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明日、晴れるかな?  作者: 夏みかん
最終話
57/62

明日の音 1

瀬音の手術は無事に終わったものの、絶対安静となって警察の事情聴取もごく短時間で終わる程度になっていた。兄は逮捕され、両親は死亡、そして自身も重傷の身となれば、泣いて過ごすしか時間の使い道がない。限られた者しか面会できず、仙人の実の両親である叔父夫婦が親身になってくれているが、これ幸いと不穏な動きを見せる分家も多くない状況だ。だからふさぎ込みがちな瀬音にとって、明日斗との面会という極短い時間だけが唯一の気晴らしになっている。入院2日目の今日も、夕方になってからだが病室に姿を見せた明日斗に対し、瀬音は優しい笑みを見せた。


「具合は?気分は大丈夫?」


頷くだけで返事はしないが、表情からしてもそこは大丈夫なようだ。個室となっている病室にある椅子に腰かけた明日斗は今日あったことを報告する。今日もまた警察に呼ばれて事情聴取があったものの、事件の捜査はまだ始まったばかりでそう進展はない。仙人も罪状を不満として黙秘をしており、現在は弁護士とやりとりをしているようだ。全王治朝妃は容疑を認めているものの、その身重の体とあっては警察病院に収容されている。しかも精神的にかなり破綻をきたしているらしい。その一方で大刀は回復し、特安の特殊な施設に軟禁状態となっている。サイボーグの体でも壊れない独房のような部屋にいるらしいが、相変わらずの態度に岡本たちも困り果てているということだ。


「瀬音さんはあいつに利用された、そういう認識らしい・・・俺たちもそう証言したし、きっと大丈夫」


警察が押収した仙人のパソコンやタブレット、スマホからはこれといった証拠は出てこなかった。そこはやはり用意周到ということみたいだが、瀬音を銃で撃ったという証拠は残っているために殺人未遂の罪は免れないだろう。かといって両親を殺害しようとしたその証拠はなく、滝澤という兄弟が仕組んだという証拠しか出てきていない。


「家・・・・帰る家、なくなっちゃったなぁ・・・」


掠れた声でそう言う瀬音は窓の外に顔を向け、涙を流す。仙人はもう石垣家を追放されるだろうし、両親はこの世にいない。後を継ぐ者は瀬音だが、そこに介入しようと親戚関係が動いているのも知っている。きっとこのまま本家は乗っ取られ、瀬音もその地位を失うことになりそうだ。かといってそんな地位に執着はない。ただ、家族が仲良く暮らしたあの家はもう、戻らない。独りであの屋敷に住むには大きすぎるし、何より、辛い思い出しか残らないのだから。


「それよりも今はちゃんと治さないと・・・元気な瀬音さんじゃないと、俺は婚約者としてやってけない」


その意外な言葉に驚く顔を見せる瀬音に対し、明日斗は優しい笑みを浮かべてみせた。


「全王治はああだし、婚約の儀はなくなった。つまりは、俺が瀬音さんの正式な婚約者、でしょ?」


この状況ではもう婚約も何もないはずだ。だからこそ、そういう決意でいる明日斗はそっと瀬音の手に自分の手を重ねた。


「元気になって、それからフってくれればいい。ただし、今それを口にしても俺は認めないからね。だから、退院したらさ、もう一回デートして、そこでどうするかを考えよう?」


その言葉に再度涙を流す瀬音は重ねた手を握り、それから小さな笑みを浮かべて見せる。あの明日斗にこうまで慰められるとは、そういう想いが瀬音の沈んでいた意志を少しだけ押し上げてくれた。だから今は何も考えずに傷を治すことに専念する、そう決めた。


「じゃぁ、行くよ」

「そう毎日、来なくても、いいよ」


強がりではなく本心だ。こう毎日来るもの迷惑だろうと思っている。明日斗は明日斗で事情聴取は続いており、それにこのゴタゴタからくる後始末も大変なはずだ。隔離施設から出る準備も進めないといけない。


「明日も、明後日も来るよ。そうしたいから、ね」


あの気弱そうな明日斗から出た嘘のような力強い言葉に嬉しそうに頷いたのは心からの気持ちだ。明日斗を好いている、この気持ちが本気だからこそ、瀬音は頑張れると思っている。


「じゃ」


立ち上がるとそっと頭を撫で、それから病室を後にする。今は泣いてもいい、でも、明日斗が来てくれるから頑張ろう、そう思う瀬音は静かに目を閉じると傷をいやすべく、眠りにつくのだった。



弁護士とのやりとりも続けながらも特安の動きによってかなりの制限を受けている仙人は瀬音への殺人未遂を否認し続け、あれは妹共々攻撃してきたことから身を守るために明日斗を狙ったが、それでも明日斗をかばった瀬音に当たったという供述は一貫している。だから岡本は証拠探しを続けさせているが、復元したパソコンのデータにもそれらしい証拠はなかった。しかし、瀬音や明日斗の証言は状況からも正しいとし、仙人を追い詰めるべくそこを突いているが折れる気配はない。長丁場になる、そう感じる岡本はまずは全王治側の悪事を暴くことを優先している。あちらは朝妃が供述し、大刀もまた似たような供述を行っていることから容疑はもう固まったも同然だ。しかし、朝妃は妊娠しており、大刀はあの身体だ、へたに動けないのがもどかしい。どっちにしろやっかいな事件だと思いつつ、今日もまた明日斗と紗々音から詳しい話を聞くしかない状況にどこか苛立ちを募らせていくのだった。



事件から4日後、ようやく面会謝絶が解けたものの、叔父夫婦以外の親戚には会わないようにしている瀬音は分家の動きを遠藤に探らせつつ、元から自分よりだった親戚にも連絡をして動きをけん制するように要求していた。今はそれしか出来ないが、何もしないよりはましだ。叔父夫婦が帰って30分、ようやく落ち着いた瀬音が読書でもと、近くのテーブルに手を伸ばした時だった。ドアがノックされたために返事をすれば、ひょこっと顔を出したのは紗々音だった。明日斗かと思っていた瀬音にしてみれば意外な訪問者に自然と笑みが生まれしまう。


「元気?」

「ええ、おかげさまで。まだ自由には動けないけど」

「そりゃそうでしょ」


そう言いながら椅子に腰かける紗々音を見て笑みが濃くなる。変わらないのは明日斗と同じ、そういう思いが出たせいだ。


「お兄さんね、保釈されそう・・・凄腕の弁護士がいるみたい」

「かといって、家には戻れないものね・・・どうするんだか」

「隠れ家はいっぱいあるんでしょ?」


皮肉を込めてそう言う紗々音に対し、そうねと答えた瀬音はいくつかある別荘にでも避難するのだろうと思っていた。


「ありがとうね、紗々音ちゃん。あなたにもすごく、助けてもらった」

「ってか、あの改造デブを倒しただけだし」

「傷を押さえてくれてなかったら、危なかったみたい。だから、ありがとう」

「ああ、それに関してはどういたしまして」


にこやかにそう言う紗々音を紗々音らしいと思う。彼女も巻き込んだのは自分だ。そんな彼女に救ってもらった恩は一生消える事が無い。だからこそ、その物言いと明るさに救われた気がする。


「そういえば、明日斗とは戦えた?」

「ん?」


どういうことかと首をひねる紗々音に対し、瀬音は仙人とではなく明日斗と戦いたかったと言った紗々音の言葉のことだと説明した。それにピンときた紗々音だが、不機嫌そうな顔に変化する。


「戦えない。だってあの時のおにぃは一生に一度の状態だったと思う。あの時のおにぃは間違いなく世界で一番強かった・・・・私よりも、晴人よりも、ずっと」

「一度なったのなら、またなれるでしょう?」


瀬音にしてみればなんのことはない。覚醒したのならまたあの明日斗と戦えると思う。だが、そうではないことを紗々音が説明した。


「瀬音さんを助けたい、自分が助けたい、そこから逃げられない、私がいる、逃げる必要はない、んで、あいつは私よりも弱い・・・だから自分でも戦えるし勝てる、そういう状態だったからこそ、おにぃは『無我の境地』に至ったんだよ」

「無我の、境地?」


聞いたことがある言葉だがピンとはこない。そんな顔をする瀬音に対し、紗々音は鼻でため息をついてから続きを口にした。


「私もその領域には踏み込める。踏み込むのに何年も、何度も戦ってようやく至ったんだけどね・・・『無我の領域』っていうんだけどさ、そこに」


紗々音はその領域に達したと言い、その説明をした。怒りからくる力は爆発的な力をくれるが、それが冷めたら一気にその力は失われてしまう。また、悲しみや恐怖は足をすくませ、戦う気力を削いでいく。だからこそ、その怒りや悲しみといった負の感情すらもまっすぐな気持ちに変えて相手を倒すという意志に上乗せすることでさらなる限界以上の力を発揮することが出来る、それこそが無我の領域に足を踏み入れる、いわばゾーンともいうべき境地に至る、ということなのだと。


「私も晴人もようやくその領域内に立つことが出来た。でもね、おにぃは違うんだよね」


悔しさがその言葉に現れている。


「おにぃはね、練習だと、恐怖がないと常にその領域の中心にいるの・・・・領域の片隅じゃない、境地に至っているのよね。生まれ持った天性のもの、だからこそ闘争本能がないのかもしれない。でも、私にとっては羨ましい。あの仙人を前にしても、あれもほとんど無意識的に体が動いてる。先読みとかじゃない、相手の細かい筋肉の動き、息遣い、気配を感じて瞬時に反応したからこその強さ」


考える前に反応できる、それは圧倒的な強みだ。だからこそ殺気も闘気もない、ただの無なのだ。


「練習でも時々はあれが中途半端に発動する・・・・でも、実戦では出ない。そもそも戦う気がないから、逃げたいって思うから。でもこの前は逃げられないとか、色んな事が重なって出た奇跡の一回」


だからこそ戦えないのだ。紗々音としてはあの状態の明日斗と戦って勝ちたいと願った。勝てれば、もう自分もその境地に至っていると思えるからだ。だがもうそれは叶わない。あれはいくつもの条件が重なった奇跡なのだから。


「だからさ、瀬音さんは自慢していいんだよ?」

「何を?」


意味が分からない、そういう顔をする瀬音に紗々音は無邪気な笑顔を見せた。


「あのおにぃを、完全なる境地に至ったおにぃを一生に一回の奇跡で発現させたのは瀬音さんなんだから」


そう、他の誰でもない瀬音がそうさせた奇跡。りんごでも、サクラでも祐奈でもない、瀬音が。たとえりんごたちがその状況でも発現させられたかどうかはわからないし、もう確かめようがないのだから。


「一生の誇りにする」

「そうして。じゃないと私が納得できない」

「うん」


瀬音は心からの笑みを浮かべて見せた。あの明日斗が自分のために自ら戦った、その奇跡を噛みしめるように。そう、彼はその役を演じ切ったのだ、婚約者候補という役目を。


「まぁ、これから大変だと思うけど、頑張ってね」


そう言い、言いたいことを言ったのかもう帰ろうとしている紗々音が実に紗々音らしい。


「頑張る」

「りんごちゃんやサクラや先生、敵が多いけどさ、でもここからは瀬音さんの戦場だし」

「あ、そっち?」

「そうだよ、おにぃ争奪戦はまだ決着ついてないからさ」


ニヤニヤした笑みを浮かべる紗々音に苦笑し、それから右手を差し出した。


「紗々音ちゃんは私の味方?」


その右手を握り返す紗々音はニヤニヤを消さない。


「面白いことが起こりそうな方の味方」

「あなたらしい」


がっちり握手をする紗々音がピロッと舌を出し、そのままドアの前に立ってから振り返る。


「今だけは瀬音のさんの味方だよ。だから早く良くなってね」

「ありがとう」


微笑む瀬音に小さく手を振り、紗々音は病室を後にした。瀬音は笑みをそのままに窓の外の景色へと目をやった。木戸兄妹がくれた生きる希望を糧に、今は傷を治そうと心に決めた。色々考えるのはそれからでも遅くはないはずだ。そう決めた瀬音はテーブルの上にある本を手に取ると静かに読書にふけるのだった。



石垣仙人は屈辱にさいなまれていた。あんな男に手も足も出ず敗北するなど、あってはならないことだ。だからこそ、今度は復讐を綿密に計画していく。こんな拘置所にいるべき人間ではない自分がこうなったのもすべてあの男のせいだ。小さなイレギュラーだったはずのあの男こそ、確実に葬るしかない。とりあえず保釈されなければ話にならないが、弁護士の動きを待つしかない歯がゆさもあって、その恨みはさらに募っていく。木戸明日斗さえ抹殺できればなんでもいい、そう考えていた時だった。


「保釈は認められないよ」


足音が近づいてきたのは知っていたし、そこに立った男が岡本だと認識してもいた。


「けれど、時間の問題、ですがねぇ」

「特安とは、裏の警察だ・・・・つまりは、そういうことだ」

「人権は無視ですか?」


苦笑する仙人を冷たい目で見つめる岡本は1枚の紙を差し出した。それを見た手が震え、顔色が白くなっていく。ありえない、そんな顔だ。


「君の子飼いの男、両親と共に死んだ彼が残していたんだ・・・・君の計画の一部を、ね」

「ありえない・・・・何故?」


証拠は全て完全に消去したはず。そう思い、岡本を睨んだ。


「彼に何かを調査させたことは?」

「ない」


きっぱりとそう言いきった瞬間だった。いや、一度だけある。木戸の一族の資料をまとめさせた、時のことを。いや、あれも始末したはずだ。


「USBメモリが見つかったんだよ・・・・爆発した車のそばで。奇跡的に無傷だった」

「USB?」

「何気なく保存し、持っていたんだろう。崖に当たってひしゃげた車体から飛び出した、らしい」


体が震える。こんなミスはありえない。


「ご両親の恨みか、滝澤兄弟の恨みか、それとも、大崎閃光さんの恨みか。とにかく、USBには君の計画の概要も入っていた。彼に対するある程度の指示も」


どこまでの概要か知りたいが、取り乱すことも忘れて茫然とする仙人を見て小さく微笑むと、岡本は歩みを始めた。


「近いうちに再度話を聞きます。より詳しい話を、ね」


言葉だけを残し、岡本は去っていった。そんな彼の耳に届いたのは獣のような絶叫だった。

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