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明日、晴れるかな?  作者: 夏みかん
第9話
42/62

歯車のズレ 1

今日は運命を左右する日、そういう雰囲気が漂う食堂にいる明日斗は実に普段通りのままであった。何をそんなに気張る必要があるのか、それが不思議でならない。変に睨んでくる紗々音はもとより、りんごもサクラもどこか浮足立っているし、祐奈に至っては緊張がありありと出ていた。


「服はどうするの?」


大人の余裕なのか、普段通りな母親はそう言うとコーヒーを口に運んだ。


「普段通りでいいってさ・・・・別に会食するわけでもないし、石垣の家に行くわけでもない」

「まだ婚約者候補だからね・・・家に行くことはアンフェア、だしね」


母親はコップを置くとにこやかにそう言った。今日は明日斗と仙人が会う日である。昨日の瀬音のデートを経てからの対面だ、瀬音が何を伝えたかによれば状況も変わってくる。全王治の刺客と紗々音の戦闘のことも知れているだろう。そういう意味では仙人の出方次第では今後の動き方も変わってくる。もっとも、石垣家を変えるがために明日斗をも利用している仙人だ、慎重にならざるはえないだろう。だからこその緊張感だけれども、当の本人である明日斗は実に落ち着いている。


「話をするだけ」


落ち着かない3人にそう告げ、明日斗は立ち上がった。同時に紗々音も立つ。


「同行してもいいよね?」

「ダメだ」

「なんで?」

「お前は好戦的すぎる」

「むー!」


明らかに不満をあらわにする紗々音に対し、母親が鼻でため息をついた。


「あんたが行こうが相手は何も動じない。ここは明日斗に任せましょう」

「全王治が動いたら?」

「昨日の今日で動けるとは思わない」

「むぅー」


紗々音は仏頂面で座り、一気にアイスティーを飲み干す。


「あっくん・・・本当に大丈夫?」


心配そうなりんごはそわそわしている。危害を加えてくる、そう思っているのかもしれない。サクラも祐奈も同じ目をしているから、なおのこと明日斗は笑みを濃くした。


「相手は石垣仙人、石垣家の変革を狙っている人だよ、そこまで短絡的じゃない」

「でも、いわば元凶みたいな存在でしょ?」


祐奈の意見はもっともだ。瀬音の婚約を利用した一連の策略は昔から計画していたことだ。自由を得る、それは何も石垣の権力を自由に手にするためというものではない。かつての従者に語った言葉は自身の野望、この国の支配、石垣の名を再び国に示すというものだ。少年のたわごとではなく本気、そう受け取った従者にしてみれば、恐怖しか感じなかった言葉だ。12歳の少年が語った野望は、今になって動き出している。


「石垣の野望なんてどうでもいい。その策略に乗ってやるだけ。婚約者として認められ、捨てられる、その役目を負うだけ」


明日斗はそう言い、部屋に戻った。


「あんたたちは婚約者をクビになった後の明日斗の心を掴むことを考えればいいだけ」


母親もそう言い、立ち上がった。確かにその通りだ。今は状況が状況だけに団結しているが元々はライバルなのだ。


「結婚しないで、みんなシングルマザーで子供作れば万々歳。石垣家からお金せびって大きな家を建ててもらって、みんなで住めばいいんだよ」


憮然としたままそう言う紗々音はアイスティーのおかわりに立った。残った3人はお互い顔を見合わせて目で会話する。


「それもあり、か」

「でも、それって、なんか複雑です」

「でも揉める要素は少ないよね?」

「揉めるかな?」

「誰が最初にやっちゃうとか」

「・・・・・そういう言い方、ヤですよ」

「それは幼馴染で好きな期間の長い私」

「それ、アドバンテージになるの?未だに距離感ありありの関係なのに?」

「うっさいなぁ」

「でも、結婚はしたいですよね」

「そこ」


目でそうまで会話している3人を戻って来た紗々音が見てため息をついた。


「なんだかんだで仲いいよね、この3人」



本当に普段着に着替えた明日斗は財布とスマホだけを持って部屋を出た。待ち合わせ場所はホテルのラウンジだ。


「行くの?」

「ちょっと早いけどね」

「あんたの思いをぶつけるの?」

「いや・・・話を聞くだけ。でも・・・」

「でも?」


珍しく言い淀む明日斗ににこやかに言葉を投げる。どうやらこの騒動でぐんと成長した息子の姿が嬉しいようだ。流されるままに生きてきた明日斗が自分で考えて動いている。仙人と瀬音の手のひらで踊っているように見えるが、ただ踊らされているのではない、自分の意志で踊っている。


「見定めるよ、この騒動が終わった後のことを。全王治のことも含めて」

「そうね、いってらっしゃい」

「いってきます」


立ち去る息子の姿を見つつ、成長したなと思う。


「きっと、石垣仙人は予想もしていないでしょうね・・・明日斗のこの成長を・・・イレギュラーとなりうるこの成長を読み切っていなければ、破綻するかもよ」


にやりと笑う母親は自分の部屋のドアノブに手をかける。代々、木戸の男たちは自身の敵対する存在をことごとく打倒してきた。宿縁か、運命か。ならば、今回もまた。


「あの子が、自分が戦うべき姿勢を理解出来たら、この世にあの子を倒せる者など存在しない。まぁ、だからこそ名は継げないんだけどね」


それが彼にとっていいことなのか、悪いことなのかはわからない。ただ、きっと明日斗は仙人と戦うことになるだろう、その予感は消えることはなかった。



大浴場は24時間開放されている。夏の暑い中、4人はそこに向かった。全王治の刺客に襲われたこともあって、外出を控えることにしたのだ。だから施設内で利用できる権限を利用してそこに向かったのだ。


「お、お風呂かい?」

「プール代わりに」

「美女4人の入浴かぁ、絵になるんだろうね」


施設の職員とはもう全員顔見知りだ。


「想像もセクハラですよ」

「マジか」


祐奈の言葉に笑う職員に手を振り、大浴場へ向かった。日差しは強く、汗が滲む。


「プールないの?」

「だって、遺伝子研究施設だし」

「気を利かせろっちゅうの」


悪態をつく紗々音に苦笑し、施設に入る。昼間の女湯は貸し切り状態だ。元々女性の職員は少なく、研究員も少ない。彼女たちは仕事中だし、夏とはいえエアコンのきいた部屋にいるのだから。脱衣所でさっさと服を脱いだ紗々音が大浴場に飛び込む。大きな円状の風呂のほか、サウナ、小さなジャグジーや水風呂など多彩なものとなっている。紗々音を追ってサクラも浴室に入り、まずは身体を流す。そんなサクラの手を引いて湯船に引きずりこんだ紗々音が大笑いする中、りんごと祐奈が話をしながら入って来る。


「くっそぉ」


湯船の真ん中で仁王立ちする紗々音の視線は3人の胸に注がれていた。


「なんでみんなそんなにデカイの!」

「またそこ?」


うんざりする祐奈はもう何度目だという感じでため息をついた。コンプレックスなのはわかるが、こう毎回では参ってしまう。


「しょうがないよ紗々音ちゃん、これはもう、遺伝」


りんごの言葉に腕組みしたままの紗々音は目を細めた。確かにりんごの母親も巨乳であるのは間違いない。遺伝と言われてはもうどうしようもない紗々音は母親を呪った。


「あら、うちの母親、大きくないわよ」


祐奈の言葉にぴくりと反応した紗々音が視線をそっちに向けた。それが真実なら、何故こうなったと思いたくなる。


「牛乳飲んだし、そういう体操もしたし、マッサージもした!」

「あれじゃないかな?紗々音ちゃんって、心も身体も戦闘形態なんだよ」


サクラが肩までつかりながらそう言う。りんごも祐奈もそれは間違いないと思う中、紗々音は自分の胸に手を置いた。そう言われれば頷くしかない。戦闘にとって、胸は邪魔だ。


「強いって、罪なのね」


何かに浸っている紗々音をよそに湯船に足を入れるりんごと祐奈はそう熱くないお湯に思わず微笑むのだった。



兄弟でこうして会うのは一か月ぶりか。夜に開くバーに座るのは周囲の目を控えるためだ。


「大刀が動いたが、結果は同じ。木戸紗々音の強さは次元が違う」

「彼女は木戸無双流の継承者。本家の次期後継者と互角に渡り合える稀有な存在だからね」

「木戸晴人か、かつてのゴッドの一味、その残党の襲撃を一瞬で終わらせた男」

「12人をわずか30秒程度で、ね」

「化け物だな」

「今回の事態に介入されていれば、大きなイレギュラーになったのでしょうけどね、それはなくなった」


あの施設に逃げ込んだことで、応援の必要をなくしたのだ。いや、余計な負担をかけさせなかったというべきか。


「大刀は変わった、文字通り」

「知ってる。だけど、仙人様の意見は変わらない。だだ、戦闘能力を補った点は評価するそうだ」

「仙人様、ね」


兄弟の会話であっても様をつける弟に苦笑がもれた。今日は意見の交換会、いや、状況整理と情報交換の場を設けたのだ。


「おそらく、大刀は無指の意向を無視して動く。無指は無指で大刀を木戸にぶつけて真っ向から婚約者とする予定だ」

「相手はあの木戸、そうそう上手くいくのかな?」

「その前に、あの身体が認められるか・・・」

「仙人様は非公式な戦いの場を設けると睨んでいる」

「闇討ちに近いもの、か」

「成り損ないでも木戸、その方が受けやすいのかもね」


婚約者の立場を確立したい大刀、その野望を阻止したい木戸。どちらにしても激突は避けられない。


「どっちにしろ、仙人は石垣の開放を願っている。こんな無駄な制度を廃止する、そのためには木戸に勝ってほしいと願っているし、それが計画の一端だ」

「のちに破棄するためにも、か」

「全王治が勝てば、その制度は持続される。政治的にも、ね」


弟は仙人と大刀の接触を語らない。朝妃の思惑を知ってもなお、兄を欺く。それが仙人に忠誠を誓う自分の存在価値なのだ。いや、本当に自分の意志なのか、一瞬その意識が脳を走るが、泡となって消えた。


「とにかく、無指はもう紗々音を襲うことをあきらめた」

「得策だよ」

「大刀が戦えるまでは2か月・・・それまでは」

「大刀と木戸明日斗が戦う日まで、か」


最終的なシナリオは今朝仙人から聞かされている。そのシナリオでは、その戦いは実現しない。


「とにかく、これからは密に連絡するよ」

「仙人の目を欺けるのか?」

「あぁ、手はある」

「頼むよ」


そう言い、兄は席を立った。


「兄貴」


その兄の背中を呼び止め、弟はポケットから小さなプラスチックの容器を差し出した。


「体にいい、飲んで。疲れがありありだよ」


にこやかにそう言う弟は同じ容器から1つのカプセルを取り出して飲んだ。カウンターに置かれた水を手にして喉の奥に流し込む。


「お互いにな」


それを見た兄は2錠を勧める弟の言葉をそのままにそれを飲んだ。先に弟が飲んだことで薬を疑うことをしなかったのだ。一瞬めまいがし、意識が混濁する。その兄の耳元に弟は何かをささやいた。そうして1分、パンと手を叩いたその音で兄は我に返った。


「大丈夫?」


体を支えるようにする弟に笑みを返し、壁に手をついた兄は何があったのかを思い出そうとした。


「たちくらみするなんて、やっぱり疲れるんだよ・・・薬持ってきてよかった」

「ああ、助かった、ありがとう」


にこやかにそう笑う兄に笑みを返す弟だったが、その瞳の奥には暗い光が宿っているのだった。

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