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明日、晴れるかな?  作者: 夏みかん
第9話
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歯車のズレ 3

店の前に立っている男に、どことなく見覚えがある気がする。だが、そんな程度なせいか、明日斗も瀬音もさほど気にしない。いや、気にならないほど普通だった。何もかもが普通、いや、普通すぎた。案内されるままに店の中を進めば、個室に通され、そこにいた好青年というにふさわしい男性が立ち上がって2人を出迎えてくれた。ラフな格好な割にはきちんとした印象を受ける。明日斗はゴクリと唾を飲んだ。カリスマ性というものを持ち合わせた、それに似合った風貌、気。まさに帝王、そんな感じだ。


「少し早めだったけど」


瀬音がにこやかにそう言いつつ、その青年、石垣仙人に近づいた。明日斗からは後ろ姿だったが、その顔は恋人に対面した際のそれになっている。仙人はにこやかに微笑み、瀬音を優しくそっと横にやると明日斗に近づいてきた。


「初めまして、木戸明日斗君。石垣仙人です」


さわやかな笑み、優しい口調。なのに、何故だろう、ゾクリとしたものを感じている。木戸の血のせいだろうか、悪しきものを感じる明日斗だが、もちろん、それを微塵にも出さずに差し出された手を握って固い握手を交わす。


「ほうぅ」


感心した声をあげる仙人に対し、瀬音と、案内人の滝澤弟が怪訝な顔をしてみせた。


「無粋な真似をしたね、申し訳ない」

「いえ」


表情を変えない明日斗のその返事に満足そうな顔をした仙人はそっと優しく明日斗の背中を押すようにして席をすすめた。そのまま円卓に腰かけると、瀬音が座るのを見てから仙人も座る。そうして目で滝澤に合図をすれば、滝澤は一礼をして部屋を出る。入れ替わりに店の者が現れて前菜を各自の前に置いて行った。


「ようやく、ようやくだね、木戸君。会えて嬉しいよ。いや、実を言うともう少し早く帰国するはずだったんだ」

「そうだったんですか。でも、そう急がなくても・・・まだ正式な婚約者ではありませんし」

「そうかもしれない。でもね、あの大崎閃光を倒したと聞いては、ね」

「あの人、そんなに有名だったんですね」

「知らないというのは幸せなのか、それとも、君の一族、技にしてみれば、取るに足らない存在か」

「自分は継承者でなないですし、そもそもそういうものに興味はありません」

「妹さんが継いだ、と聞いている」

「ええ、あれは好戦的で、天才です」

「お手合わせ願いたいね」


実に穏やかな言葉だが、そこに自信がのぞいている。木戸の技、その経歴も知っている、それでも勝てる、そういう言葉だ。だから、明日斗は自然に笑みを浮かべていた。


「どういう笑み、なのかな?」

「え?」


無意識的に笑みを浮かべていたのだろう、明日斗は我に返った。仙人は苦笑し、前菜を口にする。


「君は、読めないね」

「はぁ」

「だからこそ、瀬音が選んだのかな?」


そう言い、にこやかに瀬音の方に顔を向けて微笑んだ。芝居がかった、ではなく、ごく自然に。だから明日斗は気を引き締めた。いや、引き締めていたはずなのに、仙人の空気のせいか、緩められていることに気付いたのだ。そういう相手は警戒するべきだ。これは父に教わったことでもある。


「お兄様が気に入ったようでよかった」

「全王治は気に入らないからね」

「だったわね」


なるほど、そういう感じか。あくまで明日斗側に立っているというスタンスを保つつもりかと認識し、明日斗は演じ方を決めた。


「全王治には何度も襲撃を受けています」

「あの木戸の技に、真っ向勝負は挑めないだろうからね。でも、かといって表からも仕掛けられない。それは当然だろう、婚約者候補の立場がそれをやれば、我が家も黙ってはいない」

「まぁ、でも、こっちもそういう戦い方は慣れています。特に母と妹は」

「木戸の本流はそういう技、だったかな?」

「一対多数で人を殺すことを突き詰めた技」

「怖いね」


おどけてみせるが、ごく自然だ。だから怖い、恐怖を感じる。本能が警戒せよと叫んでいる。そんなことは今まで一度もなかった。ないと思っていた木戸の血をここで確認できたのは大きいのか、小さいのか。


「まぁ、今日は楽しく話をしたい。瀬音との馴れ初めとか」

「馴れ初めって・・・・急に呼び出されて、急に宣告されて、もう、有無も言わせず・・・」


そこまで言う明日斗の言葉で仙人は大笑いをしてみせた。本気の笑いだ。個室に響くその声に、明日斗はおろか瀬音もまた張りつめていた空気を緩めてしまう。明日斗はすぐに引き締めたが、瀬音は緩めたままだ。


「なるほど、妹らしいよ」


そう言うと運ばれて来たスープを一口飲むのだった。



会食は和やかな空気のままで進んでいた。瀬音の話、明日斗の話、そして仙人の話。なんてことはない、お互いを知るための会食、それに尽きる。何かを探ろうとか、そういう意思は感じられない。


「ああ、もうこんな時間か、時間が経つのは早い」


実に名残惜しそうにそう言う仙人に、明日斗とも笑顔で応えた。今回の会食で得たものは、この男は本物の魔王だということだ。実に見事に自分を演じ切っている。こちらがどれだけの情報を得ているとか、それを探ろうという意思もない。ただ淡々と初めての会食を楽しんでいる、それだけだ。だから常にゾクリとしたものを背中に感じていた。


「料理も終わったところで申し訳ないが、この後も予定があってね。政治家というものは時間に遅れてくるくせに、こちらが遅れると機嫌を損ねる。困ったものでね」


そう言いながら立ち上がった仙人に合わせて明日斗も立ち上がった。そうして再度握手を交わす。今度は2人が同時に微笑んだ。


「君は本当に弱いのかい?」

「ええ」

「なるほど、血と修練の果て、か」


そう言うと手を放し、仙人は明日斗の肩を2度ほどポンポンと叩いてみせた。


「この部屋はあと20分程度いられる。デザートを追加で頼むといい。支払いは外にいる滝澤に」

「はい」


爽やかにそう言い、瀬音も笑顔で返す。


「では、また」

「本日はありがとうございました」

「君に勝ってほしいと思っている・・・全王治ではなく、君に」


そう言い残して仙人は去っていった。爽やかな風と、言い知れない恐怖を残して。


「どうだった、お兄様は」

「率直に言っていいかな?」

「もちろん」

「すごく爽やかで、そして・・・・・怖い人だと思ったよ」


微笑む明日斗はそう言いながら席に座る。瀬音もまた席につき、小さく微笑んだ。正直すぎる、そう思いながら。


「全てが演技なのだろうけど、実に自然だ」


馬鹿正直ね、そう思うが悪い気はしない。だからそれを仙人に伝える気もなかった。


「ところで、握手、なんかあったの?」


皿を下げに来た店員にデザートのアイスを追加で注文し、瀬音はテーブルに肘をつき、手を顎に乗せた。じとっとしたその視線に一瞬たじろぐものの、明日斗は苦笑を浮かべる。


「関節を極めにきたんだよ、あの人は」

「関節?」

「手首のね」

「で?」

「まぁ、なんていうか・・・・自然に身に着いた回避をした」

「で?」

「お兄さんは感心した」

「へぇ」


どういうことかイマイチよくわからない。だが、兄ならばそういうことをするかと思うが、それを明日斗が回避したというのもピンとこない。自分の知る明日斗はどこか頼りない、そう強さを感じさせない男だ。だから正直に言って、そんな芸当ができるとは思っていなかった。


「すごいね、自分を演じている・・・・だから怖い」

「お兄様は、石垣を変えるために一生懸命。だから、かな」


ここで瀬音は自分に疑問を抱いた。自慢の兄で、自慢の彼氏。愛する人のことをこう表現する時はいつも誇らしい気持ちになっていた。なのになぜだろう、今はその気持ちが薄い。


「だから俺も演じるよ・・・君のために戦って勝ち、そして振られる。だから、君も頑張ってお兄さんを支えて、家を変えて欲しい」


笑みを浮かべてそう言う明日斗に対し、胸がときめく。何故だろう、わからない。本気になっているわけではない、あくまで明日斗は偽の婚約者。なのに何故こうも心が揺れ動くのか。ここ最近、明日斗は変わったと思う。開き直ったというのか、自分がどうすればいいのかを決めてからの明日斗は実に魅力的に感じる。


「変える」


笑みを浮かべる瀬音の言葉に、明日斗は人懐っこい笑顔になった。だから、瀬音のときめきは大きくなり、胸のドキドキはさらに大きくなるのだった。



「あの程度・・・・思っていたよりも、な」


車の中でそう呟く仙人の言葉を、運転手の堺は黙ったまま聞いていた。自分の身持ちを滝澤以外には決して漏らさない仙人にとっては珍しいというよりは奇跡に近い。だから堺は返事をしない。


「だが、扱いやすいな・・・演者としては最高だ。まぁ、シナリオに変更はなく・・・消えてもらう」


今度は口に出さずに心で呟く。笑みは邪悪で、さっきまでの爽やかさは微塵もなかった。


「さて、全王治大刀、朝妃も2か月後には動く。こっちも準備を進めよう。偽りの両親も、妹も、木戸も、全て、消えてもらう。全部流して、壊して、そして再生する・・・・この俺が」


笑みを濃くする。邪悪で、冷たい笑みを。



紙袋の中身はズシリとした重さを持っていた。だから、滝澤兄はそれを実感して一筋の汗を流す。弟の指示した男に会い、それを受け取る。そしてそれを誰にも見つからずに所持し続ける。それこそが石垣のためになるという思考が働いているせいか、何の疑いも抱かない。主人である無指にすら内緒にすることにも何の疑問も抱かず。


「変える・・・・全てを」


まどろむ思考は一瞬で、眩暈も一瞬。だから滝澤はポケットから2錠の薬を取り出すと、もう片方に持っている水のペットボトルの蓋を開けた。そのまま薬を一気に飲み干す。5分もすれば気分もよくなり、すっきりした気分になった。


「さて、では」


計画通りに、心でそうつぶやくと笑みが自然と浮かんだ。



「まさかの展開」


薬を飲んで去る滝澤を見つめる閃光は苦笑を禁じえなかった。受け取ったのは、おそらく拳銃だろう。


「裏社会に通じるのも、役立つ」


ヤクザでは流通が難しくなった昨今、拳銃は東南アジア系の闇組織から買うのが一番だ。しかも、いつだったか、ボディガードを頼まれてついて行ったその組織にいたのが滝澤と接触した男だったからだ。頬にあざがあるのが特徴だったせいか、よく覚えている。


「警戒レベルを引き上げる必要がある。が、かなり危険な計画なようだ」


家の変革に必要なものとは思えない。だかた閃光はすぐに立ち去った。気配を殺し、周囲に気を配って。

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