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明日、晴れるかな?  作者: 夏みかん
第10話
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ターンオーバー 5

空に浮かぶかぎ爪のような三日月が赤く不気味な光を放っていた。そんな月下の元、明日斗は全ての元凶である仙人を前に思案に暮れていた。出来るなら瀬音を連れて逃げたいと考えていたのだが、後ろ手に手錠、その上、仙人の真後ろにいられてはそれは不可能だ。


「あなたは、一体何をしたいんですか?」


会話からその真意を引き出し、できる限り対話で解決したいと思う。たとえそれが無駄であろうとも。


「お前に語ってどうなるものでもない。が、まぁ、いいだろう」


そうして、仙人は優雅に語り始めた。養子である彼は、分家に比べて本家のその威光に驚いたものだった。何をしようとも敬われ、かつて大臣を務めた人間たちが挨拶に来るなど考えもしなかった。自分はそれを受け継ぎ、石垣家の繁栄をさらなるものにする、はずだった。元々、石垣家は男子の跡取りが必要であり、結婚の際に遺伝子に関する検査を何度も受けていた。その結果、この夫婦には女の子しか出来にくいという判定が下ったのだ。それでも一縷の望みをかけて妊娠したものの、その子はやはり女の子だった。それが瀬音だ。だから両親はこれ以上の子は望まず、養子を取ることにしたのだ。幸い、弟夫婦に3人目が出来たことで、彼が3歳になる頃に頼み込んで実現させた、それが仙人だ。仙人は聡明で、活発的で、野心的だった。だからもっとこの家が権力を笠に着てもいいと考えたのだ。現に一度父親にそれを進言したが一蹴されている。石垣家はもうそんな権力を誇る必要はないと。理由はない。そんなことで家の内紛は避けたいというくだらないものだった。だから考えた。どうすれば自分の理想通りに進められるのか。そこで仙人は裏から政財界の人間と接触したのだ。かつて権威を振るった石垣の家の名は偉大で、仙人は謙虚に彼らに接し、信用を得てきた。だから野望は徐々に大きくなっていった。自分ならばこういう連中を上手く従え、この国を正しい方向へ導くことが出来るのではないかと。だから、自分に懐いていた瀬音を懐柔した。彼女は正当な石垣本家の血筋だ。万一、自分が追放されれば、彼女は女でありながら当主の座に就く可能性もある。だから言葉と態度で彼女を上手く自分の思想に同調させた。やがて彼女は自分を愛し、体まで許すまでになったのだ。そう、完ぺきだった。彼女がこちらに味方する限り、両親をどうこうすることも可能だと判断できたのだ。そこで今度は改革に打って出る。婚約の儀、これを利用したのだ。


「俺に体まで許したこの女は、もう俺にとって只の人形だ。自由を手にするため、真に俺と結ばれるために、俺の策略に乗ったんだ。俺は知っていた、祖父と全王治の古い約束をな・・・だから、強く、懐柔しやすく、できれば年下の男を探せと。そして選ばれたのはお前だった」


義兄との肉体関係まで暴露された瀬音は俯き、うなだれたままだ。それは知られたくなかった。自分の口からきちんと伝えたかった。涙をこぼす瀬音を見つめ、明日斗は自分の中に湧きあがるどうしようもない怒りを感じていた。


「だが、それが誤算だった」


忌々しくそう言い、仙人は話を続ける。木戸明日斗の素性を調べても、実に普通の家庭だった。瀬音は疑問を持たなかったが、仙人は違った。普通過ぎて違和感を持ったのだ。理由はない、勘だ。そこで裏から情報を得るべく動き、同時に瀬音には明日斗を戦いにいざなわせた。結果、代理人である大崎閃光を倒し、婚約者として王手をかけたのだ。仙人にとって捨て駒でしかない大刀は敗北しかない。あの体形、あの根性、勝てるはずもなかった。だが、明日斗の素性を知って驚くことになる。自分が目指した猪狩総一郎というかつて日本を裏から牛耳った男、その野望を打ち砕いだ、今の軟弱な日本に変えた張本人、木戸周人の孫、政府が恐れる木戸家の末裔なのだ。だから焦りもした。今の石垣家よりも政府や警察上層部との繋がりが強い木戸家の人間が婚約者となれば、それが破棄の際に揉めれば面倒になる。だが、明日斗は性格的に流されやすい。そこで計画は続行された。そう、瀬音が明日斗に魅かれ始め、全王治が総力をもって大刀を改造することは誤算だったが。前者は計画の変更を、後者は接触して計画に組み込むことで修正をかける。そこで至ったのは両親を殺害し、瀬音も明日斗も同様に殺害すること。図らずも起こった全王治のゴタゴタという絶好のタイミングで。こうして自身の計画は終着点を変えず、過程を変えることで今、まさに成就寸前にまで迫っている。


「あとはお前と瀬音を殺し、大刀が木戸紗々音を倒せば終わる」

「あの男じゃ紗々音は倒せない」

「かもな・・・・だが、相手は人間じゃない、なら、勝ってもダメージは残る。そうなればまぁ、無傷でも勝てるが、私の勝利は完ぺきだ、揺るがない」

「させない」

「お前じゃ、俺は倒せない」

「そうだろう・・・でも、それでも、彼女だけは殺させない」

「差し違えると?」

「その覚悟はある」


毅然とそう告げるその言葉に瀬音は顔を上げた。臆病で弱い明日斗が最悪の悪魔を前にこういうことが言える、それがどこか嬉しかった。けれど、それ以上に怖い。明日斗が死んでしまうことが。勝てる見込みはないのだから。


「俺が裏から、大刀が表からこの国を支配する。その時、真っ先にすることは貴様ら木戸の血を絶やすことだよ。邪魔だからな」

「ただの平凡な家なのに?」

「平凡だが、お前らの技を、血は絶やす」

「怖いのか?」

「なに?」


この一言は仙人から余裕を取り払った。感情の、怒りの感情のこもったその言葉に、明日斗はようやく仙人が人間であると認識できた。さっきまではまるで機械のような印象を持っていたからだ。


「お前は恐れている・・・木戸の血を、技を・・・取るに足らない相手だとしながらも、雑魚だと思っているこの俺も」

「はっ!うぬぼれるな」

「だってそうだろ?じゃなきゃ、こうまで遠回りはしない」

「計画通り、だからだ」


睨む仙人から殺気が爆発的に広がった。だから明日斗は構えを取る。木戸の構えを。


「叩きのめしてやる・・・妹の婚約破棄要請を嫌がった挙句、暴力を振るった報復として」

「彼女は守る」

「ここで勝てると言えないお前には敗北しかない」


不敵に笑う仙人に対し、余裕のない明日斗は逃げたくないという気持ちだけを胸に、右足を一歩前に出すのだった。



町長から高校の校長を経由し、石垣の当主夫婦が事故死したことを知った天音は動揺を隠せなかった。まさか、そういう思いである。もしかしたら、という予感はあったものの、まさか本当に実行するとは。そうなれば、瀬音も危険だ。


「こちらの予防線を全部突破された、か」


大崎を殺したのも明日斗と紗々音を孤立させるためだろう。かといって他に助っ人を頼むことは出来ない。宗家の次期継承者、木戸晴人を呼ぶ案はなくなった。最悪の結果、宗家にも危険が及ぶからだ。だが、今となっては助っ人を頼むべきだったと思う。あの男、仙人は瀬音を殺し、明日斗と紗々音も殺した後で木戸の血筋を絶やしに来るだろう。真っ向からではなく、裏から、ネチネチと。


「明日斗次第になっちゃったなぁ」


アドバイスはした。あとはその意味に気付く前に殺されないことを祈るばかりだ。


「今、この瞬間だけでもいいから目覚めなさい、木戸明日斗・・・あなたは、練習だと誰よりも強いんだから、絶対に負けることはないんだから」


そうつぶやきながら警察関係者へ連絡を入れる。かつて世話になった笹山はもう定年となったが、その部下は健在だ。だからまずそこへ連絡を入れ、それから笹山に連絡を取るべくウラヌスを経由して応援を要請するのだった。



全王治朝妃は薄い笑みを浮かべていた。警察署の会議室のような場所にいるが、扱いは殺人の目撃者である。今は滝澤と大崎の殺人事件に加え、石垣当主夫婦の事故の連絡が入っててんやわんやの状態である。それを聞いて激しく動揺するふりをしたが、計画は順調だと聞かされているようなもので、この部屋に入ってから笑みが隠せない。


「今頃、大刀が木戸を殺している頃かな」


小さく呟き、頭の中で愛する息子の雄姿を描く。この国を治める存在となり、世界にも名をはせるその堂々たる姿を。そしてそっと膨らみ始めているお腹に右手を添えた。


「あなたもそうなるのよ?お父さんに似て、立派な人に」


声を出さないでそう心の中で話しかけ、笑いが顔に出ないように努める。もう、今夜で全てが終わり、全てが始まる。全王治などちっぽけな家柄などどうでもいい、全王治大刀という人間が光り輝けばいいのだ。


「さぁ、羽ばたきましょう」


両手でお腹をさすりつつ、朝妃は遠くを見つめた。立派な息子の姿を頭に描いたまま。



大刀は両手を何度も突き出す。恐るべきスピードだ。紗々音の目をもってしても捉えるのが困難なほど。さっきから一向にかかってこず、その場でパフォーマンスを続けている。本来ならばさっさと攻撃を開始する紗々音だが、やはり相手が未知の存在だけに慎重にならざるを得ない。そこでこのパフォーマンスだ、力量を測るにはちょうどいい。蹴りの速度、返す身体のバランス、どれを見てもすごいの一言だ。あの醜い体形がこうまで変わるものかと感心してしまう。だが、所詮はまがい物だ。


「こんなこともできる」


そう言い、大刀は拳大の石を拾って軽く空中に投げた。その石にそっと右手の人指し指を伸ばした状態で触れるように突き出した。普通であれば石は吹き飛ぶか、粉々になるかだろうが、目の前の光景は違っていた。石が割れずに指に刺さっているのだ。人差し指に突き刺さったその石を見せるように紗々音にかざせば、紗々音は感心したように軽く拍手をしてみせた。


「お前の身体に穴をあけることも容易だ」

「でも、当たれば、だよね」


にこやかにそう言い、紗々音もまた同じような大きさの石を拾い上げた。そうしてそれを右手の指だけで掴む。そのまま指に力を入れれば、意志は粉々に砕けた。女子高生とは思えないその握力に大刀は感心したような顔をしてみせる。


「本来の木戸にはない技。でも、かつての木戸無双流にあった技を得た。あぎとっていう、握力で喉なんかを握りつぶす技。お母さんには内緒でね・・・・京也さん、最後の木戸無双流の技を使える人から内緒で教わった。あんたにはこれぐらいしないと太刀打ちできそうになさそう、習っていてよかった」

「ああ、だが、俺の身体はそんな程度の握力では砕けない」

「砕く気はないよ・・・・破壊する。身体も精神も・・・・全部、ね」


ここでようやく構えを取った。大刀もシャツを脱ぐ。そこから姿を現したのは薄いグレーの機械的で、それでいて人の肉体に似た上半身だった。不気味だ、そういう印象を得つつもゾクゾクとした高揚感がやってくる。こんな化け物に勝てたらもう誰にも負けない気がする。


「安心しろ、殺しはしない・・・・動けなくしてからその貧相な身体を楽しんでやる。俺のあそこも機械でな、人間にはない快感を与えられる」

「あっそ、でも、残念、比べられない。私は経験ないから」

「最初で最後の相手が俺であることを至高の喜びとしろ」

「やだよ。それにあんたはその前に私に負ける。おにぃが気になるから、最初から本気だよ」


さっきまであった鬼気がさらに爆発的に大きくなった。目つきも野生動物のようだ。大刀はそんな紗々音を見ても不敵に微笑み、軽く腕を上げて右足も軽く上げる。


「さぁ、楽しもう」


そう言い、大刀は大きく右足を前に出した。やや前傾の姿勢を取るその姿を見つつ、紗々音は全身に満ちていく自分の気を感じるのだった。



構えを取ったまま、明日斗は動けないでいた。どうすればいいかを思案しつつ、相手の出方を見ているのだが、仙人は動く気配を見せない。それがどこか不気味だった。


「どうした?かかってこないのかな?」


余裕を見せる仙人に対し、じりじりと両足を動かして間合いを図るしかない。もどかしい、そう思うのは明日斗か、仙人か。


「動く気がないようなら、動く気にさせてやろう」


しびれを切らせたわけではない。これも当初からの計画である。元々は明日斗の相手などせず、最初から銃による殺害を計画していたのだ。だが、明日斗の生意気な言葉が少しの変更を呼んだだけのこと。だから仙人は腰に隠していた銃を引き抜くと明日斗に銃口を向けた。これで全く動けなくなった明日斗だが、不意に銃口は自分から別の方向をむいた。そして銃口から火を噴く。目を見開いて驚愕する明日斗のその目に映るのは、腹部を撃ち抜かれて血を流す瀬音の姿であった。

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