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明日、晴れるかな?  作者: 夏みかん
第11話
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最強の遺伝子 5

空き地は救急車とパトカーでごった返すが、周囲に人はまばらだった。田舎ということもあり、警察が地質調査における事故だと説明したせいか、そう大事には至っていない。先に病院に向かった瀬音と紗々音を乗せた救急車に続いて拘束された仙人を乗せた救急車も走り去る。


「岡本さん・・・・アレ、どうしましょう?」


困った顔をする私服の警察官を見てため息をついた現場責任者の岡本は大型のワゴン車の中にいる大刀へと目をやった。言葉も上手く発せず、体も動かないようだ。しかもその全身が機械となれば、その対応にも困ってしまう。病院へ運べばいいのか、それとも専門の機関か。かといってこんな体の人間など初めてのため、途方に暮れてしまう。


「・・・本部に連行しよう。対応はその後だ・・・死にはすまい」


そう言った岡本の言葉に反応した部下が指示を出し、ワゴン車は特安警察の本部へと向かう。それを見送った岡本は1人残っている関係者となった明日斗に向かった。事の発端からここでのことまでをかいつまんで話した明日斗の言葉に嘘偽りはないだろう。それに、自分たちをここによこしたかつての上司からの情報とも概ね一致している。


「さて、君にはもう少し詳しい話を伺いたいところだが、今日は時間も時間だし、彼女のことも気になるだろうから、病院へ行こうか?」

「そうしていただけると助かります」


ホッとした表情からもその言葉に嘘はないのだろう。しかし、この気弱そうな男が本当にあの石垣仙人を倒したのだろうかと疑問に思う。ヨーロッパやアメリカでの格闘大会で何度も優勝経験を持つあの仙人を、この男が倒したことが信じられない。


「さ、行こう」


残った2台の車のうち、1台に向かってそう促した岡本は我慢しきれずに言葉を発した。


「しかし、君があの石垣仙人を倒すとは・・・」

「信じられませんよね?自分もですよ」


意外な言葉に岡本は目をぱちくりさせた。腐っても木戸の名を持つ男だから、だから勝ったと思っていたのに、どうやら違うようだ。どう見てもさっき救急車に乗った妹の方が自信に満ちた顔をしていた。


「君は木戸の家系だろうに?」

「木戸だからみんな強い、好戦的だってわけじゃないですよ」

「そうかもしれんが・・・」

「僕は木戸の名を継いでません。だたの木戸明日斗ですから」

「そういうもんなのか?」

「そうですよ」


ただの木戸明日斗が石垣仙人をあそこまでのダメージを与えて勝つ、それがどこか恐ろしい。だから岡本はそれ以上何も言わずに走り行く車内でタブレットを操作するのだった。



私服の警察官が2名、制服の警察官が4名、目の前にいる。なのに朝妃はまったく動じずにただじっと前を向いているのみだ。かすかに浮かぶ微笑がどこか妖艶さと、そして恐怖を抱かせる。全王治家のゴタゴタ、その中心にいたのがこの女であると言われて少し戸惑ったが、今は納得できる。大刀の敗北を伝えた時こそ唇を震えさせていたが、生きていることを知った今はこの表情だ。


「全王治大刀には殺人容疑、その他諸々の容疑があります。そしてあなたにも殺人と殺人教唆など、容疑があります。ご動向を」

「容疑?容疑じゃないわね」


私服の警官の言葉にそう言い、ここでようやく顔を向けた朝妃はさらなる凄惨な笑みを浮かべて見せた。ゾクリとさせるその笑みは人ではないものに憑りつかれている、そんな表情だ。


「いつまでもくだらない権力を欲した老人と、くだらない私利私欲のためだけに動いていた無能な夫を処分しただけ・・・そう、これは壮大な計画なのよ。この国を正しく導くための・・・そうよ、大刀と、その子供が世界すら変える」


そう言いながら腹を撫でる朝妃を見やった警官がごくりと唾を飲んでから言葉を発した。それほどまでに朝妃から発せられる何かは人を超越している。


「もしや、妊娠ですか?」


その言葉に、朝妃は警官の方を向いた。妖艶ではない、微笑ましい笑みを浮かべて。


「ええ。この子は愛しい大刀との子。あの人の後を継いで世界を治める存在。愛しく、尊い命」


恐ろしいことをさらっと言うその神経がわからない。今、彼女は何と言ったのか?


「え?その子は・・・大刀さんとの?」

「ええ、あの子との子よ。それが?」


さも当然といった風な朝妃に戦慄するしかない。ありえない禁忌すら犯すこの女の精神状態は普通ではない。だからまずは連行先を変えることにした。


「大刀は木戸明日斗に負けた?違う。だから大丈夫。負けたのはあの小娘にだもの・・・・あの男に勝てばいいだけ、それで問題ない」


警官に促されながら立ち上がる朝妃はそう言い、しっかりとした足取りでパトカーへと向かった。それは優雅で、上品で、そしてどこか狂気に彩られていた。


「信じられない」


そう呟いた警官は別のパトカーに乗るとすぐさま岡本に連絡を入れるのだった。



明日斗が病院に着くと、ちょうど紗々音が廊下の向こうからやって来るところだった。診察と治療を終えたところであり、かなりの軽傷だったそうだが大事をとって右腕は吊るしている。


「シャツ、借りちゃった。あと、瀬音さんは手術中」


自分の腕のことよりもまずはそこを報告する妹を妹らしいと思う。右足のダメージもたいしたことはないようだ。だから岡本は紗々音の前に立った。こんな少女があのサイボーグを倒したなどと信じられない。どこをどうみても華奢な身体なのに、その肉体であの機械の体を破壊したのだから。


「特安の岡本です。明日にでも詳細を聞きたいのですが?」

「別に今でもいいけど、ま、いいよ」


陽気な態度に苦笑が漏れた。兄とは違い、これが木戸だと思う。かつての上司から聞いている人物、そのままだ。彼女は母親に似たのだろう。


「全王治朝妃も逮捕しました、が、その精神状態と、体のこともあって警察病院へ収容ですが」

「精神?やっぱ息子が倒されたの、ショックだったのかな?」

「それもまぁ、ありますけど・・・・妊娠していました」

「あらら」


そういうことかと納得する紗々音にどうするかを悩む岡本だが、ここは真実を告げることにした。隠してもいずれはばれるだろうという判断だ。


「大刀の、息子との子供だそうで」

「え?」

「はぁ?」


思わぬ発言に驚く2人の反応も当然だろう。報告を聞いた自分も実に間抜けな声をあげているのだから。


「とにかく、あの殺人事件も彼女の犯行です、自供していますしね」


そういうことかと納得する反面、怖いとも思う。この計画を無指ではなく、彼女が仕組んだという事実が恐ろしい。


「明日斗!紗々音!」


不意に響くその言葉に振り返れば、ウラヌスと共に速足で近づく母親の姿があった。2人を見てホッとしているのはやはり母親だからだろう。


「機械お化けはやっつけた!もうさ、なかなか壊れてくれないから焦ったけどね」


満面の笑みで報告することではないだろうと思う岡本は母親の横に立ったウラヌスに頭を下げた。かつての上司で自分をここまで育ててくれた恩人の奥方なのだから当然だ。娘を抱きしめる母親を横目にウラヌスはにこやかな笑みを浮かべて見せる。


「お久しぶりです」

「ええ。この件は慎重かつ徹底的にお願いしますね」


見た目と違い、流ちょうな日本語に明日斗はすました顔をしつつそういう権限を持っている人なのだと認識を新たにした。ああいう特殊施設の所長をしていたのだ、当然かとも思う。


「瀬音さんは?」

「手術中・・・・出血が多かったけど、でも、多分大丈夫だよ」


勘でしかないが、その言葉は明日斗もホッとさせた。だから母親も同じような表情を浮かべている。そしてその表情のまま明日斗に向き直った。


「あんたが仙人を?」


その言葉に頷く明日斗見た母親はこちらもそっと抱きしめる。多少顔が腫れているが紗々音のようなことはないようだ。本当はもの凄く心配し、不安だった。紗々音と違い、木戸の遺伝子を発現させられなかった明日斗がどこまで戦えるかは未知数だったからだ。


「なんか急に目覚めたんだよね・・・・まぁ、今回一回限りだろうけどさ」


不満そうにそう言う紗々音に苦笑し、母親は困った顔をしている明日斗の頬に触れた。なんだかんだで明日斗も自分の教え通りに動いてくれた、それが嬉しかった。


「咲かない花はない、か」

「ん?」


ぽつりとそう呟いた母親に2人が同時にそう声を出す。だから母親は2人の頭に手を乗せた。


「三葉が言ってた・・・・きっと明日斗にも木戸の花が咲くって」

「でも絶対、一回こっきりだよ」

「たとえ一度でも咲いた。色んな条件が重なった、奇跡の一回でも」


明日斗はその言葉に笑みを浮かべた。そう、あれは奇跡だ。だから思う、もう2度とあそこまでして戦うことはないのだと。戦う理由も、もうない。でもそれでいいと思う。それが自分なのだから。


「あとは瀬音さんが無事だと、まぁそれなりに解決かなぁ・・・問題は山積みだけど。石垣のご両親は?」


母親の投げかけた言葉を受け、岡本は小さく首を横に振った。それを見た紗々音と明日斗は驚くしかない。全王治に続いて石垣の家にもまた同じようなことが起きていたとは。瀬音がそれを知っているのか気になるが、今は瀬音自身が頑張ってくれるのを祈るしかない。


「全王治の事件は朝妃が自供しました。おそらくですが、石垣の方は仙人が容疑者かと」

「でもあの仙人が自身の証拠を残しているとは思えないわね」

「ええ」


母親と岡本はそう言い、黙り込んでしまった。結局、全ての発端は仙人だ。彼が石垣家の開放を目論み、そして全王治朝妃と会談を経てここに至っている。朝妃はどうなろうとも自分は明日斗と瀬音に危害を加えたのみで両親の死の指示すら消しているだろうことは容易に想像できる。だから岡本は全王治から攻めることに決めていた。


「とにかく、明日、詳細を聞かせてください。朝9時に車を回します」

「わかりました。で、どうするの?」


一礼した岡本が去る中、母親は廊下の奥を見つめている明日斗にそう問いかけた。


「俺はここにいるよ・・・彼女のことが心配だから」

「そう」


そう言い、母親は明日斗の背中をそっと押した。明日斗はそのまま前に進むと廊下の向こうに消える。


「私は帰るよ」


紗々音はそう言い、母親は頷く。そしてウラヌスを見やった。


「悪いけど、娘を頼みます」

「わかった。帰る際は職員に連絡を」

「色々ありがとう」


にこやかにそう言う母親に、ウラヌスは微かな、それでいて優しい笑みを浮かべてみせた。


「これで借りの半分は返せたかな?」

「もう十分。こっちが返さないと」

「そうか」


満足そうにそう言い、ウラヌスは紗々音を伴って病院を出た。そしてその瞬間まで、母親は忘れていた。自分がどうやってここに来たかを。


「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ・・・・・・・・!」


遠ざかる悲鳴に苦笑しか漏れず、母親は入り口の方を向いたままで頭を掻くしかない。


「空を飛んできたこと、言うの忘れた」


今頃どうなっているのか心配する母親だが、紗々音のとこだ、大丈夫と思い、そのまま明日斗のいる方に向かうのだった。



兄は優しかった。血の繋がらない、父の弟の子。遺伝子的に男子が産めない母親に対して息子が、跡取りが欲しい父親、双方が話し合って得た養子だ。けれども、瀬音にとって兄は兄だった。だが、そのうち兄は恋人になった。それでもいい、そう感じさせてくれる人だった。包容力もあり、自分の悩みを聞いて解消してくれる救世主でもあった。だが、実際は違った。自分を利用し、家を利用して日本を支配するという欲望に憑りつかれた恐ろしい人間だった。そんな人に全てをささげ、命すら失うところだった。それを救ったのは明日斗。兄の言う条件に当てはまった最良の捨て駒。その捨て駒は、自分を捨て駒と認識しつつ、それでも自分のために傍にいてくれた。その上、こうして助けてくれたのだ。臆病者の彼が、全力を、命を懸けて。どうしてだろう。本当なら見殺しにしてもいいような存在なのに。どうしてああまで全力で助けてくれたのだろう。わからない。でももうどうでもいい、そんな風に思う。もう自分には何もないのだから。兄の言う通りなら両親はもうこの世にいない。兄ももう、兄でも何でもない。本家の人間は自分だけ、もう独りぼっちだ。だからもう、ここにいたくない、そう思う。心からそう思っている。なのに、何故だろう、誰かが手を差し伸べている


『行こう』


口調は普通だが、強い念がこめられている。だから瀬音は手を伸ばした。一瞬ためらうも、その手を掴む。温かさ、そして優しさを感じる。だから瀬音は微笑んだ。手を差し伸べてくれた彼が、明日斗が微笑んでいるから。



一度止まった心臓も、蘇生の甲斐があってまたすぐに動き出した。瀬音の手術は成功し、一命はとりとめたのだ。まだ予断は許さないとはいえ、後遺症も残らないとのことだ。明け方にそれを聞かされた明日斗はホッとし、それから病院の入り口近くにあるソファに身を埋め、眠りに落ちた。大変なのはこれからだろう。自分にできることなど、もうないかもしれない。それでも、彼女が回復するまでは傍にいてあげたい、そう思う明日斗は長い長い夜を終え、ようやく深い眠りにつくのだった。

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