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明日、晴れるかな?  作者: 夏みかん
最終話
61/62

明日の音 5

この屋敷に戻るのも2ヵ月ぶりのことだ。海外出張は慣れているとはいえ、こんなに長期に渡って家を空けたのは何年ぶりだろうか。どこか懐かしさを感じつつ、やはり日本の夏は特殊だと思う。いや、そもそも

今年もまた異常な暑さのせいだろうか。和風でありながらも新しめの扉をスライドさせ、りんごは石垣本家の家の匂いにほっとした自分を自覚していた。やはりここは落ち着く、そういう自分に。


「ただいまぁ」


言いながらヒールを脱ごうとすれば、奥から小さな足音が響いてくる。今日も彼が一番のお迎えかと思いつつも顔がにやけてしまう。


「りんごぉ!」


舌っ足らずな言い方がまた母性本能をくすぐる。奥からやってきたよちよちした歩き方の男の子を抱きしめ、りんごはその頬に自分の頬を当ててスリスリする。


まこと!ただいま!」

「おかーり」

「いい子にしてた?」

「いい子、した」


小さい割によく話すのは母親似だと思う。りんごは荷物を抱えつつも真を抱っこしたまま奥に進んだ。そうしてリビングに入れば、眼鏡をした顔を上げるサクラがほほ笑む。


「おかえりなさい」

「ただいま。お土産あるよ」

「ニューヨーク土産?」

「フロリダも行ったからね」

「またチョコレートじゃないでしょうね?」


テーブルの上のノートパソコンを少しだけいじるとりんごに向き直り、真を受け取って抱っこした。2歳になると男の子も重さを感じるようになったと思う。


「社長は?」


スーツケースを開けながらそう言うりんごに対し、サクラは黙ったままで2階を指さした。その仕草に苦笑し、まずは真へのアメリカのおもちゃのお土産を取り出して手渡した。


「お母さん、呼んできて」

「うん」


そう言うと真はよたよたしながら廊下に出ると、ゆるやかな階段を這うようにして上がっていく。生まれてからこの屋敷にいるのだ、落ちる心配を誰もしていないのがどこか怖い。しかし今回はおもちゃを片手に行ってしまったこともあって、サクラが付き添いをした。それに、母親のことも気になるからだ。もう丸2日部屋から出てきていない。トイレに行っているのは知っているが、風呂も入っていない。数か月に一度はこうなるのは理解しているが、さすがに今日は強制的にでも外に出そうと決めていた。


「祐奈!開けるよ?」


部屋のドアに『開けたら殺す』と汚い字で書かれた紙を貼り付けているが、そこは無視してサクラはドアを開いた。照明が煌々と点いている中、3台のパソコンを睨みながら怒鳴るような声で電話を切った祐奈はぼさぼさの髪をうなじでくくった姿を回転させて目の下の隈を浮き彫りにした顔をサクラと真に向けた。


「かーたん、こえ、おもちゃ」

「おー!よかったねぇ・・・ってことはりんご、帰ったの?」

「さっき」

「そっか・・・もうそんなかぁ」


愛する息子を抱きかかえて頬ずりするが、その息子はイヤそうな顔をしている。


「くちゃい」


そりゃ3日程度風呂に入っていないのだ、臭わないわけがない。


「そう?」

「臭い・・・・お風呂沸かしたから、入って」

「でもなぁ・・・まだ、片づけてないんだよ、この銘柄」


そう言いながらパソコンのモニターをこんこんと叩く祐奈だが、嫌そうに離れる真を見て心が痛んだのか、重い腰を上げた。関節があちこち悲鳴を上げている。


「とりあえず2千万の儲け・・・・2年前に石垣家を立て直してから総額2臆の資産増額」

「勝率、低くない?」

「しょうがないでしょ?こっちが頑張っても、不動産の方が振るわないんだし」

「りんごも頑張ってるんだけど、ね」


そう言い、真を抱いて部屋を出るサクラに苦笑する祐奈は一旦自分を匂うような仕草をしてから部屋を出た、一旦リビングに顔を出してりんごにおかえりを言い、それから7年前に改装した大浴場に向かった。明日斗たちが高校を卒業後、この石垣本家に全員が住み込んで各自の事業を分担して今に至っている。株に関しては新会社を立ち上げ、祐奈が社長になって高石垣証券として株の会社を運営している。不動産に関しては意外な才能を見せたりんごが取り仕切り、現在は元々あった石垣家の不動産管理に加え、手広く世界にも展開する手腕を見せていた。明日斗たちが瀬音の病室で高らかに立て直しを宣言してからちょうど5年で石垣家はそれに成功し、かつての威光を取り戻していた。さらにそこから3年、今や石垣グループは日本でも有数の企業グループとして名を馳せている。


「どうだった、アメリカさんは?」


風呂から上がった自分の傍に近づいて匂いを嗅ぐ真を膝に乗せ、祐奈は濡れた長い髪を拭きながらそう尋ねる。


「以前石垣が所有していた土地の一部を売ってリゾート開発したいみたいだけど、アレじゃぁね。たたき売りになっちゃうから損こくって話」

「断ったの?」


冷たい飲み物を用意したサクラの問いかけに、りんごはにやりとした笑みを浮かべて見せた。


「これじゃ話にならないよって、そしたら、まぁ妥協できる値段まで来たからもう少し」

「そっか」

「不況だウィルス騒ぎやらで、どこも打撃受けてるからね・・・ウィルスは収まっても、不況は長引きそう」

「そう。株も似た感じかなぁ」

「マイナスだけは出さないようにしないとね」

「サクラの広告会社の方は?」


仕事の話に退屈したのか、真はお土産のおもちゃを手に奥にある自分の部屋に戻っていった。


「こっちは順調。だけど、新人タレントを使いたいってうるさいのよね、最近はどこも」


サクラは瀬音の融資を受けて広告会社を立ち上げて運営している。地元の活性化を目的にしてきたが、それが達成されると全国を相手に仕事をしている。今では大手が嫌がる仕事を引き受けてくれるということで需要も上がってきている。


「ってことは・・・どうするの?」

「あぁ、うん、どうしよっかなぁって」

「順番的には私なんだけどね」


言葉を濁すサクラの隣で不満そうな声を挙げるりんごだが、今の状況では仕方がない。元々、3年前に4人で話し合った結果なのだから。


「じゃぁ、私の2人目が先かな?」

「それはない」


祐奈を否定する言葉をハモらせ、2人は顔を見合わせた。


「仕事しながらでもどうにかなるよ?私がそうだったしさ、あんたは実家もそこなんだし」

「産むまで時間はあるけど、その時忙しくなったらアレだしなぁ」

「その時は当主に代行してもらえば?」

「それはなんかヤだ」


そういう面は変わらないなと思う。あの3年前にモメにモメた時もりんごが折れなかったせいだ。でも結局は今に至っているのだから取り決め通りにすればいいのにと思う。


「でも、冗談で言ってたことが本当になるなんてね」

「うちの親もあほだったってこと」

「理解がある、ってことでしょ?」


昔を懐かしんでそう言う3人は3年前の取り決めを思い出す。突拍子もないことが決まったのも、全部は運命だったのかもと思える。石垣家を宣言通り5年で立て直し、確かにそれまでは駆け引きがあったとはいえ明日斗が頑なに拒否したこともあって恋愛関係の発展はなかった。現に一番近くにいて一番一緒に仕事をしていた瀬音ですら相手にされなかったほどに。そして晴れて恋愛解禁となったあの日、全員で会議を実施した。その結果、全員がシングルマザーの決意をしたのだ。もちろん、サクラもりんごも両親の承諾を得た結果ということになったが、両親は意外とすんなり承諾した。理由としては木戸の家を理解しているということ、そして娘の意向を大事にしたいということだった。なにより、この田舎では皆が皆彼女たちの関係を熟知しているせいもある。年長者である祐奈は子供を欲しがり、そこでまずは祐奈が最初に出産したのだった。次は順番から行けばりんごなのだが、今は仕事が面白く、そこまで子供が欲しいとは思っていない。


「まぁ、あっくんが戻ったら話してみる・・・・ってかさぁ、あの2人、本当に結婚しなくていいのかなぁ?」


かつてはそんな言葉も口に出したくなく、認めたくもなかったが、今ではここに住む全員が家族なのだ。


「子供が出来たら瀬音さんの戸籍にって話だけど、それでもまぁ、離婚前提に結婚すればいいのにね」

「祐奈が先に産んでなきゃ、それも出来たと思う」

「なに?私、悪者?」

「でも実際、結婚したらさ、先に生まれた真クン、可愛そうな気がする」

「そうねぇ」


サクラの言葉に納得するしかない祐奈だが、それでもどこかモヤモヤしてしまう。石垣家が予告通りに5年で立ち直ったのも全てはあの2人の頑張りがあったからだ。そう、あの2人は本当によく頑張っていた。あちこちを回り、頭を下げ、石垣家の全てを調べ、そして祐奈たちに指示をして。その5年間を見ているからこそ、2人は一度結婚すべきだと考えているのだ。


「やっぱもう一度、話しよう」

「そうだね、私の妊娠の件も含めて」

「だったらもう私も同時期がいいかも」

「あーそうだね、その方が何かといいかも」

「私の2人目も!」

「決まりではあと2年先!」



見渡す限りの青い海が陽光を反射してきらめいている。潮風は穏やかで、長い髪を揺らせては心地いい気分を盛り上げてくれていた。ここはこの数年で観光地として復活を遂げた島だ。リゾート地でありながら豊かな自然を保っていることで有名な波島にほど近い小さな島だが、数年前まではリゾート開発も半ばで断念し、人口も大きく減らしてしまった場所となっていた。その上での不況が追い打ちをかけ、大手の開発企業などが手を出すこともなく、このままひっそりと過疎化を待つばかりであった。そんなこの島の再開発に乗り出したのがこの島の一角に土地を持っていた石垣家であり、そのグループ会社である石垣開発だ。グループ企業としては発足して間もないその会社は石垣グループ会長である瀬音が直接音頭を取ってこの島の再開発に乗り出した。社員の反対を抑え込み、自らが先頭に立って積極的に開発を推し進めることで島のリゾートは波島とは一線を画したもので人気を博し、今では有名になりつつある。人も増え、島の自然も綺麗に整備されるその様を満足げに見つつ、隣にやって来た明日斗から冷たい飲み物を受け取った瀬音は満足そうな笑みを浮かべて見せた。


「ここはもう会社に任せても大丈夫ね」

「ってか、会長が音頭取りすぎ・・・・俺がどれだけ大変だったか・・・」

「それが統括組織の長たるあなたの仕事でしょう?」

「そうですけど、社員、島民、会長に挟まれる身にもなってほしい」

「それが仕事だって、あなたの」


もう何も言う気になれず、明日斗は黙って海を見つめた。こうして2人で出張など珍しくもなく、かといって甘い雰囲気になることはない。祐奈との間に子供を作ることも、りんごやサクラとの今後のことも全て瀬音が決めたことだ。明日斗は誰のものでもない、そういう風に。


「瀬音・・・・・大事な話がある」


珍しく真面目な声を出す明日斗にニヤニヤした顔を向ける。こういう時は仕事の話ではないとわかっているからだ。おそらく、りんごとの子供をどうするか、そういう話なのだろうと思う。


「結婚しよう」


だからその言葉は予想外だった。そもそも、石垣本家が立ち直った際にそういうことは無しという風に決めたはずなのだから。


「石垣家にはちゃんとした跡取りが必要だ。石垣の名を持ち、ちゃんとした両親を持った跡取りが」


明日斗も瀬音の思考を読んで先にそう言う。確かにそれは理解している。シングルマザーで本家の跡取りを、となれば今は力づくで黙らせた親戚たちがまた動き出すだろう。


「じゃぁ、真くんはどうするの?かわいそうでしょ?りんごとサクラの子も」

「それはちゃんと説明する・・・・町の人たちも理解してくれている。それが世間的にどんなに異常なことであっても、それでも俺はそうしたい」

「彼女たちが怒るわよ?」

「逆だよ、それを望んでる」


もっとも、一時的な結婚で離婚を望んでいるとは言わない。だが瀬音は少し考えるような仕草をして海を見つめた。結婚はしたい。でもそれはみんな同じはずだ。みんな一緒に苦労し、ここまできた。それなのに自分だけがちゃんとした幸せを手にすることは出来ない。


「あなたの提案はうれしい・・・でも、本当にそれでいいの?あなたは木戸の長男なのよ?」

「婚約者に指名されてすぐ家に来た時、母さんは言ったよね、別に構わないって」

「・・・・それは継承者が紗々音ちゃんだから。それはそれでしょ?」


そう、そういう意味での後継ぎは紗々音の子になる。もっとも、紗々音は彼氏はいるが結婚する気はまだないようだ。


「だからだよ。紗々音は婿を取って名を残す。だったら、それでいい、木戸の名は残るし、木戸無双流も安泰だ」

「だから真くんを鍛えないの?」

「俺は名を継いでないし、別にどうでもいい。力はあっても使うことなんて人生に1度あるかないかだ」

「・・・・ふぅ」


何を言っても無駄かと思う。だからといって受け入れられない。それもあって次の言葉を聞くまでは心が揺らぐことはなかったのに。


「俺はあなたが好きだ・・・みんなには悪いけど、本気で好きなのは瀬音だけ」

「怒られるわよ?」


嬉しそうにしながらも口調は冷めている。それがわざとであると認識している明日斗はそっと瀬音を引き寄せた。瀬音もされるがまま、密着を強める。


「他の3人も好きという気持ちはある、普通にね。でも、瀬音は特別なんだよ。でなきゃ、あの俺が仙人を倒そうと、立ち向かって倒すなんてこと、できなかった・・・・本気で好きな人をなんとしても守りたいって思った結果だ・・・石垣家を救いたいと思ったのも、全部」


その言葉に偽りはないだろう。だから瀬音はぎゅっと明日斗に抱き着いた。


「石垣明日斗になる決意、ある?」

「さっき言った通り」

「私を、みんなを、幸せにできる?」

「出来ると思う、きっと・・・まぁ、あの3人を説得するのが大変かもね」

「それに、世間的に冷たい目で見られるよ?」

「今でも同じだよ、だから構わない・・・それが俺だから」


その言葉に満足そうな顔をし、瀬音は少しだけ明日斗から離れた。そしてそっと目をつむると少しだけ顔を上げる。その頬に触れ、それから明日斗は瀬音の唇に自分の唇を重ねた。いつ以来だろうと思う。そして鮮明に思い出す。あの日、婚約者の宣告を受けた時のキスを。


「明日、帰りたくなくなっちゃったなぁ」

「雨だと船が出ないから、帰れないかもね」


瀬音のぼやきにそう返し、明日斗は雲と空と海の調和の取れた綺麗な景色へと目をやった。もうすぐ夏が来る、そういう季節。あの色々あった夏から何年の月日が流れたのだろうか。


「明日、晴れるかな?」


そう問いかけ、瀬音は笑顔を浮かべた。これは雨だろうが晴れだろうがもう少しこの島にいるつもりだなと感じた明日斗はそっと瀬音の手を握り、それから空を見上げた。


「晴れるよ、きっと」


風が吹いた。優しい風が。だから2人は握った手を強め、それから寄り添うようにして青い青い海を見つめ続けるのだった。

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