歯車のズレ 5
その報告に、さすがの仙人も絶句していた。滝澤弟からのその報告はシナリオ的には変更はないものの、その予想を大きく上回るものだったからだ。全王治朝妃が当主と夫を殺害するなど、誰が予想できただろうか。
「結果的に、君のお兄さんは手を汚さずに済んだ、ということか」
「しかし・・・これでは・・・」
「腐っても全王治、その辺は上手くやるだろう。君のお兄さんは優秀だし」
そう言われても懸念は残る。妻が拳銃で殺害ともなれば、それが漏れれば警察も動くし、その入手経路から自分の立場も危うい。シナリオでは兄が2人を殺害し、自殺するはずだった。全王治のこれまでの悪行を遺書に書き残し、そしてそれを利用して大刀が前に出てくるというもの。そしてその後、大刀が明日斗と戦うだけだった。しかし、仙人の中で変更はない。そして今後のシナリオの勝手な書き換えも既に読み切っている。
「朝妃の動向を兄上にマークさせておけ。真っ向から木戸に挑むことはないだろうが・・・一度闇に堕ちた人間は、とことんまで堕ちるのみ」
「と、言いますと?」
「今にわかる。さて、こちらも仕上げにかかる」
そう言い、仙人はスマホを手に何かを操作し始める。滝澤は一礼し、部屋を後にした。
「しかし、いくらなんでも・・・」
朝妃の凶行に戦慄しつつ、対応に追われているだろう兄とどう接触するかを考える滝澤にとっても長い一週間の始まりとなった。
*
部屋には2人しかいない。木戸天音と大崎閃光のみだ。閃光は自身が掴んだその情報を天音に伝える。全王治家の慌ただしい状況に、さすがの天音も困惑しているようだった。
「父子の権力争いの結果、ね」
「ですが、不審な点も多いです」
「警察がどこまで動くか、かな・・・全王治、それに石垣仙人も介入すれば、それはそれで有耶無耶のまま終わってしまうでしょうし」
「で、この先、あなたはどう読みます?」
何故それを私に聞くのか、そうとぼけた顔をする天音から閃光は視線を外さない。この女性は木戸の女だ。おそらく、仙人の動向もある程度読めているはず。だから、当主と無指の死を知っても、それ自体には驚かなかった。ただ、自身の予想を超えてきたために困惑しているだけのこと。
「多分・・・・全王治大刀は動く。同時に仙人も・・・・あくまで想像だけど、大刀と仙人が同時に動いて明日斗を追い詰めるはず」
「婚約者の、婚約の儀を闇で?」
「そう、闇でね・・・明日斗が死ねば、それはそれで問題が発生する。いくらなんでも死人が出すぎてはさすがの警察も詳しく動くでしょうし。でも、それでも・・・・」
「そうする可能性が高い」
閃光の言葉に鋭い目をした天音が頷いた。
「多少のシナリオの変更なんでしょうね、彼にとっては。でもね、その歯車のズレは必ず大きな歪みになる。木戸明日斗というイレギュラーがそうさせる、はず、かな?」
何故最後の最後で自信を無くすのか、そう思う閃光だが、今の明日斗が大刀はともかく、仙人に勝てるとは思えない。
「彼は本当に弱いのですか?」
もう何度も確認したことを再度確認する。
「致命的なほどに闘争心がない。完全に欠如している。まぁ、逃げられない状況なら仕方なく戦うでしょうけど、恐怖が先に立つ」
「そう、ですか」
「でもね」
明らかに落胆する閃光に、天音はいやらしい笑みを浮かべて見せた。
「稽古なら、練習ならあの子は無敵。紗々音にとって、越えられない壁になっている。まぁ、練習だけだけど、それでもあの子は紗々音を倒せるのよ。それが何故できるのか、だからこそどうすればいいのか、それに気づくことが出来れば、石垣仙人など軽く倒せる、はず、かな?」
だから何故最後の最後で言い淀むのか。呆れる閃光を見てにんまりと笑う天音は紗々音を呼ぶためにスマホを操作するのだった。
*
目のやり場に困るのはもう慣れたと思っていた。だが、今のこの状況は異常だ。下着姿の3人を前に正座ししている自分は何なのだと自問自答するが、答えが出るはずもなかった。
「さて、と、あっくん・・・・・・・ローテーション結婚離婚、その順番を決めて」
「あのさ、その奇妙な結婚と離婚の話、本気で考えてるわけ?」
正面で仁王立ちするりんごは大きな胸が邪魔をしないよう、バストを持ち上げての腕組みをしていた。ちょうど視線が股間に来るため、明日斗は視線を横に流すしかない。その右隣に立つサクラは恥ずかしそうにしつつも、残る2人に影響されすぎて同じように腕組みをしている。祐奈に至っては腰に手を当ててじっと明日斗を睨んでいる始末だ。
「瀬音さん、さん付けも腹立つけど、あの女と婚約破棄した後、あっくんは1年ごとに結婚と離婚を繰り返すの。私たち3人と」
「あのさ、長く一緒にいて、たどり着いた結論がそれ?」
「結婚はしたい」
「みんな、そうなんです」
祐奈の言葉にサクラが続いた。もう全員、思考がマヒしているとしか思えない。
「事実婚とかイヤ。結婚したいの!」
祐奈のその願望、他の男性とという選択肢はないのかと思うが口にはしない。
「・・・え、と、くじとか、じゃんけんとかで決めたら?」
「明日斗君は順番は関係ない、と?」
祐奈がずいと迫ってそう言い、その迫力に押されて明日斗は頷いた。というか、全部が全部おかしいとは思わないのか、そもそも当人はいいとして家族がどう思うとか考えないのかと思う。
「結婚イコール出産だし、で、どうする?」
「3年のローテーションの案、復活させます?」
「次の結婚まで6年もあるんだよ?子育てに影響する」
その子供に父親と、母親たちの関係をどう説明するのかと思うが、これも口にしない。もうこうなったら、この騒動が落ち着き次第蒸発するしかないと考える明日斗がため息をついた時だった、スマホが軽快な音を立てる。鋭い目をする3人をそのままにスマホを取り出せば、そこに表示された名前は瀬音であった。出るかどうかを悩む明日斗からサッとスマホを取り上げ、りんごは通話状態にした上でスピーカーにして画面を明日斗の方に向ける。ため息をついた明日斗はそのまま会話を始めるしかなかった。
「木戸です」
『木戸君!大変!全王治のおじ様、無指さんと当主が亡くなったわ!』
「え?」
思わず4人が同時に声を上げる。
『・・・・・・みんないる上に、もしかしてスピーカー?』
さすがに勘がいいと思う。そこには触れず、明日斗は詳細を求めた。この時期に2人が亡くなるとは尋常ではない。
「で、死んだって・・・どうして?」
『拳銃で、って話。どうも今後のことで揉めたって・・・奥様が怒鳴りあう声を聞いて、それで、銃声を聞いたら・・・』
「この時期に?で、今後はどうなるの?」
『父と母が情報収集に走っている。でも、大刀は婚約の儀の変更はなしでって言ってるみたい』
「・・・だからこそ、続行か」
『お兄様もどうも怪しいって言ってる』
「お兄さんが?」
つまり仙人にとっても予想外の出来事だということだろうか。いや、しかしそうではない気がする。勘がそう告げている。
「わかりました。また情報がそろい次第連絡をお願いします」
『うん、わかってる。あと・・・・』
「なんです?」
『浮気したら、わかってるわよね?そこにいる3人も、ただでは済まさないわ』
「どうせ婚約は破棄なんでしょ?終わってからもう、イチャイチャしまくりよ!3対1でね!」
『あら、そのまま結婚する可能性もあるから』
「はぁ!あんた!自由が欲しいんでしょ?」
タンカを切る祐奈の耳に鼻で笑う瀬音の息遣いが響き、それが余計に怒りを増幅させる。
『じゃぁねぇ、ダーリン!愛してるわ』
「愛するな!」
「心にもないことを!」
「アホー!」
3人の怒号は瀬音には届いていない。既に切られた後だったからだ。わいわいと怒りを口にする3人をよそに、明日斗は今聞いた話を整理していく。全王治に動きがあった、それも予想外の。それでも婚約の儀は予定通り決行される。それがどういうことかを考えれば、おのずと答えが見えてくる。仙人と大刀、彼らの同盟が、母親からもたらされたその情報が確かなら、最悪のシナリオが描かれているはずだ。
「おにぃ!」
勢いよく入って来た紗々音だったが、焦っていた顔つきはすぐに冷たいものに変化した。それもそうだろう、正座をしている兄の前に立っているのは下着姿の女性3人なのだから。
「乱交してる場合じゃない!すぐに作戦会議よ!」
「乱交じゃないよ、でも、全王治については情報が少なすぎる・・・母さんは?」
「部屋で天狗さんと一緒」
「好都合だ・・・・このままいけば、瀬音さんのご両親も危ないかもしれない」
「それは2人も言ってた」
「さすが」
微笑む明日斗に対し、りんごたちは顔を見合わせるしかない。
「紗々音にはきつい仕事を頼むことになるかも」
「いやぁ、強いらしいじゃん、瀬音さんのお兄さん、楽しみだよ、戦るのが」
「・・・・羨ましいよ」
そう呟き、明日斗は立ち上がった。その目に宿る光は今まで見たことのない輝きを放っていることを、りんごだけが気付いたのだった。
*
「災難だったね、兄さん」
虚ろな表情をしている兄の意識は奪われている。仙人が入手した強力な薬によって。対応に追われている兄を陣中見舞いということで、屋敷に来ているのだった。これしか早く接触する術がなかったとはいえ、警察に顔を見られたのは痛い。後々のことを考えれば人目を避けたかったのは否めない。しかし、早急に動く必要があったのだ。兄の自我が働く前に。
「でもね、心配ない・・・・兄さんは全王治と石垣のために命を懸ける」
そう言い、耳元で何かをささやく。何度も、何度も、繰り返し。やがて弟が去り、兄の目に光が宿った。何故ここにいるのか、誰といたのかも思い出せないが、すべきことは理解している。しっかりとした足取りでその場を去る滝澤の頭の中にあるのは、だた1つのことだけだった。
*
無防備に、1人でやって来たのは信頼を得るためだろうか。混乱する全王治の屋敷ではなく、病院の一室に姿を見せた仙人はノックをし、中からの返事を待ってそのドアを開いた。
「心労で倒れたとお聞きしまして、お見舞いに参りました」
「ええ、わざわざありがとう」
閉じられるドアの音を聞きつつそう答える朝妃の顔色はすこぶる良かった。夫と義父を亡くしたショックなど微塵も感じられない。それはそうだろう、実際に殺害したのは彼女なのだから。ショックと偽ってここに来たもの、妊婦であることを最大限に利用して警察からの追及を軽くするためだ。もっとも、滝澤の証言で彼女のアリバイは証明されている。そう、それも弟の刷り込みだったが。
「お葬式は、まだ未定で?」
「警察の現場検証がまだですし、ね」
「そうですか」
ベッドに座る朝妃の横に立つ青年に目をやり、仙人は小さく微笑んだ。
「こちらも、不幸が重ならないように気を付けないと」
「そうしてください、何かと物騒だ」
「無指様の秘書も怪しい、ですしね」
「ああ・・・マークしているのだが、どうも不穏な動きを見せている」
ほくそ笑むその青年はすらっとした体形をそのままに、優雅に歩いて迫る。気品と強さ、それが滲み出た気を感じさせる。まるで別人だ。いや、文字通り別人になったのだ。
「では、秘書の動向はお任せします。こちらは両親を避難させますよ、何かあっては大変なので」
「ええ、大事は必要です。ああ、あと、例の件、よろしくお願いしますよ?」
スーツ姿の全王治大刀は小さく微笑むと、仙人の前に立った。似た体形となった大刀は自信に満ちた表情で右手を差し出す。仙人はためらうことなくその右手を掴むと固い握手を交わした。
「もっと冷たいものだと思ってました」
「これが最新の科学です」
2人は冷たい笑みを浮かべあった。同じ目的を持つ者同士の笑みだ。そして、ようやくスタートラインに立ったのだ。壮大な計画のそのスタート位置に。
「全ての根回しに3日、事後処理の準備に2日」
「決行は6日後、それまでにさらに腕を上げておきますよ」
大刀はそう言うと、グッと右拳を掲げた。
「どうやってもらっても結構ですよ。存分にその身体を堪能してください」
「2人とも、やってもいいんだよね?」
「そうですね、まずは妹の方からになるかもしれませんが、順番はその場で」
「貧乳も味わってみたいが、それよりもどう殺すか、どんな悲鳴を上げるのか、それを味わいたい」
ゾクゾクとしたものを感じる大刀を見やる仙人もまた興奮を抑えるのに必死だった。悪に手を染めるのではない、正義のための悪を貫くのだ。綺麗ごとだけでは世界は変えられない。
「では、予定通り連絡は明後日に」
そう言い残し、仙人は2人に軽く頭を下げた後で部屋を後にした。すべては順調に進んでいる。多少の変更はあれど、大筋に変更などない。あと数日で全てが動き出す。だからか、いつもポーカーフェイスの仙人から笑みが漏れていた。それは冷たく、邪悪で、そして無邪気な笑顔であった。




