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明日、晴れるかな?  作者: 夏みかん
最終話
59/62

明日の音 3

避難所から戻ったばかりだというのもあって、今日のお見舞いは夕方になってしまった。長く空けた家の掃除や片付け、祐奈の部屋の確保など、やることが多いのだ。その上、休学を終える手続きもある。祐奈はこのまま、年末までで退職しようと考えていた。こうまで1人の生徒に入れ込んでしまった以上、もう普通の教師には戻れないという判断からだ。職はアルバイトをしながら探す気でいるなど露も知らず、明日斗は瀬音が入院している病院のエントランスに足を踏み入れた。そこで足が止まる。見た顔に自然と足が止まったのだ。


「今日も彼女の、いや、婚約者のお見舞いかい?」


頷く明日斗は目の前のウラヌスに軽く頭を下げてから頷いた。そして彼女の横に立つ60代に見える男性に目をやった。年相応の見掛けだろうが、どうにも鋭い気を感じる。


「彼は夫だ」

「笹山です。君のお母さんと伯父さんとは古い付き合いだ・・・うちの奥さん同様に」


そう言いながら人懐っこいい笑みを浮かべてみせた。彼の存在は母親から聞かされている。ウラヌスを紹介された日に詳しく。


「聞いています。木戸明日斗です、はじめまして」


丁寧にそう自己紹介する明日斗に好感を得つつ、笹山は固い握手をかわした。さすがにあの木戸天音の子だと思う。確かに自分の知る木戸らしさは感じられないものの、それでもやはり彼もまた木戸なのだと感じる。でなければあの石垣仙人を倒すことなど不可能なのだろうから。


「個人的に石垣瀬音さんに話を聞きたくてね、それで来たんだ」

「何か、彼女に問題が?」

「いやいや、そうじゃないよ。今回の事件に関しては彼女は罪にならない。だが、これから色々大変だと思ってね、それで」

「はぁ」


本当にそれだけでこの人がここまで来るのかと心配になるが、横で頷いているウラヌスを見ても嘘ではないと思う。だから明日斗は今の言葉をそのまま信じることにした。


「じゃぁ、あとは頼むよ」

「はい」


そう言い、笹山はポンと軽く明日斗の肩を叩く。


「本当に不思議だね・・・あの天音さんの子供とは思えない。妹さんはそっくりそのままだったが」


何ともいえない笑みを浮かべてそう言う笹山に対し、明日斗も苦笑を浮かべてみせた。その通りだという自覚があるせいだ。


「僕はなり損ないですから」


その言葉に満足そうに頷き、笹山は隣でニヤニヤしている妻の顔を見やった。


「なり損ないであの仙人を倒すか・・・・やはり君たち一族はあなどれないなぁ」


何故か言葉と真逆の笑みを見せ、笹山はウラヌスを伴って病院を後にした。あれが特安警察初代長官とは思えない雰囲気を持っていたが、やはりそこはそこ、そういう場合は変わるのだろう、自分と違って。


「怖いとは思わないけど、なんかこう・・・」


うまく言葉にできず、明日斗はエレベーターへと向かうのだった。



いつものように病室のドアをノックするが、返事がない。仕方なくそっとドアを開けるが、中に瀬音の姿はなかった。検査にでも行っているのかと考えたものの、そうではないようだ。どことなく荒れた様子が見て取れる。明日斗は本能的に屋上に向かった。何故かそこにいる気がしたからだ。確証はないが、そこにいる、そういう気になっていた。そしてそれは間違いではなかった。車椅子に腰かけた瀬音はフェンスの向こうにある景色をぼんやりと眺めているだけだ。なのに何故かその情景が頭にこびりついた。儚く、壊れそうな雰囲気を持った美少女がそこにいる、それだけが胸に突き刺さっている。


「よくここだとわかったわね」


横に立った明日斗を見ず、瀬音は高揚のない声でそう言った。


「なんとなく、ですけどね」

「さすが婚約者、ね」


笑うこともせずそう言う瀬音には慣れているが、今の瀬音に違和感がある。だから明日斗はじっと瀬音の横顔を見つめた。綺麗で、可愛くて、気品がある。なのに人間味を感じない、そんな横顔を。


「何があったんです?」


その言葉を聞いてようやく顔を動かした。


「何も」

「ありましたよね?」

「どうして?」

「質問してるの僕なんですけどね・・・・まぁ、勘です」

「あなたも変わったわね」

「かもしれません」

「かも、じゃないわよ、変わったの・・・・私の婚約者になって、大崎さんを倒して、全王治や兄の刺客を退けて、そして兄をも倒した・・・圧倒的な強さで」

「あれは例外です」

「でもね、うれしかった」


ここで瀬音は小さく微笑んだ。今の言葉に嘘がない、そういう笑みだ。


「私のためだけに、ああなった、ああまでして戦ってくれたことが」

「そりゃ、婚約者ですからね」


自然とそう言える明日斗は本当に変わったのだと思う。もう以前の彼はいない、だから大丈夫だと瀬音は笑みをかき消した。


「もう婚約者じゃないわ・・・・解消よ」

「いいえ。言いましたよね?最後まで・・・・・」

「意味ないのよ!」


明日斗の言葉を遮り、瀬音は絶叫した。うつむき、肩を震わせながら。


「どういう意味です?」


冷静にそう言う明日斗のせいか、瀬音もまた冷静さを取り戻した。ただ、頬を伝う涙だけがその感情を素直に表している。だから明日斗は黙ったままで瀬音の言葉を待った。


「もう終わりなのよ、本当に」


絞り出すようにそう言い、瀬音は再度俯いた。


「親戚がウチの全てを持ち去ろうとしてる・・・・家も、家族の思い出も、財産も、全部」

「そんなこと、許されるわけないでしょう?」

「両親はもういない、兄は主犯で・・・・・本家の血筋はやっかいだし、もうこういった騒動は御免だって、だからすべてを解体するんだって」

「瀬音さんの意思は関係なく?」


怒りをにじませた明日斗の言葉に頷くと数粒の涙が膝に落ちる。何故彼女が泣かなくてはならないのだろう。何故彼女がこうまで悲しい思いを、つらい思いをしなくてはならないのだろう。だから怒りがこみあげてくる。結局、なんだかんだでお金が欲しいのだろう。権力は再び闘争を呼ぶ、だから財産を分配して終わらせようというのか。浅はかで醜い話だ。それこそ、仙人が変えようとした体質なのかもしれない。


「私は未成年・・・だから・・・・・」

「関係ないでしょ?」


その声に顔を上げる。今まで聞いたことのない怒りの感情が入った明日斗の言葉がそうさせた。


「あなたは石垣瀬音です、石垣瀬音なんですよ?高慢で、裏があって、人を見透かしたような眼をして。でも、根は優しくて、素直で、そして・・・・・意外と弱い」


明日斗は瀬音の正面に立つとしゃがみこんで目線を合わせる。そしてそっと彼女の両手を握りしめた。


「あなたは石垣瀬音になって下さい。高慢で裏がある瀬音さんに。弱い瀬音さんは俺が支えます。俺はまだ婚約者なんだから・・・・あなたが破棄しようとも俺は認めない。双方が認めないと解消できないんでしょ?」


最後の言葉だけは優しさを含んでいた。実際、明日斗の表情は優しさに満ちている。だから、瀬音は泣いた。大声で泣きながら車椅子から落ちそうになりつつも明日斗に抱き着いて。いつから彼はこんなに頼れる人になったのだろう。いつからこんなに強くなったのだろう。あの気弱そうで流されやすい明日斗はもういない。そうだ、だから自分は明日斗を本気で好きになったのだ。


「俺と2人で取り戻しましょう・・・・あなたの全てを。だってあなたは石垣家の正当な当主なんだから」


ぎゅっと強く明日斗の腕を握る、その反応が肯定だと思う。だから明日斗はそっと瀬音を抱きしめた。多分、自分は瀬音に好意を抱いているのだろう。だが、それは今の状況に流されているだけなのかもしれない。しかし、それでもいい、そうして流されるままに生きてきたのだから。


「まだ戦えます、俺たちは」


自分の胸で頷く瀬音を感じつつ、明日斗は心に決めた。彼女の全てを元通りにするまで、自分は傍にいようと。



その夜、明日斗はりんごとサクラも家に呼び、祐奈を含めて自室にこもった。3人としてはその理由を共有している。すべてが終わったのだ、一度リセットすると言った明日斗の決意表明があるのだと。だから多少そわそわしつつ、用意された飲み物を全く同じタイミングで掴み、飲み、それを置く。そんな中の様子を部屋の外からドアに耳を当ててうかがっている紗々音に、兄の声が響いた。


「どうせ聞き耳立てんだろ?入ってこい」


こういう言い方も出来るんだと感心する。以前の兄だったならば、こんな言い方は絶対にしなかったはずだ。どこかイラっとしつつも心地がいいと思う紗々音はドアを開け、3人から少し距離を開けて壁にもたれて座った。


「呼んだ理由は2つだ」

「2つ?」


これまた3人が同時に声を上げる。


「長い共同生活で見事なシンクロ」


心の中でそうつぶやく紗々音だが、興味は明日斗の言葉に向いている。1つは3人同様容易に想像できるが、あと1つがわからないからだ。


「まず1つ、みんなからの告白、感情をリセットする」

「答えはいつ出そう?」


祐奈の言葉にわからないとし、そのまま2つ目の理由に突入した。


「わからない理由は、2つ目にある・・・・俺はこのまま瀬音さんの婚約者を続ける」

「はぁ?」

「え?」

「なんで?」

「ほぅ」


祐奈の、りんごの、サクラの言葉に紗々音の声がかぶさる。一体どういうことなだろうか。石垣家は今や完全に崩壊しているのは明白だ。この状況で婚約者がどうたらなど最早関係ないはず。言葉に出さずとも目でそう訴えかける3人に対し、明日斗は一度深く息を吐き、それから話を始めた。現在、石垣家で起きていることを。親戚の勝手な動き、瀬音の苦悩を。なにより、仙人の今後も気になることも含めて。


「彼女の平穏を取り戻すために動きたい・・・何をどうすればいいかわからないけど」

「1つだけ聞かせてもらっていい?」


祐奈の言葉に全員が注目する。


「それは彼女からのお願いというか提案?」

「いや、俺の意思だ・・・・まだ事件は全部終わっちゃいない。こんな状態で終わらせたくない」

「流されている、ってわじゃない?」

「彼女は何も言わずに婚約の解消を告げたけど、俺が断った・・・・これは俺の意思」


はっきりそう言い切った明日斗を見て、何故か3人は笑顔になっている。本当ならこれで3人の駆け引きで今後が決まるはずだ。なのに、明日斗は3人への感情をリセットした挙句に瀬音を救おうとしているというのに。


「で、具体的な策もなく?」

「情報もなく?」

「何から手を付けていいのかもわからず?」


3人の言葉に困った顔をするしかない明日斗だが、笑みを消さない3人に嫌な予感を覚える。


「だったら、ちゃっちゃと終わらせる必要があるわね」


そう言い、祐奈はりんごを見やった。


「そうしないとますます2人は接近だもん」


そう言い、りんごはサクラを見やった。


「結局そのまま結婚、みたいな?」


サクラは祐奈を見やる。そして3人は頷いた。


「だったら、4人の方がいいんじゃない?」

「え?」

「何をするかわからないんでしょ?だったら、それがいい」

「瀬音さんはライバルだけど、だからこそ正々堂々と戦いたい」

「彼女は石垣瀬音だものね、そいう存在から奪い取ってこそ価値がある」

「勝つのは私だけど・・・・幼馴染だし」

「それ、状況の1つ・・・年上の妖艶な教師にこそ男は惹かれるもの」

「それはどうかと」


わいわいと言いつつ、3人はもうやる気だ。だからこそ明日斗も覚悟を決めた。もう前しか向かない、自分の足でしっかり進むことを。


「明日瀬音さんと会ってちゃんと話あおう」

「一時休戦ってことで」

「そう、一旦リセットする、ライバル感情は」

「助けてあげたいですし」


一致団結する4人を見て、紗々音は立ち上がった。


「まぁ、コネは必要だよね?相手はなんだかんだ言っても石垣家」

「コネ?」

「木戸にはね、石垣以上の権力があるんだよ」


そう言う紗々音も参戦が決定だ。その紗々音が拳をずいと突き出した。


「面白そうな話のために」


その動機はどうかと思いつつ、サクラが紗々音の拳に自分の拳を当てた。


「瀬音さんの日常を取り戻すために」


それを聞いたりんごが2人の拳に自分の拳を当てる。


「さっさと婚約を解消してもらうために」


これこそがりんごだと思う祐奈が3人の拳に自分の拳を添えた。


「全ての決着をつけるために」


4人の視線が集中する中、明日斗も自分の拳をそこに当てた。


「やろう!俺たちの、すべきことを」

「おぉー!」


2階から聞こえてくるその雄たけびを聞き、母親は小さな笑みを浮かべて見せた。何の雄たけびかはわからないが、何かしら話は進んでいるようだ。


「がんばれ」


そう言い、今夜のメニューである肉じゃがの出来栄えを確かめた母親は明後日帰るというメールをしてきた夫にその写真を送り、にんまりと微笑むのだった。

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