──高山戒道には綺麗でお金持ちな幼馴染がいる。
だがそんな上っ面だけを見た形容詞に何の意味がある。
男たちがため息混じりに並べる美辞麗句は、彼女の本質を何も理解しちゃあいない。
「それはさ、彼女の機嫌を損ねたら僕の親父の首が飛ぶってことを知った上で言ってるのか?」
だから僕は言ってやりたい。
確かに僕と彼女は幼馴染ではあるけれど、そんな簡単な話じゃないんだと。
***
「カイ、よく聞け。今からお隣さんが引っ越しの挨拶に来る予定になっているが……くれぐれも、くれぐれも失礼の無いようにな。頼むぞ」
小学校五年、春のある日。
泣きそうな顔の父に両肩を掴まれて懇願された時のことを覚えている。
いつも穏和で落ち着いた雰囲気の父が初めて見せるちょっと情けない姿に、頭が酷く混乱したからだ。
聞けば隣に越してくるのは父の上司であるとのこと。
僕はもし厳しいことで有名な校長先生とご近所さんになってしまったら……と想像するとかなり嫌な気持ちになったので、父の心労は実に如何ともし難いものだったことだろう。
しかもこれは後々になって理解したことだが、その上司とは業界一位の大手食品メーカーの代表取締役社長であり、その末端子会社の雇われ社長が父だったので何と言うべきか本当にご愁傷様という感じだ。
日本経済を牛耳る企業群の一角、そのトップ。
僕らにとっては殿上人と言っても差し支えない。
「ほ、本当に……頼むな……」
「お、おう……」
その後、生命力の著しく高そうな大柄の男──大社さんが蕎麦を片手に我が家を訪れた。
筋肉質で日に焼けたその姿。見たら判る、体育会系だ。
学生時代書道部だった父は、大社さんに背中をバンバンと叩かれながら力のない笑みを浮かべていた。
父が胃薬を懐に常備し始めたのはこの頃からだ。
「あなた……だれ?」
そして、大社さんの陰に隠れながら慎重にこちらを窺う少女。
雪のように白い肌、針のように細い体。触れるだけで消えてしまいそうな儚さ。
彼女と出会い、僕の──が始まったのも、この頃からだ。
***
「カイ、売店に行ってフルーツサンドを買ってきてくださいな」
「……………」
高校二年の春。
長かった四限の授業が終わり、待望の昼休みが始まってすぐ。
隣のクラスから当たり前のように僕のクラスにやって来た彼女は、注目するクラスメイトの目の前でそう言い放った。
「……雪子、いつもの弁当は?」
大社雪子──それが彼女の名前だ。
僕の幼馴染であり、父の上司の娘でもある。
「忘れました」
「自分で行くという選択肢は……?」
「嫌なら別に良いのです、ただそうなると──」
「いや大丈夫だ、僕が行く。だからその先は言わなくていい」
「そう? それなら良かったわ」
この会話で分かるように、親の力関係は子の力関係。
彼女が僕の家の隣に越してきたその日から、僕は彼女の子分か玩具か、まあそれに類する存在として良いように扱われてきた。
なにせ彼女の言葉一つで僕の父の首が飛ぶ、家族が路頭に迷う可能性だってある。
もう六年の付き合いになるのだから軽率にそんなことをする人間でないことは知っているが、無視できるようなリスクでもない。
「いつものところで待っています。あ、あなたのお弁当は私が持っておくわ」
「はいはい……って、そもそも売店にフルーツサンドなんか置いてたか?」
「今週限定のフルーツフェアの目玉らしいわよ? さっき桜に聞いたの」
「ふーん……そんなのあるのか」
桜というのは彼女の友人である島津桜(陸上部)。
またこの学校はお金持ち私立なのでよくイベント事に金を出すので、毎週毎週何かしらやっている。
目敏く情報を追っていないと興味のあるイベントに乗り遅れることが稀によくある。
「それと、個数限定だから早くいかないと売り切れてしまうわよ?」
「そういうのは先に言ってくれ!」
テンプレとも言える「パン買って来いよ」に対し、勢い良く椅子から立ち上がり財布を片手に脱兎の如く駆け出す僕の姿は真にパシリ。
「頑張ってね」
気軽に言うな、と言う暇もなく。
教室を飛び出し廊下を走る。人波を縫うように進み、階段は十三段飛ばし。
足が痺れる。
こんなのばっかりだ。
学校でのパシリや荷物持ちは序の口、休日にだって自由は無い。
呼び出されて、走り回って、いつしか体力も鍛えられた。
「もしかしたら、アメフトの世界で英雄になれるかもしれないな」
なんて。
***
ご飯を食べたり、未成年の主張をしたり、飛び降りをしたり。
学校の屋上というのは青春物語の定番ともいえる場所ではあるが、実際に学生に対して屋上を解放している学校は多くない。
僕の学校でもそれは同じで、他の例に漏れず屋上を封鎖して──いなかったりする。
うん、普通に開放されている。
春や秋といった過ごし易い季節には昼休みに屋上で昼食を取る学生も少なくない。
そんな屋上の穏やかな日差しの当たる、いつもの定位置で彼女はシートを敷き静かに座って待っていた。
「お帰りなさい、待っていたわ」
「……ただいま」
僕は黙ってビニール袋を差し出す。
彼女はそれを受け取って中身を覗き、そして尋ねる。
「……これは?」
「クリームパンとストロベリーヨーグルト……」
「私はフルーツと言わなかったかしら?」
「っ限定十個だったんだぞ!? あんなの授業が終わってよーいドン、じゃないと間に合う訳ないだろう!?」
息を切らせながら売店に辿り着いた時には既にフルーツサンドは売り切れていた。
フードコートには前々からフルーツサンドを狙っていた者や、たまたま体育終わりで売店に早く来れた学生などがその甘さに舌鼓を打つ姿があった。
というか限定十個はいくらなんでも少な過ぎるだろう。
全校生徒二千人超えてるマンモス高校だぞ。
「あら、そうだったの?」
「……そうだよ。しかも島津の奴、僕の目の前で最後の一個を掻っ攫って行ったぞ」
途中で売店に向かって走る姿を捉えたが追いつくことはできなかった。
島津が「ごめんね~」とニヤニヤしながら煽ってきた時は思わず引っ叩きそうになったが溢れる自制心で我慢した。偉い。
「まあ、桜も意地が悪いわね」
「本当にな」
あいつ絶対去年の体育祭のリレーで僕のチームに負けたこと根に持ってるよな。
僕だけの所為じゃないのに。
「でもそう……桜に負けたと言うなら仕方ないわ。カイには少し難しいことを言ってしまったようね」
「む」
なんだか少し引っ掛かる言い方だ。
「いえ、あなたが悪いのではないのよ? あなたの能力を過信してしまった私のミスね。うちの子会社の人もよく言っているわ『使った俺が悪い』ってね」
子会社ってかそれ球団だろ。監督だろ。
というかその、あれだ。
「待て、僕はあいつより速いぞ」
「でも、負けてしまったのでしょう?」
「条件が同じなら勝ってた」
「だけど、ここにフルーツサンドは無いのよね……」
「ぐっ……」
そうだけど。僕は負けたけど。
確かにそうだけど。
「……明日だ」
「明日?」
「フェアは一週間だ。明日は勝ち取ってやる、見てろ」
見縊られるのは嫌いだ。それぐらい僕にだってできる。
「ふふっ、期待しているわ、カイ」
ふっと微笑を浮かべる雪子。
「……くそっ」
宣言した後に乗せられたことに気づくあたり僕も学習しない。
「まあ明日のことは明日案じよ、ね。ご飯にしましょう?」
その言葉に頷いて、彼女が敷いたシートの上に腰を下ろす。
昼休みは一時間だ、のんびりしているとあっという間に終わってしまう。
次の授業の準備もあるしと、持って来た母の手作り弁当の包みを開くとその中身は──
「……………」
「お米と餃子と……だけ?」
横から覗き込んだ雪子が唖然としている。
敷き詰められた餃子と米。画面が白い。
弁当を開けるとそこは雪国だった、ニンニクくさいけど。
「いや、これは……クロレッツ……」
ミントタブ・グリーンライムミント。
緑茶ポリフェノール配合、息スッキリ。それが弁当箱に添えられていた。
「申し訳程度の口臭対策ね」
まじかあの母親、手抜きとかそういうレベルではない。
「一応聞くけれど、なんで?」
「昨日の晩飯は餃子パーティーだったから、その余り」
日頃の家事でお疲れの母を慰撫する目的で不定期に開催されるそれは、家族全員で母のために好物である餃子を皮から作ることになっている。
が、父も弟も妹も料理に関してはとんと不器用なので総数の七割を僕が作っていた。
ゆえに母の手作りですらない。いやまあ、別にいいんだけど。
「なんですそれ、聞いてません」
「さすがに晩飯を逐次報告する義務はないだろ」
「私に内緒で楽しそうなことをするなんて」
「別に内緒にはしてない」
「ずるい」
「ずるくない」
「減点」
「それは理不尽だろ!?」
「残り10pt。まあ大変、もう十分の一ね」
声音がまったく大変そうじゃないんだが。
中学生のある日から始まったポイント制度。持ち点は最初100ptだったが加点減点の基準も不透明だし、そもそも何の意味があるのかも知らない。
謎のカウントダウンを始めるタイマーとかあったら不気味で怖いだろう?
あれと同じ感覚だ。
「毎回聞いてるがそれ0になったら何が起るんだ?」
「さあ。ナニ、が起こるんでしょうね」
悪戯っぽく笑いながら雪子は意味深に言う。
深掘りしたいような気もするが、それをしてしまったら一巻の終わりのような予感もして、悩みどころだ。
「どうすれば加点されるんだそれは、減点しかされたことないぞ」
「私も餃子パーティーに呼びなさい」
「大企業の社長令嬢を庶民の餃子パーティーに呼ぶ勇気は中々だぞ」
日本のトップ企業の社長令嬢がスーパーで揃えられる素材で素人が調理した餃子を食べる光景を想像できるだろうか?
況や作る姿をだ。
「家族とはできて私とはできないと?」
「それは普通なんじゃないか???」
「もう何度か食卓にはお邪魔してるじゃない」
「いやその日は通常の五倍は手間と金を掛けてるからな?」
いくら家族ぐるみの付き合いだとしても、上司の娘に滅多なものを食べさせるわけにはいかない。
そういう時は前日から商店街を走り回って、まさしくご馳走を用意しているのだ。
僕の家もそれなりに裕福だが、それなりに痛い出費だ。基本的に父の財布から引かれてるので僕自身は全く痛くも痒くもないのだけれど。
「むぅ……」
頬を膨らまし不満を表現する雪子。
「そんな顔しないでくれ。君に下手なものを食べさせると僕が立花さんに怒られる」
「春の言うことは気にしないでといつも言っているじゃない」
「無理だよ、なにかあったらすぐ電話で説教が飛んでくるのに」
「春……私に隠れてなんてことを……」
僕と彼女が言う立花春さんとは大社家の秘書兼お世話係の妙齢の女性だ。
能力と忠誠心が高く厳格な性格で、忙しいご両親に代わり「何をするにもまず立花」という取り決めが大社家にはあるらしい。
当然僕も面識があり、まあ色々と、釘を刺されている。
「あの人だって君のために言ってるんだ。邪険にすべきじゃない」
「それは理解してますが過保護が過ぎます。門限が五時なんて、小学生でもあるまいし」
「撤回させたじゃないかそれは、僕の人権を利用して」
高校生になっても門限五時を定められた雪子は、僕をお供に連れまわすことを条件に門限を十時までに延ばすことを立花さんに認めさせた。
そこに僕の自由意思なんて無かったし、そもそも事前に一度も相談すらされておらず事後承諾を強いられた。
そして地獄の門番のような形相の立花さんに「お嬢様にもしものことがあった時は……言わずともわかりますよね?」などと脅された時はこの世の理不尽を嘆いたものだ。
大人って怖い。
「そうね、ありがとう。カイ」
「………どういたしまして」
皮肉のつもりで言ったのを真っ当に返されると少々恥ずかしい。
「それはそうと、その餃子、カイが作ったのよね?」
「まあ、うん」
「食べたいのだけれど」
言いながら雪子の視線は餃子に向けられている。
え、これか?
「クリームパンとの食い合わせは最悪だと思うけど」
言いながら伸びてきた手から弁当箱をさっと引き離す。
「むむ」
「それに冷えてるし、にんにく多めに入ってるし」
まだ授業があるのにそれは拙いんじゃないか、と言外に伝える。
「でもあなたの手作りなのでしょう? 一個ぐらいなら……」
「君に手料理を馳走するならもっとちゃんとした物を作る。なんなら今日でも明日でも良いけど、これはちょっと抵抗があるな」
父と立花さんから半端なことをするなと言われているが、こちらとしてもやるからには徹底的にがモットーだ。
この餃子が不味いとは言わないけれど、彼女の口には不適切に思える。
そしてなにより、
「しかもこれ、母さんが酢醬油入れ忘れてるからあんま美味しくないよ」
弁当箱を逆さに振っても例の鯛は出てこない。
とことんやる気0な母だった。
「………我慢します」
雪子は微妙な表情で少し項垂れた。
「それはなによりだ」
「でも、約束ですよ。手料理ご馳走してくださいな?」
「リクエストがあると有り難いね」
「そう? それなら──」
他愛ない会話を続けながら、弁当を腹の中にかき込む。
頭の中では、明日の献立とレシピを考えながら。
***
帰りのHRも終わり帰宅部待望の放課後、所属している仕事も済ませあとは帰るだけとなった。
鞄からスマホを取り出してイヤホンを装着、この学校はかなり校則が緩いので特に誰かに咎められることはない。
お気に入りのプレイリストを流しながら上機嫌で正門を通り抜けると、突然何かが背中を強打した。
「いぐあっ!?」
膝から崩れ落ちるほどの衝撃。
背中を押さえながら後ろに視線を向けると、そこには露骨に不機嫌そうな顔をした雪子が立っていた。
「一時間も待たせておきながら無視とは良い度胸ね」
「……ゆ、雪子か。今日は委員会があるから先に帰ってくれって連絡したじゃないか」
「嫌と返したはずだけど?」
「え、」
慌ててスマホを確認する。
……本当に連絡が入っていた。煩わしい奴がいて通知を切っていたのが裏目に出たか。
これは……全面的にこちらに非がある。
「あなたに委員会があることは私が一人で帰る理由にはなりません。早く立ちなさい、今日は行きたいとこがあるの」
「……でもそれなら昼に言ってくれれば良かっただろ」
痛みでちょっと涙目になりながら言う。
……いや本当に痛いからな。クリティカルだ。
「午後にクラスでミスタードーナツが話題になっていたの。なんでも有名な洋菓子店とコラボしてるとか。それにたぴおかみるくてーなるものも気になります」
「……流行りではあるけど、ちょっと乗るのが遅くないか?」
「む」
そう言うと雪子は少しだけ唇を尖らせる。
これは内緒なのだが一見取っつきにくい容姿と性格をしている彼女は友達が少ない。
加えて箱入り傾向ということもあり、流行に対して疎いし一歩目が遅い。
ついこの間まではLINEも知らなかったし、そもそもガラケーを使っていた。
「良いでしょう別に、美味しそうだったんですもの……」
拗ねられた。これは申し訳ない。
「悪かったよ、行こう。……でもミスドの方は人気だから売り切れてるかもしれないし、タピオカの方は人気店だとかなり並ぶことになるけど……大丈夫なのか?」
「構いません。カイが一緒ならね」
「………………」
うんともすんとも言い難い。
たまにこれが来るから、こわい。
「さっ、行きましょう?」
観念して、彼女と共に並んで歩き始める。
時刻は五時半を回っていた、遅くなると家族のLINEグループに報告しておく。
秒で妹からひらがな一文字の返信が届く。
ついでに立花さんにもできるだけ遅くならないようにしますと業務連絡。
これまたすぐ既読が付いて可愛らしい赤ずきんのスタンプが押された。逆に怖い。狼は殺すとでも言いたいのだろうか。
「そういえばカイ、さっきは何を聴いていたの?」
「ん? ああ、洋楽だよ」
「本当に好きね、私も聴いてみて良いかしら?」
「別に良いけど君が普段聴いてるような音楽じゃあないぞ」
「だからよ。新規開拓は大事です」
「……じゃあ、片耳だけ拝借」
雪子にイヤホンを渡してプレイリストから適当にランダム再生する。
「落ちこぼれの少年って何かしら」
「なんで和訳した。Fall Out Boyだ」
「あ、この曲は知ってるわ。ベイマックスの主題歌でしょう?」
「あー……確かそう」
「このバンドの名前は聞いたことあります。ニュースでやっていたわ、この前ボーカルの方が自殺してしまったのよね?」
「嫌な憶え方をしないでくれ、僕は結構ショックだったんだ」
「合計四十一?」
「いやだから和訳しないでくれ。Sum 41だ」
「すぱそにすぴー!」
「Supersonic Speedな」
「……この曲はどこかで聴いたことがあるかしら?」
「ああ、Off springは色々なところで使われてるよ。Pretty Flyとかな」
「デン!デン!」
「デデデデーン!デーン!」
などと盛り上がっているとそれなりに時間が経過していた。
今の季節は日が長いが、あまり遅くなるもの良くない。
「案外楽しいのね、気に入ったわ」
「それは良かった。気に入ってくれたのならそのまま聴いてくれても良いけど、とりあえず歩こう。日が暮れる」
「あら本当。……では、はい」
言いながら雪子は笑顔でイヤホンの片一方をこちらに渡してくる。
「……なに?」
「イヤホン半分こ、実は憧れだったの」
「……恥ずかしいんだけど」
「そう」
笑顔は微動だにしない。
あれ、聞こえてない?
「あの、恥ずかしいんだけど」
「だから?」
あ、これ駄目なやつだ。「はい」しか選べない選択肢だ。
「一緒に聴きましょう? その方が楽しいわ」
「………………うん」
雪子は右、僕は左の耳にそれぞれイヤホンを着ける。
彼女との身長差はそれほどでもないので、歩くのに不自由はない。
だけど、腕を組んでくっついて歩くのは、凄く、恥ずかしい。
「このバンド名はどうなのかしら?」
「パパ・ローチは……まあ……」
***
これは詳細を省くが結論だけ言うとミスドは売り切れだったし、目当てのタピオカミルクティーは行列の長さと門限を考慮して断念することになった。
気休めにコンビニでタピオカミルクティーを買い、今は丁度良く近くにあった公園のベンチで休憩している。
時間帯的に人気はあまりない。
「想像より美味しくないわね、たぴおか」
「まあコンビニのだし、店のは違うんじゃないか?」
「そーいうものかしら……」
不機嫌だ。それはもう不機嫌だ。
目当ての物が手に入らなかったこと以上に、僕が少し目を離した隙に他校の男子にしつこく絡まれてしまったのが良くなかった。
立花さんに怒られ案件だろうか。校内ではめっきり減ったから気を抜いていた。
「もう帰ろうか?」
「んー……」
返事に気が入っていない。
ちびちびとタピオカを啜っている。
間もなく夕日も沈み、夜の帳が下りてくる。
この町は高級住宅街ということもあってそれなりに治安が良いのだが、最近隣の市でアウトローたちの活動が活発になっているらしい。
その影響かは知らないが、極稀にではあるがこの町に足を伸ばす輩が増えているという噂もある。
『おいおい良太くぅん……なぁんでお金持ってきてないのかなぁ?』
『だってもうお小遣い残ってな──ひぃ!?』
『じゃあ親の財布から盗んで来いよ! お金持ちなんだろ? ちょっとぐらいバレやしねーって!』
そうそう、丁度あんな風に。
見慣れない制服の三人組がうちの高校の学生を連れて公園に入ってきた。
なんとも古式ゆかしいカツアゲだ。伝統的とまで言える。
これだから、雪子を一人にしたくないのだ。
「まったくめんどうな……」
見てしまったからには無視もできない。
というか名前こそ知らないが被害者側に見覚えがある。確か同じ学年だ。
警察を呼ぶためにスマホを取り出す。
ダイヤルを開き1、1、0。と、その前に現在地の確認。
「雪子、110番するから少し下がっていてくっ……雪子!?」
スマホを片手に隣を見ると、そこに雪子はいなかった。
慌ててカツアゲ現場の方に目を向ければ、あろうことかそちらに向かって行く彼女の姿があった。
そして片手に持ったタピオカミルクティーを不良の一人に投げつける。
「不快です、消えなさい」
中身がぶちまけられ、タピオカまみれになった一人を他の三人が呆然と見つめている。
だから一人にしたくなかったんだ。さっきも平手打ちしてたし!
頭を抱えそうになったがそんな暇もない。
僕は急いで彼女に駆け寄った。
「なっ、なにをしているんだ君は!? 正気なのか!?」
「不良三人組が勝負を仕掛けてきたの。カイ、あなたに決めたわ」
「僕はポケモンじゃない!」
というか自分から喧嘩売っただろ。どう考えても。
「そこよ、はかいこうせん!」
「撃てるか!」
「ならつるぎのまいを」
「それならでき……ねぇよ!」
なんなんだ本当に!
目の前が真っ暗になりそうだ。もうすぐ夜だしね!
「……てめぇら、なにしてくれてんだよ、おい」
不良Aもバッチリ怒っているじゃないか。どうしてくれるんだ。
いや僕がどうにかする役回りなんだけども。
「兄貴の制服が汚れちまったじゃねぇか! クリーニング代寄越せやおら!」
意外にも真っ当な要求である。
「お前らこのあたりの人間だろ? 百万出せよ百万!」
馬鹿丸出しである。
しかしながら相手は三人。雪子を連れた状態では逃げるのコマンドは選べない。
加えてさっきまでカツアゲされてた奴どさくさに紛れて逃げやがったし。
あいつ、顔覚えたからな。
「どうするんだよこの状況……」
雪子を背中に隠しながら愚痴る。
「私は死なないわ、あなたが守るもの」
「君本当そういうところだぞっ!」
本当に、そういうところだぞ。
「大丈夫よカイ。きっとへっちゃらね」
「その自信は何処から湧いてくるのかね」
さっきから余裕の表情を浮かべているが、あれらが意外と強くて僕がボコられるとか想像したりしないのだろうか。
よしんば勝てたとしても僕がボロボロになるとか考えてはくれないのだろうか。
「だってあなたは私のヒーローだもの」
雪子が言う。
……考えてないんだろうな、そんなこと。
不敵な笑みと、揺るがぬ信頼。
「……まったく」
苦笑する。
「どうなっても知らないぞ」
本当に、彼女といるのは簡単じゃない。
***
翌日の学校。
教師の病欠により四限目が自習になったことで、僕は前の席の友人──木下と協力しながらプリントの問題を解いていた。
四十分が過ぎそろそろみんなの集中力が途切れ始める頃合い、木下も例に漏れず私語が増え始めた。
近くの女子グループの話題が恋愛事に移り変わった影響か、目の前のこいつはため息混じりにあの台詞を言う。
「良いよなカイは。俺にも雪子さんみたいな綺麗でお淑やかな幼馴染がいればなぁ……あんなことやこんなこと……」
空想上の幼馴染に思いを馳せ、恍惚の表情を浮かべるこの男は彼女の本質を何も理解してはいない。
「お前は僕のこの顔を見ても同じことが言えるのか?」
打撲と裂傷のフルコース。
包帯とガーゼと絆創膏にまみれたこの顔を見て、本当に同じことが言えるのか。
「……いや、うん、聞きづらかったからスルーしてたけど、どしたん?」
「ポケモンバトルごっこをさせられた、僕がポケモン役な」
いや自分で言ってて馬鹿みたいだな、これ。
「……勝ったん?」
「一応」
「……今日、ポケモンセンター行くか?」
「行くわけないだろ」
昨日の不良との喧嘩。
勝ちこそしたがボコスカ殴られたおかげで体の節々が痛い。
しかもあの後立花さんに滅茶苦茶怒られた。僕が。
次いで父にも怒られた、死にそうな顔をしていた。
あれほどの理不尽があるだろうか。
「なんか……どんまい……」
「もう一度聞くぞ。彼女の機嫌を損ねたら、何が起るか分からない。それでもお前は僕に同じ台詞が吐けるのか?」
真剣な表情で問う。
木下は、長い時間をかけて心の底からこの問題について悩んだ後、目を見開いてこう宣言した。
「でもやっぱ俺もあんな素敵な幼馴染が欲しいです! お前だって雪子さんがいない生活なんて考えられないだろ!?」
それと同時に、授業の終わりと昼休みの開始を告げる鐘が鳴る。
僕は苦笑しながら間抜け面の友人に向き直り、言う。
「よくわかってるじゃないか」
そして財布を片手に廊下に出ると、遠くに島津桜の走る姿が見えた。売店に向かっているのだろう。
窓を開けてそこから水道管伝いに飛び降りる。
今日こそは、フルーツサンドを手に入れるために。
Fall Out BoyとLINKIN PARKが好きです。
タイトルのリズムは「散切り頭を叩いてみれば、文明開化の音がする」と同じです。