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明日、晴れるかな?  作者: 夏みかん
第11話
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最強の遺伝子 1

その銃声は紗々音の耳にも届いていた。だかた、多少の焦りが滲み出る。いくらなんでも殺すのには早すぎると自分に言い聞かせ、目の前に立つ人でないものを睨んだ。気は満ち満ちて、戦闘態勢は整っている。だから紗々音は駆けた。恐るべきスピードで。機械の身体が脳の指令に瞬時に対応できなければ顔面を拳で打ち抜かれていたのは間違いない。格闘に関してはド素人の大刀がこうまで自信満々なのは、改造手術後に神経と肉体の完全調和を実施した結果だ。本来の肉体にはない咄嗟の回避行動など、神経や意識と肉体のシンクロを超えたものを実現させるべく励んできた。脳神経に埋め込んだAIに補助を与えた結果が今にある。だから紗々音のその一撃を最小限の動きでかわした上に、下から顎をめがけて拳が舞う。しかし、紗々音も百戦錬磨の達人、それを軽々躱して脇腹に拳をめり込ませた。機械の、特殊鋼材のその身体が響くほどの衝撃だが、内臓には一切のダメージなどない。そもそも、胃も腸も、生体と機械が融合したものだ。


「かったい」


言いながら回し蹴りを肩口に叩きこむお土産を残し、紗々音は一旦飛んで間合いを開けた。そんな紗々音を見つつ、大刀はにんまりとした笑みを浮かべた。想像以上に頑丈な身体であり、そして予想を超える動きに酔いしれるほどだ。何十人と相手にしてこの身体をなじませてきたが、やはり不安はあった。だが、今やそんな不安はもうない。少女であっても、木戸無双流の継承者の攻撃を受けて微塵のダメージもないのだから。だから一気に踏み込んだ。


「いくぞ」


言葉が遅れてくるようなイメージを抱かさせるその速度に、しかし、紗々音も動じない。繰り出される神速の突き、拳をかわし、何度目かのその拳にそっと手を添えて小さいながらも軌道を変えて肘を胸に見舞った。硬い、想像以上に硬い衝撃に舌打ちするも、攻撃の手は弱めない。連打を繰り出すのは拳ではない。こうまで硬いと拳を傷めるために手のひらで攻撃しているのだ。


「怖くもなんともないな」


一瞬で紗々音のタンクトップを掴んで引き上げた。下着が丸見えになるが紗々音は気にせず、その力を利用して大刀の身体を蹴って顎先に膝を見舞った。普通ならこの一撃で脳震盪を起こす程の衝撃だが、サイボーグの大刀には効き目はない。だから紗々音は再度大刀の胸を蹴ってその顔面に蹴りを喰らわせようとする。


「甘い」


その蹴り足を掴み、華奢とはいえ人間を振り上げてそのまま地面に叩きつけた。


「そっちが」


背中から叩きつけるはずのその体が地面にめり込まず、咄嗟に大刀の足首を掴んで体を勢いを利用し、股座に通してすり抜ける。そんな芸当が出来るのかと驚愕する大刀のその股間に、通りすがりに蹴りを放った。だが、硬い。舌打ちした紗々音は一旦間合いを開け、ニヤニヤしながらゆっくりと振り返る大刀を睨んだ。


「言ったろ?アソコも機械だと・・・アレの時だけ生身の部分が出現する。まぁ、どうしてもそこはこだわったんだよ。急所だから、って言う医師どもを説き伏せて」

「きも」


そう言い、紗々音は軸足に力を込め、やや体を斜めにしつつ軽く拳を前にする構えを取った。


「よその流派の応用だけど、私だけの無双流だよ」

「何の話だ?」

「負けた言い訳にしないでよ、って話」


言いながら紗々音は駆けた。一瞬だけ動きを止めたのを不思議と思わず、大刀は迫る紗々音の手のひらに自分の拳をめり込ませようと突き出した。だが、弾かれたのは自分の拳。機械の身体が押し返される何というパワーか。驚く大刀に悪鬼の笑みを浮かべ、紗々音は返す拳を大刀の胸に叩きつけた。この身体が揺らぐ衝撃などあるものか。


「小娘ぇぇぇっ!」


これは屈辱だ。どんな衝撃にも耐えてきた。あらゆる実験をし、耐力を確かめてきた。そこでもこうまで身体が揺らぐことはなかった。だからこそ、こんな少女の一撃に一歩下がりそうになった自分が許せない。リミッターを設けていたそれを解除し、ほぼ神経とAIに身体をゆだねて紗々音に攻撃を開始する。


「やるっ!」


恐るべきスピード、そしてかすっただけでわかるその衝撃。一撃喰らえばとんでもないことになるだろう。だからかわす。そう、この程度ならかわせる。直線的過ぎるからだ。所詮は格闘経験がない男の補助。しかし、反撃に移れない。どうするかを考えつつ、大きく一歩下がった時だった。


「ほう」


自分の動きに関心した大刀のその感嘆の吐息。紗々音は一歩下がろうとした一瞬でタンクトップを握られ、引き寄せられるそのタイミングで肩口に大刀の拳が炸裂した。痛い、が、骨に異常はないはずだ。衝撃で破れたタンクトップを握ったまま、大刀は歓喜の笑みを浮かべて見せる。


「終わりが近いな、女・・・・喜べ、俺が初めての男ということを」

「だから、きもいって」


薄いピンクのブラだけの上半身になりつつも、紗々音はそれを全く気にせず大刀を見つめ続けた。


「格闘経験がない男の補助を機械がしている・・・・8割が機械・・・残る2割は生身」


身体は全て機械化されている。どう考えても神経、内臓の一部などが生身なのだろう。となれば、打撃でその機械を狂わす以外の方法しかないと考える。壊せる自信はあるのだが、そうなると時間がかかって兄の援護が出来なくなっていまう。舌打ちするが、紗々音は攻撃を再開してくる大刀のそれをかわしつつも相手の弱点を探っていく。時間との勝負とはいえ、そこは冷静だ。兄は兄で、その実力は確かだ。逃げなければ、戦う意思さえあれば簡単にやられはしないだろう。


「どうした小娘!ほらほら!捕まえるぞ!」


拳を突き出さず、紗々音自身を捕まえようとするその手をかわしつつ、思案をしていた。


「さぁ!その貧相な胸を見せてみろ!」

「だから!」


突き出された手首を握り捻ろうとするがはやりびくともしない。大刀はそんな紗々音の腕を掴みにかかるもの、紗々音は相手の身体を駆けあがるようにして肩口に乗ると首目掛けて渾身の蹴りを叩きつける。それも2度3度と。


「きもいっての!」


そこからさらに数度蹴りを見舞う。足の底を何度も首に叩きつけるが、硬いばかりで手ごたえがない。


「ほら、捕まえ・・・・」


大刀が手を伸ばすものの、紗々音は大刀の胸を蹴って間合いを開けた。


「うーん・・・・・うん?」


間合いをあけたそこからよく見れば、生身であろう部分に目がいった。


「ふーん、そっか」


紗々音は腕を上げて構えを取るとにやりと笑った。


「どうした?まだやるのか?」


大刀は首を回しながらそう言うが、かなりの余裕がある。痛みも一切感じず、どこにも不調はない。やはりこの身体は完ぺきだ。


「やるよ、当然・・・・ってか、こっからだけどね」


悪鬼の笑みを浮かべる紗々音のそれを見た大刀の背筋に冷たいものが感じられる。恐れている、そうとしか思えない感情をかき消し、強引に笑みを浮かべてみせた。


「小娘が」


それが強がりだと紗々音には分かっている。


「小娘ね・・・・そうだよ、小娘だよ。でもね、木戸無双流継承者の小娘だよ、ナメないで」

「生意気な・・・・犯し殺してやる」

「見かけが変わってもきもーい」


そう言われ、憤慨する大刀に対して笑みを消さない紗々音が一気に駆けた。まさに電光のそれで。しかし大刀も人間ではない。一瞬の動きで脳の信号をAIが補佐する。正確に動きを予測し、紗々音を捉える、はずだった。なのに、紗々音は大刀の出した腕をかいくぐると、踏み込んでいた大刀の右足に乗ってそのまま大刀の肩に乗ると素早く背後に回り込み、耳にぶら下がるようにしてみせた。そんな紗々音の動きをとらえきれずに、一瞬腕を回す時間が遅れた。


「木戸無双流、穿打うがち


紗々音は両手の人差し指と中指を大刀の目に突き刺した。そのまま、石を砕いた握力をもって両目を粉砕した。絶叫する大刀の様子からして、痛覚は残っていたらしい。つまり、眼球は機械でも、その機能は人のそれに近かったということか。確かに硬かったが、やはり身体ほどではない。瞼もそうだ、硬さは身体ほどではなかった。


「生身、じゃなかったとはいえ・・・なんかモロそうだった」


そう言うと、目を押さえてフラフラしつつ近寄らせないように両腕を振るう大刀を見つめて小さく微笑んだ。


「どうしたの?代わりの目はないの?」


紗々音はわざと音を立てて近づいていく。それだけは鮮明に聞こえるが、視界はない。恐怖しかなく、大刀はやみくもに腕を振り回すしかなかった。恐怖が思考を狂わせ、AIも同調できずに機能が正常に働かない。だから大刀としては耳をすませ、冷静にAIと連動させて視界を奪われようともそれを補って攻撃するしかないのだ。だが戦闘は素人の大刀としては目を奪われたのはかなりの痛手である。現に痛みと恐怖でまともな思考が働かないのだから。


「さて、本来の木戸の戦い方をするよ」

「なっ、なんだと!?」


正面からする声に怯えるしかない大刀に、紗々音はにやりと微笑んだ。


「木戸の本流は人を殺す殺人技。でもね、今は人を活かす技・・・・だから、今はもう殺さない。結果として死んじゃうことはあってもね・・・・でも、あんたは人間じゃないんでしょ?だったら・・・」


そう言い、駆けた。


「そうそう死なないでしょ、本来の戦い方をしても、ね」


殺気のこもったその声に、大刀はさらなる恐怖を募らせながら逃げる態勢に入るのだった。



時は少し遡る



銃口から昇る煙の向こうで、仙人が微笑んでいた。それは悪魔の微笑だ。何のためらいもくなく、義理とはいえ妹に、愛し合ったはずの女性に引き金を引いたその無情さ。腹から血を流し、身もだえる瀬音を見て薄ら笑いを消さないその男は、今の瀬音を見て快感を得ているのだ。


「瀬音さん!」


傷口を押さえて苦しむ瀬音に向かいたいが、仙人がいるために不可能な状態だ。だから明日斗は拳を握った。怒りが湧きあがるが、戦う気力は相変わらず薄い。


「急所は外している・・・・とはいえ、その出血だ・・・もって10分かな」

「10分」

「つまり、それ以上お前と遊んでやれば、瀬音は勝手に死ぬ」


その言葉を聞いて、明日斗は駆けた。蹴りを見舞うがあっさりとその足首を持たれて振り回されるようにされ、バランスをあっけなく崩す。


「なにが木戸だよ」


脇腹に拳をめり込ませる仙人に対し、無意識的にその衝撃を逃がすべくタイミングを合わせて飛び下がる。


「ほう」


修練の賜物かと思う。何度も何度も繰り返す修練のせいで無意識的に体が反応した結果だろう。だが、それだけだ。この男からは殺気も闘気も感じない。あるのは焦りだけ。


「あ、明日斗・・・」

「瀬音さん」


意識はあるようで、かすれた瀬音の声がする。ますます焦る明日斗はどうしていいかもわからずにただ相手の動きを見ることしか出来ない。


「お前じゃ、最初から俺には勝てない。学力も、精神力も鍛えた。身体も鍛え、そして、さらなる高みを目指してここまで計画し、実行した。俺は最強の遺伝子で出来ている。わかるか?お前のような凡人とは違うんだ」

「・・・凡人」


そう凡人だ。木戸の血を継ぎながら継承者になれなかったなりそこない。流されるままに生き、それに対して何の疑問も抱かなかった。現に、りんご、サクラ、祐奈に迫られてもどうにかなるだろうし、なるようにしかならないと思っている楽観主義者だ。だが、今はそれではだめだ。ここで瀬音を救えるのは自分しかいない。


「妹が来るのが早いかな?だが、大刀はもう人間を捨てている。いかに木戸の女とはいえ、そう簡単にはここに来れないぞ」

「俺がお前を倒せばいいんだろ?」

「言葉と気持ちが合致しない今のお前には、無理だ」


仙人は拳銃を腰にしまい、構えを取った。見たことのない、独特な構えだ。右手を顔の前にやりつつ、指を伸ばしてやや下向きに手首を折っている。左腕は真横に開いて拳を握っている。


「あらゆる格闘術を学び、独自のスタイルを確立した。それが俺だ」

「そうかい」


焦りが募る中、睨みあう時間ももどかしい明日斗は木戸の構えを取った。逃げたい気持ちを押し殺し、それでも恐怖を抱えつつ、仙人を睨むのだった。

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