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明日、晴れるかな?  作者: 夏みかん
第2話
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婚約の儀 2

ロールロールはここいらでは有名なケーキ屋であり、また、以前は雑誌に載ったほどの有名店だったこともあって味はかなり美味しい。いや、有名だった、が正しいか。というのも、代替わりをした際に店舗の改装を行い、2階に飲食施設を造ったはいいが、当初は雑誌掲載の人気でかなり潤いはしたものの、それも一過性にしか過ぎずすぐに閑古鳥が鳴く始末だった。今では明日斗たち学生が時折利用する程度であり、基本的に販売のみで生計を立てているのが実情だった。そのせいか、今、2階にいるのは明日斗、瀬音、りんご、サクラ、そして紗々音だけの状態だった。だがそう、ケーキと飲み物を持って席に着いたのと同時に祐奈が現れたのが偶然が、必然か。とにかく、今は6人となったフロアは午後2時を告げる鳩時計の声だけが響く無言の状態にあった。しかしながらそんな状態が長く続くはずもなく、この場を用意した紗々音がごほんとわざとらしい咳ばらいをし、偉そうに肘をテーブルに着いた状態で手を合わせて指を組み、それを顎に乗せて全員を見た。


「今日、集まってもらったのは他でもありません。婚約の儀式というのがどういうものか、私はもちろん、おにぃもよく知らないので瀬音さんに説明を求めたものです」


まるで議長のように淡々とそう話す紗々音にどこかうんざりした面々だが、婚約の儀に関しては知りたい欲求が強いために何も言わない。そんな議長の視線を受けた瀬音が苦笑し、それから祐奈へと目を向けた。


「説明は構いませんが、何故、高垣先生まで?」

「興味があるから」

「呼ばれてもいない人間に話すことはありません」

「あなたの婚約に異議を唱える者、ですし」

「教師が生徒に恋だなんて・・・恥、では?」

「言ったでしょう?恋ではありません・・・異議を唱えると」

「それは彼を好きだから、では?」

「違います!」

「どうでもいいけど、瀬音さん、話、進めてもらっていい?高垣先生もまぁ、おにぃを好きってことで」

「ちょっ!なんで?」

「まぁまぁ、素直になりましょ。おにぃもここへきてモテ期到来とは・・・で、儀式に関してどうぞ」


紗々音の視線を受け、深いため息をついた瀬音は全員を見やった。興味津々な紗々音に対し、残りの女子は皆が敵対的な視線を浴びせてくる。当事者である明日斗はただぼんやりとした顔で自分を見つけているのみでそこに感情らしいものは見えなかった。だからか、瀬音は小さく微笑み、それから咳ばらいを1つしてみせた。


「正直、私も伝聞でしか知らないわ。ただ、自分で決めた結婚相手がいる場合、婚約の儀に両親にその方を披露するのが決まり。そういう人がいない場合、親族、両親や祖父母が婚約者を連れてくる。古いしきたりに従って、両親が決めた許嫁がいない場合はそれで決まり、そうでない場合・・・・」


そことで一旦言葉を切る。皆がゴクリと唾を飲む中、瀬音は静かに両目を閉じた。


「当事者、親族の決めた婚約者とが力比べをするの」


なんじゃそりゃと小さく呟くりんごの言葉に、サクラも祐奈も無意識的に頷いた。力比べとはまた原始的な、そう思えたからだ。


「力比べって?腕相撲でもするのかい?」


静観していた明日斗の言葉に苦笑し、瀬音は小さく首を横に振った。そして簡単な説明をする。室町時代に商人の地位を築いた石垣家は武士の家に取り入り、戦国時代では武器を売る商売をして富を得、江戸時代には幕府に絡む商売で大きく発展を遂げてきた。大名の娘や息子との政略結婚も当たり前に。だが、自由を求めた当事者が愛する相手を連れてきた際、家が決めた相手と力を競わせたそうだ。腕っぷしが強い相手を求めるのは時代のせいだろう。剣術、棒術や槍に薙刀、弓もその対象だった。とはいえ、当時は剣術が当たり前の時代であり、勝てば結婚、負ければ死の世界。その風習は明治になっても変化せず、廃刀令に従って空手や柔道、あるいは剣道によって決めてきたと伝えられている。


「今では何をするかは知らないわ。私の代まで、70年は皆、親の決めた相手と結婚してきたから。私の両親もね」

「70年・・・時代錯誤ね」


祐奈の声に暗さが見えた。今のこの時代にそういう制度を取り入れている、それは時代錯誤以外の何物でもないからだ。だからか、皆が黙り込む。


「父は当主となり、そういう制度を無くしたかったようですが、引退後も強い権力を握っていた祖父がそれを許さなかった・・・でも、父の跡を継ぐ兄は大きな改革を行う気でいます。父も何も言わないでしょう」


明るい顔を見せた瀬音に恋敵たちも表情が緩んだ。


「んー、じゃぁ、会長の親は婚約者を用意してないの?」


紗々音の能天気な言い方にハラハラするサクラだが、瀬音は小さく微笑みを浮かべるだけだ。こういう紗々音の部分を気に入っている、そんな笑みを。


「祖父が指名した相手がいるとかいないとか、それは当日にならないとわからない。でも、あなたは強い。だから心配はしていないわ」

「剣を持った相手とは戦いたくないけどね」


水を口にする前にそう言う明日斗に不満げな顔をしたのは紗々音だ。そんな紗々音の顔を見ず、瀬音はりんごへと視線を送った。


「確かにあっくんは強いけど・・・相手はもっと強いんじゃ?」

「祖父が約束した相手がいたとしても、その家柄にそう強い者はいないし、闇の者を雇うお金もないはず」

「闇?」


その響きにゾクリとしたものが走るりんごや祐奈と違い、紗々音は興味津々といった顔をしている。やはり兄とは違って好戦的だと思う瀬音は1つ頷き、簡単な説明をしてみせた。


「昔は闇の格闘家などを金で雇い、代理人として当てがったそうよ。今はどうかしらないけど、ようするに殺し屋みたいなものね。かといって殺してはダメなルールがある。事故による殺害はあっても、故意的な殺人は禁止」

「偶然に見せかけた故意の場合は?」


珍しく目を鋭くした明日斗に、瀬音は嬉しそうな顔をしてみせる。明日斗ならば、そういう笑みだが、当人にはその意図は伝わっていない。


「昔はあったでしょうけど・・・今は、ないでしょ、騒ぎになるでしょうしね」

「ったく・・・おっそろしい事に巻き込まれたもんだ」

「あら、あなたは私が指名した際に断ればそれでOKだったのよ?」

「えっ?」

「はぁ?」

「ええっ!」

「うん?」

「はぁ・・・?」


瀬音の思いがけない言葉に紗々音が、りんごが、サクラが、祐奈が、明日斗が声を上げた。


「ちょちょちょ、ちょっと待って!じゃ、じゃぁ、あの時、あっくんが断っていたら?」

「まぁ、私も簡単に引き下がりはしなかったけど、こんなにすんなりはいかなかったでしょうね」


優雅に紅茶を飲みつつそう言い切った瀬音を尻目に、紗々音以外の全員が明日斗を睨みつけた。あの時、ちゃんとした意思表示をしていればこうならずに済んだ可能性が高い。何より、その後もだらだらと流されてきた結果がこれなのだ。りんごもサクラも、そして祐奈もイライラが募ってくる。


「あっくん!なんであの時断らなかったの?」


強い口調のりんごが怒りの目とオーラを明日斗にぶつける。困った明日斗が視線をそらせた先にはジト目で睨むサクラがおり、仕方なく別方向へ視線を逃がせば、今度は冷たい目をした祐奈を見る結果となった。仕方なくうなだれる明日斗に対し、彼に恋する3人からの非難は終わらない。


「あっくんは昔からそう!意志薄弱、優柔不断!男としてどうなの?」

「明日斗先輩、サイテーですよ!」

「授業もそうだけど、もっとこう積極性をもって!」


やいやい言われる明日斗を横目に、紗々音はずいと瀬音に向かって身を乗り出した。


「婚約の儀、さっきの話から対抗馬はいるって考えていい?」

「さぁ、こればっかりは・・・両親や亡くなった祖父の意志は私には知らされないから、当日まで」


紅茶のカップを置く瀬音に対し、紗々音はニヤリとした笑みを浮かべる。それ見た瀬音は背中を走る冷たいものを感じつつもそれを決して表に出さない。それは瀬音が生きていくために必要なスキルであり、自然と身に着けた特技だ。そう、この世に頼れる者などいない。ただ一人、兄を除いて。


「でも、その割にはおにぃを選んだのは強さ、だったよね?まぁ、当日が楽しみ」


核心に迫る紗々音の言葉にすら薄い笑みを返す瀬音は、木戸の女は鋭く怖いという認識を強くした。紗々音も、その母親も只者ではない、そういう意識を強くしたのだ。


「さあ、あっくん!いま、ここで、この女にノーをつきつけて!」

「今更無駄よ。彼の母親もOKしたから」

「おじさんは?おじさんはなんて?」

「あー、父さんもOKしたって言ってたよ」


明日斗に詰め寄るりんごに対し、紗々音の言葉はあまりにも非情であった。


「ちなみに婚約の儀は2か月後。ちょうど今から、ね。準備はしておいてね、あなた」


にこやかにそう告げる瀬音に対し、うなだれるしかない明日斗はここへきてもまだ自分の意志がふわふわしていることを認識していた。人として欠落している自我を疎ましく思いつつ、なるようにしかならない、そう思う自分をまた受けいれつつ。

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