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明日、晴れるかな?  作者: 夏みかん
第9話
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歯車のズレ 2

待ち合わせ場所は隣町の駅前だ。施設の地下通路を通じてそこまで車で送ってもらった明日斗は既にそこにいた瀬音を見て少々驚くものの、これが瀬音だと理解しているせいかにこやかに歩み寄っていった。約束の時間の10分前だというのに待ちきれなかった顔をしている瀬音に向けた笑みはそのままで、瀬音は小さなため息をついてみせた。


「待たせすぎ。2度もナンパされた」

「10分も前に来たんだけどね・・・それに、ここは隣町だし、石垣瀬音を知らない人も多いってことかなぁ、それって」


あの石垣瀬音と知ってナンパをしてくる者など、地元にはいない。その石垣家の長女であり、そして婚約者がいるともなればナンパなど出来ようはずもない。それにそんなものにほいほい付いていく瀬音でもない。毅然とした態度で返り討ちにあう、それが分かっているからだ。


「で、ここで待ち合わせってことしか聞いてないけど、どこに行くの?」

「あなた、中華はお好き?」

「辛いのはちょっと苦手だけど、好きだ」

「私よりもぉ?」


腕を腰の前にやり、上半身を折り曲げてそう言うあざという姿の瀬音を見て苦笑する明日斗は、はいはい、とだけ言うと暑さから流れてくる汗を拭った。


「お兄様との会食は11時半から・・・ここから電車で2駅向こう。少しこの辺りをぶらっとしてから移動しましょ」

「すぐに行くんじゃないんだ?」

「彼女とデート、したくないの?」

「したいです」

「素直でよろしい」


微笑み、そう返す瀬音は可愛い。だが、明日斗にはそれだけしか思わない。好きという感情もない。利用されている、自らされてやっている、いわば今の関係は恋人ごっこなのだから。そしてそれは瀬音も同じはずだ。なのに、瀬音はこういったデートを楽しんでいる自覚がある。全部仕組まれた今回の婚約者騒動を知ってなお、自ら贄になることを選んだ明日斗は計画通りの存在のはずだ。なのに、興味がわく。他人に興味がないのか、流されるまま生きてきた性格のせいか、利用されているのにも関わらず自分の役目を全うしようというその意気は理解できない。いや、この方が都合がいい。ピエロを演じ切り、自分と義兄あにの自由と変革のために生贄になってくれるのだから。なのに、少しだけ心が痛む。


「ん?」


そっと自分から手を繋いできた瀬音にそう呟き、明日斗はそっとその手を握り返した。



「いよいよ、今日、みたい」


朝妃はベッドに横たわったままの息子を見て優しく微笑むと、スイカの乗った皿を差し出した。ようやく退院し、自宅療養となった大刀はその皿を受け取ると、切り身の1つを口へ運ぶ。


「味覚はそのまま・・・いや、聴力、視力、反射神経・・・・なんか今までの自分がどれだけダメだったかを痛感させられるよ」


もしゃもしゃとスイカを噛みながらそう言う大刀を見つめる朝妃のその顔は慈愛に満ちた母親のそれであり、また、愛しい人を見つめる恋人のそれでもある。いや、実際に今の彼女はその両方を担っている。その腹にはあってはならない禁断の命が宿っているのだから。


「明日からトレーニングして、一か月で今の身体をものにする。そしてそこからさらに一か月で武術をマスターする。完全勝利のために」

「それまでに石垣仙人が全てを整えるわ。私も準備しなきゃね、いろいろ」


妖艶、というよりは悪女の笑みで大刀を見つける朝妃の中にあるのは恐るべき計画だ。夫も義父も予想だにしないその計画は水面下で確実に動いている。無指にとっては大きな誤算、歯車の狂い。


「内閣総理大臣、全王治大刀・・・10年先にそれがある」

「5年でどうにかするって、石垣仙人は言ってた」

「あいつがそうしたいんだろう?俺をさっさと総理にして裏から操るために」

「あなたがかつての『キング』で彼が『猪狩大臣』、理想はその昔あった究極の力関係だもの、この日本を最適な環境に保つ最強のコンビ」

「俺は『キング』になる。ただし、裏からではなく、表から。そしてあいつが裏から。日本の利権を全て手にするんだ・・・」

「そうね。昔々のその体制こそが真理だった」


その関係を崩壊させたのが木戸の血。それも理解している。だからこそ、分家とはいえ、継承者ではないとはいえ、木戸家と戦って勝つ必要があるのだ。宗家の血筋がどう動こうと、けん制にはなる。それに好都合なのは継承者が女で、男は出来損ないということだ。


「俺は勝つよ。木戸明日斗だろうが、紗々音だろうが誰だろうが」

「そう、そうしないと力関係が崩れてしまう・・・石垣仙人と」

「大丈夫だよ・・・俺は強くなったんだから」


そう言うと傍らに立つ母親に手招きをする。朝妃は微笑み、そこに吸い寄せられるようにして逞しくなった息子の腕に抱かれた。見つめあい、熱いキスをかわす。


「勝つの・・・・私の息子が・・・・そのためには私は何も恐れない」


心の中でそう呟き、視線を横に向けた。キスをしながら、大刀に気付かれないように。鬼気迫る視線を隠しカメラの向こうにいる当主に向けて。だから当主はたじろいだ。その視線に、覇気に、鬼気に。



尾行して1時間、天狗こと大崎閃光は気配を殺しながら全王治側にいる滝澤兄の動向を探っていた。全王治無指の腹心の部下にして忠実な僕、そんな印象しかないが優秀なのは理解している。だが、今日はどこか変だ。覇気もなく、いつもの注意深さも感じられない。奇妙な違和感を覚えつつも尾行すれば、よく似た顔の男と接触する。閃光はさらに気配を消し、2人の横を通り過ぎた。似ている、のは当然だ。やって来た男は滝澤を兄貴と呼んだのだから。


「兄弟?そんな情報はなかった」


そこまで巡らせ、ピンとくる。全王治の裏組織に所属する人間かと思ったが、勘が違うと告げている。むしろ、石垣の手の者だ、そういう風に。


「今の接触は好ましくない」


そう思い、そのまま去った。調べる必要性を感じて、そのまま潜伏先へと向かうのだった。



「大刀を、な」


滝澤が置いて行ったであろう資料を手にし、無指はそう呟いた。すっかり変貌した息子であれば婚約の儀の正式な決闘にて木戸明日斗に勝利するのは確実だ。その大刀を自分のパートナーとしたい、そういう意向を持っているとする仙人の資料を見た無指はふぅと息を吐いて思考を巡らせた。婚約となり結婚となれば親戚関係になる、だからだろうか。


「で、これ、か」


箱が机の上に無造作に置かれている。なんてことはない、大金の入った箱だった。


「どういう意図だ?」


500万はあろうその札束を目にしながら無指は再度ゆっくりと息を吐いた。読めない。石垣の狙いが、なにより、親戚関係となったその先が。こちらの計画では時間をかけて石垣家の権力をじわじわとからめとり、全王治家復活の踏み台にするはずだった。なのに向こうから踏み台になろうといわんばかりの進め方だ。気に入らない、そう思う。


「もう少し、調べてみるか」


そう呟いてスマホを手にし、滝澤に電話をかける。すぐに出た、いつものように。


「資料見たよ・・・向こうの意向を知りたい」

『既に探っています』

「さすが、早いな」


笑みを見せる無指は気づかない。


『石垣ゆかりの者と接触もしています。あとはお任せください』

「頼む。こちらは静観するしかない、今は、だが」

『お金はご覧になりましたか』

「ああ、石垣から、本気であるという印、か」


やはり気づかない、その微妙な言い回しに。


「まぁいい、とにかく早急に頼む」

『承知しております』


どこか言わされている、そんな些細な違いに。だから電話を切った無指はいつものように椅子に腰かけるとノートパソコンを開いた。自身の計画を円滑に進めるために。だから気付いていない。大刀と朝妃の動きを、仙人の真意を。狂い始めている歯車の動きに。



駅近くのショッピングモールを40分ほどぶらつき、2人は駅に戻ろうと歩き始めた。手を繋ぎ、腕を組み、服の好みなどを話す2人は傍から見ればただのカップルにすぎない。偽物の関係、なのに、瀬音は楽しんでいる。何故だろうか、割り切った関係だからか、自然にいられる自分に気付いていない。遠慮もなく、自分を出せている。それは石垣瀬音にはあってはならないことだ。両親をだまし、周囲をだまし、血のつながりのない義兄を愛し、今一緒にいる偽装彼氏を利用している。なのにその罪悪感もないまま素直にデートを楽しんでいる。本当に愛している人とこうしてデート出来ない鬱憤を晴らしているのだろうか。いや、違う。彼女は心底このデートを楽しんでいるのだ。


「これ、あなたに似合いそう」

「・・・・そうかなぁ?」


不意にアクセサリーの店の前で立ち止まった瀬音がそう言って手にしたのは星型のネックレスだ。とても自分に似合いそうにない、そう苦笑する明日斗の胸にそれを当てて、満足そうに頷く。


「買おう」

「本気?」

「プレゼントする」

「そういう理由で」

「好きな人に似合う物をあげたいって、そういう気持ちを受け取りなさい!」

「わかった」


少し睨んでそう言った瀬音に苦笑しつつ了承した明日斗は楽しそうにレジに向かう瀬音の心境を測れずにいた。ここ最近、会うたびに印象が変わる。自分を利用している悪い女のはずなのに、可愛さが滲み出てきているからだ。いや、これが本当の瀬音なのかもしれない。全てを出し切った自分にだけ見せる本当の姿。思い出に残る初めての彼女の記憶としては、こういう瀬音が残っていくのだろう、そう思う。


「はい」


店を出るや、さっそく袋からそれを取り出し、明日斗に着けてやる。


「こんなの、つけたことないから・・・」

「似合ってる、イメージ通り」


笑う瀬音が幸せそうならそれでいい、そう思う明日斗は素直にありがとうと礼を言った。だから、赤面する瀬音を見るその顔は驚き以外の感情は一切消えたものになっていた。


「大事にするよ」

「初めての彼女からのプレゼント、だしね?」

「うん」

「水梨さんたちに捨てられないようにね」

「ないよ、大切にする」


そっと星型のそれに触れて微笑む明日斗見れない瀬音は心臓の音が早鐘を打つその理由を探しあぐねていた。何故こんなにもドキドキするのだろう、何故こんなににも、愛しく思うのだろう。錯覚だ、そう結論付けるものの、ドキドキはその速さを維持し続けるのだった。

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