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明日、晴れるかな?  作者: 夏みかん
第9話
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歯車のズレ 4

この展開は望ましくない、そうは思っている。でも、いや、だからこそ面白いとも思っている。全王治は落ちぶれた。石垣の策略に嵌った、そう言い伝えられ、しかしながらそれを覆す切り札も伝えられていた。この現在いま、ようやくそれが叶うところまできている。あと一歩なのだ。石垣と親類になり、名声を取り戻すと同時に権力も回復させる。全王治家の愚かなる、まともではない孫の存在がカギとなって。あの出来損ないのクズが石垣の娘と婚姻となれば価値もある、ただそれだけの価値しかない腐った人間だと思っていた。しかし、彼は化けた、文字通り。だから笑みが絶えない。石垣仙人と木戸明日斗との会食からはや一か月、両家に動きはない。いや、動かなかったのだ、あえて。朝妃と無指の計画にズレはあれど、目的は同じ。全王治の復権だ。よもやあのお飾りの女がこうまで知略に長けていたと思うと笑みも止まらない。あと一歩で全てが叶う。それを見届けるまでは死ねない、そう思う老人はノックの音に笑みをかき消すのだった。



この一か月の間に何の動きもなく、ただ明日斗と瀬音が定期的にデートを楽しんでいる、それだけだった。だから、りんごもサクラも祐奈も退屈で、イラ立って、そしてどこか無気力だ。ここ最近の明日斗は瀬音とのデートを楽しんでいる節がある。とはいえ、全王治大刀との決着がつけば、何らかの理由をもって婚約関係は破棄される。そこまでは我慢するしかないのだが、本当に破棄するのかどうか疑問に思えてしまう。それほど、最近の明日斗は様子が違っているのだ。


「おにぃは今日も?」


無言でうなずく死んだ目をする3人を見てため息をついた紗々音はさらにもう一度大きなため息をつくと食堂の外に出た。今日もまた屈強な警備員を相手に稽古をするのだろう。もっとも、手も足も出ずに叩きのめされる警備員にしてみれば、稽古になっているのかどうかもわからないのだが。


「あら?紗々音は?」


おっとりした歩調でやってきた母親の言葉に、3人が同時に玄関の方を指さす。その動きから察した母親は苦笑を隠さず、人の少ない食堂を見渡した。


「全王治との日取り、そろそろ決まる頃ね」

「そーなんですねぇ」


無気力的な返事をする祐奈に苦笑を濃くして、母親は近くの椅子に腰かけた。


「でもかなり不穏な動きが続いてるから、今まで通り、あなたたちはここから出ないこと」

「へぇ~い」


りんごの返事に苦笑ではない笑みを浮かべ、母親は足を組んで3人を見やった。この一か月、外出禁止を言い渡している。天狗、大崎閃光から全王治、石垣共に不穏な動きありとの連絡を受けたのが一か月前であり、紗々音を伴っての外出すらも禁止していた。紗々音も必要最低限の外出を控えつつ、トレーニングに没頭している。それは来るべき時に備えてのことなのか、いつもことなのかもわからない。


「さて、と、プールにでも行こうかな」

「そうですねぇ、行こうかなぁ」


無気力な祐奈がそう言い、ユラりと立ち上がった。夏休みももう終わっているのだが、この3人については延長が決定している。校長には母親が赴いて事情を話し、承諾を得ている。


「早ければ2週間ほどで全王治とは決着がつくわ。そうしたら、いよいよ本番ね?」

「んー?」

「明日斗はフリーになる」


その言葉に少しだけ目に光が戻るが、元気は戻らない。結局、全てが終わらないと何も進められないのだから。


「どうでもいいけど、たるんだお腹の女の子を、あの子が好きになるのかねぇ」


つぶやいて去る母親の言葉に3人が顔を見合わせ、同時にお腹のお肉をつまんだ。そしてこれまた同じタイミングで立ち上がると速足で部屋に戻るのだった。



決行は一週間後、それは予定の大幅な短縮を意味していた。3週間も短縮とは、大刀は相当頑張ったのだろう。いや、その力を持て余している、そういうことなだろうか、そう考える。仙人にしてみれば下準備はもう完了している。ならば、一週間後に向けて残る準備を完了させるのみだ。幸い、今日は瀬音が留守にしている。明日斗と程よい関係を築くのが目的のデートだが、ここ最近の瀬音はデートを楽しんでいる。その証拠に明日斗との会食以降、なんだかんで肉体関係を拒否されていることからしても明白だ。


「ガキが出来ないようには気を遣っていたが・・・まぁ、所詮は・・・」


そこで言葉を飲む。ピルを飲ませて避妊は完ぺきだったが、元々恋愛感情などない。自分にとってこの家の全ては手駒でしかないのだから。そのために利用し、捨てるだけ。何の心も痛まない。


「滝澤」

「はい」


ドアの向こうにいる男に声をかけ、仙人はゆっくりとそのドアに近づいた。


「決行の日取りが決まった。君のお兄さんに動いてもらう。もちろん、君にもね。まずは全王治の掃除から、それからこっちだ。手筈通りに」


返事もなく、足音が遠ざかった。仙人は笑みを浮かべ、夢に抱いていた瞬間がもうそこまで迫っていることに、胸の高鳴りを抑えるのに必死だった。


「最後に一度、抱いておきたかったがな」


瀬音の裸体、体温、息遣い、それらを思い出しながらもその未練のような感情を捨てた。これからはもっといい女を自由に、好きなだけ抱けるようになる。この国の真の支配者になれば、世界中のセレブともそういう関係を持てるのだ。


「さぁ、ショータイムの始まり、まずはそのプロローグだ」


両手を広げて満足そうにそう言い放つ仙人の目に宿るのは鋭く、そして邪悪な輝きであった。



午後1時、ランチを終えた2人は風が少し強い海辺を歩いていた。混雑する時間帯を避けて早めに昼食を取ったこともあって、少しのんびりした午後を満喫している。繋いだ手は熱く、夏の暑さとは違うものを感じさせてくる。特に瀬音はこの温もりを心地よく感じていた。明日斗は自然で、そして優しい。利用している自分に対し、その利用価値を最大にアピールしているかのように。だから魅かれている、そう思う。明日斗は仙人にはない優しさがある。言葉には出来ないが、それが瀬音の心を掴んで離さなかった。何故だろう、不思議だ。


「婚約破棄しても、こういう、友達関係は続けられる?」


瀬音の言葉に驚いた顔をする明日斗は苦笑を浮かべて見せる。


「無理でしょ・・・・石垣の人間に捨てられて、その上でその当人と友達なんて」

「そうね」


明日斗の言うことに間違いはない。明日斗側の落ち度で婚約は破棄されるのだ、そうなれば町中の噂になり、事情を知らない瀬音の両親からは嫌われて、接触すらできなくなるだろう。そんな状態で友達関係の維持など不可能だ。


「わかってる・・・でも、そうありたいって、思って」

「まぁ、すぐには無理でも、何年かしたら、できるかも」


そう言って微笑む明日斗の優しさが身に染みる。だから瀬音は繋いでいる手をぎゅっと握りしめた。


「私ね、もしかしたら、本気で、あなたを・・・・」

「錯覚です」


瀬音の言葉を遮った明日斗は海風に心地いい表情を浮かべて見せた。


「錯覚、か」

「こういう状況だから、ですよ」

「そうなのかな?」

「あなたが好きなのはお兄さんでしょ?」

「・・・・・・よく、わからない」

「だったら、全部が終わって、それから考えて」

「それじゃ遅いじゃない!」


今度は瀬音が明日斗の言葉を遮った。周囲に人がいなかったのは幸いだ。それほど、瀬音の言葉は大きく、感情的だった。


「全部終わってからだと、もう、こうやって・・・・」

「それでいいじゃないですか、それが正常。俺はあなたに似合わない。こうして疑似恋愛しているだけでも、夢のようだから」

「私は・・・・この気持ちは・・・」

「だから、偽物ですってば」


微笑む明日斗の言葉は正しい。きっと今のこの気持ちは流されているだけのもの。偽りで薄っぺらで、それでいて、真実。


「俺はあなたが自由になる手伝いをする。だからあなたは自由になって、本当に好きな人と結ばれて欲しい。俺じゃない、こういうシチュエーションじゃない、本当の、心から好きだと思える人に」


そっと優しく髪を撫でるその手を掴み、瀬音は明日斗を引っ張って歩いた。この気持ちは本物のはずだ。なのに、明日斗の言葉を否定できなかった。自分の周りには家柄を重視して近づいてくる者、権力に群がって来る者、財産と容姿目当てで近づいてくる者ばかりだった。そんな中にあって、同じ悩みを抱えている義兄に心を開き、好意を抱き、両思いになった。なのに、嘘の恋人、婚約者の関係を結んでいる明日斗の存在はイレギュラーで、割り切った関係で、そこに愛などないはずだった。なのに惹かれたのは、自然だったからだ。ただ1人の女の子、そんな風に扱ってくれた初めての人だったからだ。それは偽りだから、偽物の恋人だから、なのだろう。分かっているのに、なのに、好きだという気持ちが強くなっている。


「もしも、もしも、何年経っても、そんな人が現れなかったら、私はあなたを呼び戻すから。どんな手を使ってでも」

「拒否りますけどね」

「石垣の権力ちからを舐めないで」


ここでようやくいつもの人を小ばかにした笑みを浮かべて見せた瀬音に明日斗も微笑んだ。



それは本来、他人に見つかってはならないはずだった。そう、朝妃がそれを手にしたのは本当に偶然だった。滝澤に大刀の定期検診のための病院への付き添いを依頼しようとし、部屋に入って見つけた奇妙な違和感を覚えた木箱を開けた、ただそれだけだ。なんてことはない木箱、なのに妙にそれに魅かれて開けたことは神の啓示だと思っている。ズシリとした重さは現実的で、それでいて魔法のように自分を力づけた。これがあれば全てを予定通り実行できる。膨らみ始めたお腹に、夫が気付くのも時間の問題だと危惧していた。夫との性交渉はもう1年以上もない。だから、これは神が与えた贈り物なのだ。仙人から一週間後に実行するとの連絡を受けて、まずは自身の計画の第一歩を踏み出す時が来たのだ。朝妃はそれを手にしつつ長い裾を持つ上着に隠して義父の部屋をノックした。嫁いでからただの一度も好きになれなかった人物の部屋をノックするのも実に久しい。


「誰か?」


屋敷にあるあらゆる廊下に仕掛けられた監視カメラを見ているくせによく言う、そう思う。とはいえ、夫婦の寝室に仕掛けられたカメラの存在も知っていてそのままにしている自分も随分変態だと思っていた。見られている、それが朝妃を興奮させていたのもまた事実なのだから。だが、夫もまた同じだ。あえてそこだけを残し、自室や滝澤の部屋のカメラや盗聴器は念入りに調査しているぐらいなのだ。


「朝妃です」

「入れ」


ドアを開いて一礼するのももうこの家のしきたりだ。この老人がいまだに当主の座についているからこそ、全王治は浮上出来ないのだ。そしてそれをそのままにしている夫もまた同じ。だから自分と大刀が変えるのだ、この家を。


「どうした」

「お義父とうさまにはご報告を、と思いまして」

「ほう、で、何を?」

「妊娠しました」

「ふむ、それはめでたい」

「ご存知の通り、大刀の子です。あなたにはひ孫であり、また、孫でもあります」

「経緯はどうでもよいわ、めでたいことに変わりはない」


大刀の子と知っているのでしょうと告げても表情に変化がない老人に、朝妃は笑った。それは老人が戦慄するほど冷たい笑みだ。


「そう言っていただけると嬉しいのですが、あの人は違うでしょう」

「だろうな」

「でも、この子は大事な子。全王治としてこの国を統べる男の子」

「そうじゃ」

「だから、この子の先にあるのは明るい未来。暗い過去の遺物にはもう、存在価値はありません」

「言いよるの」


笑んだ老人の背中に冷たいものが流れた。こんな冷や汗は何十年ぶりだろうか。


「冗談はよせ」


すっと両手で構えた朝妃の手にあるのは拳銃だ。それは正確に老人の頭に狙いを定めていた。そして、驚愕の表情を浮かべた老人に対し、ためらいなくその引き金を引く。距離は2メートル、外すこともなく撃ち出された弾丸は老人の頭を貫通して黒い血を噴き出させた。朝妃はその血に染まりつつ、老人の死体に近づいて心臓の上に銃口を置き、再度一回引き金を引く。乾いた音が老人の心臓を破壊し、既にこと切れている人間にとどめをさしたのだった。


「何の音だ?」


異変に気付いてやって来た夫にしだれかかる妻を受け止め、無指はそこにある父親の変わり果てた姿を見て茫然とするしかない。頭と胸から血を流すその無残な姿を。


「朝妃、お前が・・・・?」


その言葉はパンという乾いた音に遮られ、そのまま揺らめく視線の向こうにいる妻を見ていた目から光が消えた。抱きしめられたまま夫の心臓に向かって引き金を引いたのだ、ためらいなく。予想外に早くここに来て、しかも抱きしめてくれたのは好都合だった。だから始末したのだ。


「む、無指、さま・・・・・」


遅れてやって来た滝澤は力なく立ち尽くすのみだ。当主と主人が血の海の中で横たわっている。白い洋服を朱に染めた奥方は、その冷たい目を滝澤に向けていた。目があい、ゾクリとしたものが背中を走る。金縛りにあった滝澤は焦点の合わない目で、しかし、それを背けずにただ朝妃を見つめていた。


「この家の最高権力者は私であり、大刀です。さぁ、滝澤、あなたはどうしますか?」


そう言い放つ朝妃は悪鬼のようで、それでいて妖艶な笑みを浮かべていた。そのせいかはわからないが、瀧澤は片膝立ちになると恭しく頭を垂れた。これが正しいことだと、何故か頭がすっきりしつつ。


「今、この瞬間から、私はあなたの忠実な僕です」


そう力強く言い放った滝澤の言葉に満足した朝妃は小さな笑みを浮かべたままそっと拳銃を滝澤に返すのだった。

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