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明日、晴れるかな?  作者: 夏みかん
最終話
60/62

明日の音 4

その日、瀬音に対し、主治医は退院の日を5日後にするという話をしていた。瀬音にとっては家に帰れるといった安堵感はなく、誰もいない家に帰るという実感すらない状態である。付き人である遠藤があれこれと世話を焼いてくれているとはいえ、現在、瀬音の実家には親戚たちが勝手に出入りをしてあの事件後の収拾を納めるといった名目で資産価値や金目のものを物色しているだけにすぎない。もっとも、瀬音が承諾しない限りは一切の手が出せない現実があるが、今の瀬音は多勢に無勢で、全てを放棄せざるを得ない状況にあることに変わりはなかった。だからぼんやりと考える。石垣家を捨てて木戸明日斗の嫁になればいいんじゃないかと。彼は婚約者なのだから、こちらから嫁に行けばいいだけ。全てを失った女でもあの家ならすんなりと受け入れてくれる、そんな気がしていた。だからこそ思う、明日斗の存在は今や瀬音にとってとても大きな意味を持つということに。そんなことをぼんやり考えていると、ドアがノックされる。明日斗か紗々音かと思い返事をすれば、意外な面々に瀬音から表情が消えた。とうとう来たか、そういう心を表現した表情に。


「やぁ、瀬音さん、体調はどうかな?」

「ケガはもういいの?」

「退院が決まったそうだね、おめでとう」


5人の中年男女が入るなり矢継ぎ早にそう言い、その後には申し訳なさそうな顔をした叔母が立っていた。金の亡者どもが、そう思う瀬音は作り笑いをして挨拶もそこそこに大丈夫ですと答えた。そしてこれからこの連中が何を言うのかもわかりきっている以上、冷静になる必要性を感じていた。かといって、もうどうでもいいとも思っているが。


「実はね、あなたに言わないといけないことがあってね」

「なんでしょう?」


わかっているのにそう聞く自分を滑稽だと思う。そう、自分は道化なのだ。兄に利用されてこんなところにいる道化だ。同じ道化を演じた明日斗とは違う。そう、だから彼のように振舞おうと決めている。


「実はね、もう今後、こんないざこざが起きないよう、石垣家として、本家への依存をやめようと話になってね、全ての財産を均等に、一族で分配しようということにしたんだよ」

「したんだよってことは、もう決定事項なのですね?私の承諾なしに話を進めて?」

「君は入院中で、ご両親のこともある、配慮したつもりだ」

「ご配慮ありがとうございます。どうせなら退院してから話をし、それから進めて頂きたっかった」


冷静にそう返す瀬音に分家の男の眉間にしわが寄る。小娘が、そういう感情がありありと出ているのを見た瀬音はどうせ分配された財産もあっと言う間に溶かしてしまうのだろうと心で笑った。


「で、具体的には?」


その物言いに皺が濃くなる男に代わって、見た目も派手な女がずいと前に出た。いかにも気が強そうで強欲にまみれた顔をしている。


「本家の資産は全て売却し、均等に分配。もちろん、あなたにも。不動産や株、その他の会社運営に関しても同様。一部の会社は私たちが運営を引き継ぎます」

「断る権利はあるのかしら?」

「ある。だってあなたは本家の娘」

「本家の当主です・・・・当然、断る権利は・・・」

「未成年の小娘がどう対処を?義理の兄にかつがれてこんな不祥事を起こし、名家の名を汚した本家の尻拭きをしてあげようってのに」

「頼んだ覚えはありません」

「ではあなたに可能なの?ご両親がしてきたことを、あなたが1人で?どういった資産があってどうしていくかも知らないあなたが?」


やはりそう来たかと思う。絶対にそう言うだろうとは思っていた。そう、自分は何も知らない。ただの女子高生で、お嬢様で、両親の仕事のこともよくわかっていない。本来、改革後は仙人が全てを取り仕切ることになっていたのもあり、結局は明日斗と同じく流されるままに生きてきたのだ。


「家は残りますか?」


消え入りそうな声でそう言う瀬音に対し、親戚たちは勝ったという顔をする。所詮は小娘で、両親を失い、兄と決別した今の精神状態ならばこうなると踏んで早々に動いた甲斐があったというもの。遅くなれば遅くなるほど瀬音の動き次第でどう転ぶかがわからなかったこともあって、計画通りに事が進んでいることが嬉しくて仕方がない。


「あの大きな家にあなた1人で?遠藤さんたちもいるとはいえ、さすがに、ねぇ」


分相応な家に住め、屋敷は売却すればいい値になる、そういう風に聞こえるニュアンスに、瀬音はもう打ちひしがれていた。わかっていたこととはいえ、実際に思い出だらけの家、これまでの歴史ある家を捨てなければならないのだ、悲しくならないわけがない。それでもこいつらの前で涙を流すものかと堪える瀬音に、先程の男がそっと肩に手を置いた。


「悪いようにはしない、我々に任せて欲しいなぁ」


嫌悪感しかないその手を振りほどく気力もなく、頷きかけた時だった。


「嫌な大人の一面を見るのはもうお腹いっぱいですよ」


聞きなれたその声に瀬音の顔が上がった。同時に涙が溢れ出す。それは先ほどから我慢している悲しい涙ではなく、安堵と喜びの涙だ。


「明日斗・・・・」


その名に病室がざわめいた。この男が例の、そういう顔をして。


「追い詰められて、怪我をして、沈んだ女の子相手によくそういうことが言えますね」

「下衆の極みですね」

「いかにもそういう顔してる」

「・・・・・はっきり言いすぎです」


明日斗に続き、祐奈が、りんごが、サクラが顔を出してそう言う。親戚たちを押し退けて瀬音の傍に立つ4人を見て、叔母は心底ほっとした顔をしてみせた。


「部外者は出て行ってもらおうか?」

「部外者?僕が?」

「他に誰が?」

「あなた方でしょう?」


はっきりとそう言い切り、毅然とした態度見せる明日斗にあの日、自分を助けてくれた夜の明日斗が重なる。どうしてこう逆転してしまったのだろう。自分の方がいつも毅然とし、明日斗はそれに翻弄されていたはずなのに。だけども、それが嬉しい。


「我々は石垣家の者だ、どこが部外者だ?貴様こそが部外者だろうに!」


明日斗を押そうとした手を握られ、そのまま動かなくなる。どうしたことか、手首を握られただけで何故か全身が動かない。


「木戸無双流、初歩の初歩、固めの手・・・・名もなき技だよ」


叔母の後ろでそう言い、慌てて振り返った叔母に人懐っこい笑みを浮かべているのは紗々音だ。


「僕は部外者じゃない、石垣瀬音の婚約者だ」


明日斗の声に叔母が向きを変える。


「あのな、坊主・・・もうそれは終わったんだ、仙人がああなり、本家の当主も死んだ。全王治も崩壊し、もう婚約もくそもない」

「でも石垣のならわしにこうあります、婚約の破棄は当人同士が認め、さらに当主の承認を得ること。僕は破棄を認めていないし、当主もまた承認していない。つまり、まだ続いている」

「当主は死んだ!」

「さらに、石垣家の決まりにこうあります。当主がなんらかの要因で亡くなった場合、その正当なる子に引き継がれる、と」

「成人であれば、だろう?」


ちゃんと調べている、そういう顔をする親戚の男に対し、明日斗は不敵な笑みを浮かべた。


「そうです・・・・あれ?でも、ご存じない?」


とぼけたようにそう言う明日斗の横で、3人の女性はニヤニヤした顔をしている。そして瀬音もまた同じような顔をしていた。当主の資格を放棄することしか考えていなかった。もうどうでもいいと自暴自棄になって諦めていた。なのに、自分の選んだ婚約者はまだ何も諦めていない。


「補足事項に書かれていました・・・・時期当主を含めて緊急事態に陥った場合、未成年であってもこれを当主にする、と」


書かれていたとはどういう意味か。そんな文献があるとは聞かされていない。そもそも、そんなものがあるはずもない。全ては伝聞なのだ、長い石垣家の者なら誰でも知るもの。


「紗々音」


明日斗が名を呼ぶと、紗々音は手に持っていた木の箱からどこか古めかしい巻物を取り出す。ただ、いかにも歴史のあるものといった風ではなく、まだどこか新しい。


「これは瀬音さんのお祖父さんが残されたものです。全王治との婚約に対し、予防線を張っていたのでしょう。何せあの全王治ですからね・・・古いオリジナルの文献を名のある弁護士を介して復元させたのです。一字一句間違いないと、複数の機関が証明している」


復元報告書のような紙にたいそうな印鑑や10名程度の名が並んでいる。それを手にし、震える男をよそにスマホを手にして慌てた様子でそこに書かれている人物を調べ、電話をかける面々。そんな様子を見つつも明日斗は巻物を広げて該当部分を男に向けた。


「ここ」


わかるだろうと言わんばかりの態度に腹が立つが、今はそれどころではない。男が凝視すれば、たしかに補足事項として明日斗が言った言葉が記されていた。


「で、でたらめだ!偽物だ!だいたい、部外者の貴様がどうやって!」

「言いましたよね?部外者ではないと・・・・それに僕もまた結構名のある血筋なんです」


高らかにそう言い放つ明日斗に替わって紗々音が前に出た。いやらしい、勝ち誇った顔をしつつ。


「うちのお祖父ちゃんから助言を受けたのよ。そういうものがあるか調べておけって。で、大崎さんを使って調べてもらった・・・・そしたら復元された巻物があるってわかって。でもまぁ、確かに部外者なんで、手に入れるのは大変だったけどさぁ、特安の人や警察上層部、弁護士や政府の人たちにも協力してもらったのよね。まぁ、権力振りかざすのは好きじゃないけど、こういう時しか振りかざせないから」


いわば保険だ。そういう古い家ならきっとそういうものがあるだろうという祖父のアドバイスを実行し、それを入手するために祖父や伯父の力も得た結果がこれだった。そうして入手した巻物だったが、手にしたのは決戦の日の前日だった。だから詳しく中を見たのは昨日の夜。5人で目を皿にしつつ難しい分を解読した結果が今に至っている。


「こんなことが・・・・」


巻物を手に震える様が可笑しい。本来は全王治に対する切り札にするべきものを、まさか石垣家の者に対する切り札になろうとは皮肉なものだ。


「本物ですって・・・・確かに鑑定し、証明したそうよ」

「こっちもだ・・・・間違いなく完全に復元したと言ってる」

「そんな・・・馬鹿な」


崩れ落ちそうになる親戚に向き直った5人は瀬音をかばうようにして立つ。その後ろ姿に瀬音はうれし涙を流した。全てを失ったわけではない、手に入れたものもある。それがこの5人だ。


「お引き取りを・・・・石垣家は僕と瀬音さん、そしてここにいる全員で立て直します」

「やってみろよ・・・いいか、諦めてないぞ!」

「向かってくる敵には容赦はしない・・・木戸の神髄は誰かを守るため、大切な人を守るためにこそ力を振るうものだから」

「木戸明日斗・・・・覚えておけ!」

「あんたらで立て直せるものか!」


明日斗の言葉に捨て台詞を吐くと叔母を押し退け、全員が帰っていった。所詮は金に群がるハエだなと思う紗々音は深々と頭を下げる叔母ににんまりとした、母親に似た笑顔を浮かべるのだった。



瀬音の周りに椅子を置き、5人は小さな笑みを浮かべた。ハエは追い払ったはいいが、全てはこれからだ。それも、何をしていいのかわからない者ばかり。


「で、あんな啖呵切ってどうするわけ?」

「さっきまで泣いてたくせに言うわね」


元に戻った瀬音にそう言う祐奈だが、心に決めたことをここで話すことにした。もう何日も前から決めていた覚悟を。


「私ね、昔、少しだけ株の勉強してたの。でも、教師の道を選んだ。そっちの方が楽そうだったから。でももう一度勉強しつつ石垣家の持つ株の整理とかしたい。もちろん、石垣さんの許可がいるけど」


瀬音は小さく微笑み、明日斗はため息をついた。


「じゃぁ、教師を辞めるわけね」

「そりゃそうです。それに教師と生徒でなくなるんだし、障害はない」


そう言いながら明日斗に熱い視線を送る祐奈に全員がため息をついた。


「相手は未成年です、犯罪です。でも株のことは任せたい」

「まぁ、彼のことはいずれ・・・・で、任された!」


そう言い、にらみ合いながらも堅い握手を交わした。


「私たちも手伝うよ。そうしないと、あっくんはずっとあんたに付きっ切りだもの」

「そうです!私も同じ!」

「動機が不純だけど、でも助けて欲しい」


そう言い、りんごとサクラ、瀬音は手を重ねあった。なんだかんだでいい関係だ、そう思う紗々音もそこに手を重ねる。


「コネは必要でしょ?だったら私にお任せ!お祖父ちゃんたちは私にメロメロだからね」

「ありがとう、遠慮なく使わせてもらう、そのコネ、そして、あなたの腕を」

「おにぃより強いしね」

「そうね・・・もう覚醒するための厳しい条件も揃わないし、明日斗はこのままでしょう」


その4人の視線を受け、明日斗は苦笑を浮かべる。確かに以前よりかは戦うことに対して臆病ではなくなったが、それでも根本的な考えは変わっていない。逃げるべき時は逃げる、だ。だが、石垣家を建て直すことに関しては逃げないと決めている。


「5人で立て直そう・・・・それまでは恋愛とか無し」

「ありだよあり!そういう駆け引きがあってのモチベーション!」

「当然でしょ!でも5年かぁ、出来るかな?」

「どこか場所もいりますよ?」

「それより勉強と両立できんの?」


明日斗たち4人がわいわい言うのを見つめていた瀬音がぐっと拳を握った。もう泣かない、そういう意思表示だ。それを見た紗々音もほほ笑む。瀬音はこうでなければ、そいういう笑みだ。


「ウチでやろう・・・みんなで、手を合わせて!勉強も、仕事も、恋愛も、全部頑張ろう」


その提案に皆が頷いた。


「ライバルだけど、仲間か・・・・立て直すのも、恋愛に勝つのも私だけど」


祐奈がそう言い、明日斗の腕に自分の腕を絡めた。それを引きはがそうとりんごが暴れる。


「勝つのは私!幼馴染だもん!」

「何のアドバンテージにもなってないし!」


暴れ続ける2人を見てため息をつくサクラは紗々音と視線を交わす。


「参加しなくていいの?」

「こういうの、マイナスポイントだし」

「だね」


その会話を聞きつつ、一番のライバルはこのサクラかもしれないと思う瀬音はベッドの上に立った。もう傷は痛まない。心ももう悲鳴を上げてはいない。自分は石垣瀬音なのだから。


「さぁ、やるわよ!すべては家を建て直してから!それから結婚式の準備ね、明日斗?」


そこからダイブして明日斗に抱き着く瀬音を引きはがそうとする祐奈とりんご、さすがにこれは許せないサクラが参加する中、紗々音は当分の間は退屈しないですみそうだと満面の笑みを浮かべるのだった。

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